風音「いくじなしパスタ(1日目)」
「電車到着時は強い風が吹きますのでご注意ください。」
間もなくしてぶわっと強い風がホームを吹き抜けて、電車が目の前を通過していく。東京で前泊し、はじめての御殿場へ。高速バスで行こうかと思っていたけれど、小田急線に乗ってみたくて電車で行くことに。
乗り込んだ車両の左側の車窓は青空、右側は曇り。しばらく立っていたら席が空いたので空が見える側の席に座る。
乗り換えの駅、松田駅で降りたら、いい感じの喫茶店が3軒も隣り合わせておりうろたえてしまう。とりあえず切符を買いに行ったら、次の電車まで30分以上あったのでそのうちの一つ「モンペリエ」に入る。レアチーズケーキとアイスコーヒーのセット。すごいだみ声の店主のおばさまが、「こんな早く死ぬのがわらかってりゃあ籍入れときゃよかったよ!」と常連らしきおじいさんと爆笑している。そういうものか。
御殿場駅に到着。富士山口から外に出る。マップのアプリを開く前に、「マウント劇場」のネオンが目に入ったのでスーツケースを引きずっていく。
今回泊まるゲストハウス「noctarium」は、古い映画館をまるまる一棟改装した宿。内装については割愛。どこを見ても脳内でずっと「ウ、ウワ〜〜〜」と歓声が溢れた。とんでもないときめき。自分の目で見に来てください。
同時期に滞在する旅人の鈴木さん、私道さん、受け入れ先の富士山文化ハウスの皆さんと顔合わせ。今日の夜ご飯会でシェフをしてくれるJPさんも来ていた。「地元民Aです。みんなと『いぇーい』ってするために来ました」とのこと。嫌いな食べ物やアレルギーを聞いてくれた。
今日はホストのまこぱさんに御殿場を案内してもらう日。
フローリストのエリカさん。御殿場はカツマタという苗字が多いらしい。「御殿場で石を投げるとカツマタに当たる」って。漢字のバリエーションはいろいろあるらしく、「どんなマタ?」と聞き合うそうな。
エリカさんはフローリストという肩書について、「花屋しかやってこなかった人生なのでそれで良いのかもしれません」と言っていた。夜ご飯のとき、すこしお互いの仕事の話ができてうれしかった。またゆっくり話してみたい。
エリカさんは御殿場の土地で花を育てているそう。御殿場は富士山の麓にあるため土が溶岩質で、花にとってはあまりに過酷な環境なため、品種改良された花の種を植えても、原種に帰ってしまうらしい。すごい。
近所の天ぷら屋さんに納めるというお花には、大きなオクラが刺さっていた。
私道さんも鈴木さんもインタビューをもとに作品をつくる人なので、ふたりの質問の仕方やリアクション、おもしろがり方を見ているのがおもしろく、私はわりかし黙って聞いていた。
車で地区の資料館へ。車の窓から外を見る。御殿場はとにかく山が近い。山というか、雲が近い。「雲の流れが速いですね」と私道さん。たしかに。富士山は今日は裾野しか見えない。
車を降りたら金木犀の香り。彼岸花も咲いている。
資料館で、まこぱさんが「御殿場のカツマタさんの多さがわかりますよ」と案内してくれた壁には、この地区の戦没者の方々の顔写真と名前、プロフィールがずらりと並んでいた。それぞれの生い立ち、戦時下の動きと亡くなった理由。
走って資料館に入ってきたやんちゃそうなタンクトップ姿の小学生の男の子に「こんちわ」と言われ、「こんにちは」と返す。
私道さんと、受付に置いてあったパンフレット類を見ていたら、職員のおじさんに「遠くから来たんですか?」と聞かれ、私道さんが説明する。なるほど、御殿場に着いて何を感じましたか?と聞かれ、「山が近いです」と答えると、「山が近くに見える時は湿っけが高い」と教えてくれた。御殿場の人は山の見え方や山にかかる雲で天気を見るらしい。晴れの日の山も見れたらいいなぁ。
noctariumに戻ってくる。つかれたので休む。シアターの部屋の大きい革のソファーに座って、本棚にあった岡崎京子の漫画を一気に読む。一日の情報量にパンクしそう。深呼吸。これから始まる、知らないまちでの何をしてもいい一週間。ぜんぶうそみたいだなと思う。
ちょっと外を散歩。小雨。明日からなにをしようかな。noctariumに戻ったらJPさんが料理を始めていた。キッチンをのぞいたら、「味見したいってことですか!?」と馬刺しを一切れくれた。馬刺しが有名なの知らなかった。まちのお肉屋さんに行ってみたい。コロッケ食べたい。
徐々に人が集まってくる。ご飯会。馬刺しのカルパッチョ、まいたけのサンマ?のアヒージョ、タコとじゃがいものペンネ。どれも夢のようにおいしい。バゲットが美味しかったので、どこのパン屋さんのものか聞く。
みんなはじめましてなのに居心地がよくて不思議。おいしいご飯と場所の力?
おいしいパン屋さんや、沼津の方の本屋さん、富士山が見える温泉などなどみんなに教えてもらう。
私道さんと日記本の話をした。
私道さんは、基本的に歩いてまちを回って聞き取りをするらしい。どうして、と聞いたら、歩きじゃないと見逃してしまうものがあるからと言っていた。鈴木さんはいろんな音を集めている。
最後に出てきたパスタは「お腹がいっぱいで」と断ったら、勧めてくれたおばさまに「いくじなし〜!」と明るく言われてそれが何かすごくよかった。私道さんも、「今度使おう……」とメモを取っていた。締めのパスタを食べるいくじがない私。
ソファーに座ってこの日記を書いていたら、すぐろさんに「冷蔵庫にワッフルが入っているんですけど、自由に食べていいやつなので」と言われる。自由に食べていいワッフル。
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