さとうなつみ「Kベエさんのゆり根(三日目)」
白倉の集落。谷を見下ろす急斜面に建つ平家とその下に繋がる茶畑やお芋畑、樒。
こんにちはと尋ねて向かい合ったKベエさんのキャップは正面にどデカく「龍」と刺繍してある。漫画だったらそのキャップの近くに「デデン!」という効果音が太字で書かれていたと思う。
ずっしり重たそうな米袋と地面にまだ残る菊芋を手の平で転がしながら
「もうほうってしまうとこだった」と言う。
どうしてほうって(捨てて)しまうのだろうか?売ればお金になるのに。
案内してくださったのぞみさんが「これ売れたらいくらか渡すね」と言うと
「いやいらん。そんなのいらん。」と言う。
斜面の畑にお邪魔し、イモガラも太くて立派なものを鎌で刈る。よく見ると細くて小さなサツマイモが転がっている。アカメイモ、サトイモも鍬で掘り出して手で崩し、バケツはすぐにいっぱいになった。
「ショウガもいるか」バケツは溢れそうになっている。
「ダイコンも持っていくか」
カブのようにまん丸のダイコン。葉っぱが美味しそう。ぎゅっと右端に寄って植るダイコンたち。まびくように抜くんだと、屈んで引っこ抜くKベエさん。
「間引く勇気がないだよ」とぽつりと笑いながら言った。そんな風に言うのに、絶対に売らないのだ。
「どうして売らないんですか?」
「そんなこと絶対せん。みんなやるだよ。あとはほうってしまう。B29がここを飛んでて何にもないときからこうやってきたんだ」Kベエさんは言った。
「ユリ。これ見たことないだろ。」
種になりかけた百合の頭をスズランテープでひっかけ土の方を向くように固定しているのがイモ畑の中に点在していた。
ユリネだった。
スーパーで見るようなぶりぶりしたユリネとは全く違う。外は淡く黄色味がかって中心は白っぽく先が桃色に僅かに染まっている。何重にも重なって菊の花弁のように細かい。
「これ何年分ですか」と聞くと
「20年くらいか」と言う。
「種が自然と落ちんといかんでしょ。だからこうしてる。見たことないだろ」
こんなに大事なものを2つ、ゴロンと手の中に渡してくれた。
うん。こんなの見たことない。
Kベエさんが大事にしていたユリネ。
ずっしり、重かった。