風音「待てない人は食べられない」(二日目)
今日も外は小雨。今日はまったく山が見えない。藍染工房に行くまで少し時間があったので、昨日まこぱさんたちに教えてもらったパン屋さん、パン工房山口屋の方向へ歩く。
御殿場には自衛隊の駐屯地と米軍のキャンプがあるということを昨日初めて知った。その関係で補助金?が出るため、まち全体があまり焦っていないそう。「昔ながらの電気屋さんもそのまんま営業している」とまこぱさんが言っていたけれど、なるほど古そうなお店が結構当たり前に生き残っている。
キョロキョロしながら歩いていたらパン屋の看板が見えた。
どれにしようかとトングを握りしめて店内を歩いていたら、複数のお客さんが「塩パンないの?」と店員さんに聞いていた。塩パンが人気なのか。焼き上がりは15分後らしい。今日は待つ時間がないのでまた食べに来よう。クリームパンとチーズバーガーを買って、外のベンチに座って食べた。チーズバーガーは、カレーパンの生地にチーズとハムが挟まったパン。バーガーの概念。自由だ。クリームパンは、一口食べたら「ムフワァ」と聞いたことがない声が喉の奥から出るおいしさだった。これが朝炊き。
お揃いのTシャツを着た姉妹が「あーした天気になーあれ」と歌いながら店から出て行った。
正藍染小原屋へ。エリカさんと娘さんがもう来ていて、「おはよう」と迎えてもらう。エリカさんが「長野から来ている風音さん」と四代目に紹介してくれる。「長野?うちの初代は長野の松本から移り住んできたんですよ」と言われる。不思議なご縁。
私道さんと鈴木さんも来て、3人で小原さんから藍染の話を聞く。
鈴木さんの「藍って強いんですか?」という問いに、小原さんが「雑草だからね、雑草は強いじゃないですか」と答えていたのがなぜか印象に残っている。5月に植えた藍は9月になるまでに3回も刈り取れるらしい。身分によって身に着ける色が決まっていた時代、藍色は誰にでも許されていた色だったそう。藍で染めた布は丈夫になる。火消しの頭巾や法被も藍染。江戸時代は全国どこにでも藍染屋があったそう。でも、いま御殿場に残っている藍染屋はここだけ。
「仕事に差し支えなければ、素手で染めてみてほしいね。藍液のぬるっとした手触りがわかるから」と言われ、私の手がしばらく藍色に染まることは、仕事に差し支えるだろうかと考える。対面の取材はどちらにしろ2週間先だ。「まったく差し支えないですね」と答える。
鈴木さんが、「初代は藍染以外にもなにかしていたのか?藍だけで食えていたのか?」と聞いたら、四代目は実は次男で、長男が継ぐと思っていたため藍染の歴史や小原家のことは祖父や父から聞いたことがなかった、今は聞いておけばよかったと思っている、と話してくれた。聞けるうちに聞いて、書き残さないと残らないこと。その人の歴史はその人にしか語れない。
それにしても、藍染のおもしろさ、歴史や魅力をたくさん教えてくれたあとだったので、もともとは継ぐ気がなかったということに驚いた。鈴木さんが質問をしなかったら、自然には出てこなかったであろう話。
「言えないような事情もあるわけよ、僕にもさ。そんなつもりじゃなかったけど続いちゃったわけよ、そんなもんですよ」
四代目は、今後は養蚕も始めて、生糸を作るところから藍染をしようとしているという。でも、染料を作るのは自分たちではやらない。それは、染料を作る職人さんたちの仕事を守るため。守るということは、その人たちにちゃんとお金を払って、その人たちから買うということ。一度途絶えたものを、再びもとに戻すのはとてつもない労力がかかる。共存共栄の意識。これまで取材してきたいろいろな作り手の跡継ぎの方々の顔が浮かぶ。
その後、エリカさんが大きな布を染める様子を見せてもらう。ここからは五代目が説明してくれる。
エリカさんが、娘さんに「どのくらいまで染めたいかは自分次第」と教えていた。窯に浸ける時間が長いほど、そして何度も何度も窯に浸けていけば色濃く染まるらしい。でも、どんな仕上がりになるかは染めてみないとわからないんだって。
自分もやってみたくなったので、染めたいものを持ち込む場合はいくらで出来るか聞くと、グラム単位で値段が決まるそう。ワンピース一着なら2万円弱くらい? 綿か、麻か、レーヨンかリネン。天然素材はきれいに染まるけれど、化学繊維は何度浸けても藍には染まらず、藍液の中の灰汁の色だけがついて汚れてしまうそう。
リサイクルショップに服を探しにに行こうかなと言ったら、エリカさんと五代目がキングファミリーに行くといいと教えてくれた。エリカさんがこのあと連れて行ってくれることに。
四代目が、「どら焼きとかおまんじゅうあるよ。とらやのどら焼き、おいしいから」とあれこれおやつをくれる。「どら焼き」の「どら」がものすごい巻き舌だった。一ついただく。
工房をあとにして、エリカさんの車にのせてもらう。隣に座った娘さんが「レモンえびせん食べる?」とおせんべいを分けてくれた。「ありがとう」と一つもらったら、「最近私が物価高だなって思ったことは、」とマックのアップルパイが小さくなった話を始めて、思わず「何年生?」と聞いてしまう。4年生らしい。
キングファミリーで降ろしてもらう。旅先でリサイクルショップに行くのが結構好きだ。店内を物色。天然素材のシャツワンピースがいくつか見つかった。よかった!試着してみて、しっくり着た麻と綿のものを買う。
このまま工房に持っていこうかと思ったけれど、一日にいろいろ詰め込むのもよくないなと思って今日はやめる。また行こう。
キングファミリーの裏にあった定食屋でお昼ご飯。
ゆっくりちびちび食べていたら、女将さんが「甘いの好き?はいこれ」と湯呑みに入った冷たいおしるこをくれた。少し疲れていたみたいで、甘いものがしみた。
お会計のとき、「遠くから来たの?」と聞かれる。昨日も資料館の人にそう聞かれたような。遠くから来た感じがするんだろうか。少し立ち話をする。
このお店は長くやっているんですか?と聞くと、「そうそう。人が来なくなるともうやめようかなと思うんだけどね。コロナの時なんか大変で。でも元自衛官のなつかしい人が来てくれたりするんですよ」と教えてくれた。
しばらく御殿場にいるなら、次はしょうがラーメンを食べに来てね、と言われる。名物らしい。
「でも、お客さんが来てから作るから。待てない人は食べられないの。作り置きすると、お客さんが来なかったときに捨てないといけないでしょ。それはイヤだから」
お店の窓際に、コカコーラのペットボトルに生けられた植物があって、それがなんだか気に入ったのだけれど写真を撮っていなかった。また行こうかな。
昨日JPさんが教えてくれた旧スナック街を歩いて宿に戻る。
果物屋でみかんを買う。静岡の早生みかん。「ハウス」の文字が消されている。
雨が強くなり、靴もズボンもべしょべしょになったのでショボショボとnoctariumに帰る。天気予報を見ずに、「これはいらないか〜」と買ったばかりのレインコートを置いてきた自分をちょっと恨む。
あぁもう書いているうちに25:28。眠い。でも寝てしまうと記憶の手触りが薄れそう。
4時からはまこぱさんの私設図書館でさかいめ交流会。思っていたよりもたくさん人が集まっていた。滞在アーティストとして紹介される。
自己紹介のとき、自分のことを「人の話を聞いて、テキストにして、あらゆる形のメディアに展開することを生業としています」とすらすら喋っていて、私の生業ってそれなのか、と他人事のように思う。
おすすめの本、もしくは積読本をそれぞれが紹介していく。
すごく分厚い本を持ってきた人が、重そうに腕をさすりながら「本を読むのは身体的体験」と言っていて、やっぱり紙の本をつくりたいなと思う。
私はくどうれいんさんの「日記の練習」と、自分のzine「よい花はあとから」の紹介をする。
れいんさんの本の中から、「書けなかった一日も、書けなかった一日という記録」という一説を紹介するとみんなうなづいていた。積読本というのも、「読めていない」というのも含めてその人の記録だなと思う。
「裾野市に住んでいて、ひまわりの種を配ることをしています」と言っている人がいて、何もわからなかったがいい自己紹介だなと思った。
そのあとのフリートークの時間に、何人かの方が私のzineを欲しいと言ってくれたので住所をお聞きする。本の紹介のとき、「あまり本を読まない」「ビジネス本を読むことが多い」と言っていた人もいて、「読みたい」と思ってもらえたことをうれしく思う。
「最初のページを読んで、泣きそうになっちゃって、じっくり読みたいなって」と言っていただく。
最初のページを書いたとき3月の私はとても不安で、まさか半年後に御殿場でのんびり日記を書くことになろうとは思っていなかった。来たことのなかった土地の人まで届いたよ。
わたしは「インタビュー」という役割が与えられていないと、人とあまりうまく話せない(と思っている)けれど、その場に本があるといろんな人と話せる。
明日はみんなに教えてもらった沼津と三島の本屋さんに行ってみよう。
いろいろ聞いて話した熱量で、行き詰まっている原稿が書けるんじゃないかしらとnoctarium に戻ってパソコンを開いたが、全然書けなかった。(この日記はもうすぐ4000字を超えるのに!)
今日は滞在中唯一夜ご飯会がない日。絶対に昨日JPさんに教えてもらったキューバサンド屋に行くと朝から決めていたが、行ったらやっていなかった。涙。ふらふらしたのち、日本酒が飲みたかったのでnoctarium の隣の居酒屋に。
客引きのお兄さんが「カツマタさーん!」とおじさんを呼び止めていて、ほんとうにカツマタが多いんだなと思う。
22時前に部屋に戻る。早く寝るぞと思っていたのに友達にLINEしてゴロゴロしていたら深夜に。やっと書き終わった。おやすみなさいまた明日。