関根愛「水、塩、図書館、きのこ」(3日目)
十二月二日、晴れ。風は止んだ。
今日も朝散歩へ。昨日と逆方向へ行くと路面いっぱいに野菜を広げた八百屋さん。よくみると「地物」と書かれたものが多い。バターナッツや菊芋、キャベツ、大根。食材が足りなくなったら買いにこよう。近くには白滝公園。やっぱり三島は水の街。高校時代を三島で過ごしたけどこんなにまじまじと水を見つめたことがなかった。きれい。ブルース・リーは「水になれ」と言った。水は形を持たず何者にでもなる。コップに入ればコップの形になる。私たちの体も水で出来ている。一人一人違う形の容れ物に水はしっかり入っている。昨日より空気が冷たいけど風がないから穏やか。放課後によく遊びに行った菰池公園に行ってみようと歩いていたら「自然食品くりけっと」を見つける。宿泊中の宿が「三島クロケット」なのでちょっと似てる。ちょっと覗いてみるとこちらも嬉しい品揃え。衣類用洗剤と美味しそうな白だしを購入。お店のお父さんの肌がやけに透き通っていてきれいなので見とれていたらマザーソルト(と、それで出来た塩飴を一粒)というものを差し出された。人間は塩水ですよ、と言う。私もそう思います、と返す。通りがかりに大量の芋。日に当てて土を落とすんだよ、と農家の知人が言っていたのを思い出す。帰りがけ、搗屋(つきや)のみち、というのがある。搗屋というのは水車小屋のことで、湧水が豊かなこの一帯には水路沿いに十軒ほどの水車小屋があったそう。明治・大正期までは水車の力で精米や製粉を行っていた。そんな風景見てみたい。
宿に戻り少し早い昼を作る。朝洗濯機を回している間に作っておいたケールとピーマンと紫大根の生のサラダ。ケールと大根は三島野菜。身がパツパツなので新鮮だなあと思う。こんなに発色のいい紫。アントシアニン。あとは茹でた茎ブロッコリー。こりこりの食感が残るくらいに茹でるのが好き。これも三島野菜。昨日の残りの味噌汁にさつま芋を足したらものすごく甘くて美味しくなった。ぬか漬けは家から持参したもの。お昼を食べたらまた「ひとりで食べる」シリーズの撮影に行く。撮影させてもらったのは昨日の三島100人カイギで知り合った三十代男性。出会ったそばから撮影を快諾してくださる人が多くて恐れ多い。富士山がきれいに望めるマンションに一人暮らす。余裕のあるときに常備菜を作り置きするらしい。休日の今日はナスの煮浸し、もやしのナムル、きゅうりともずくとわかめの和え物に、いただきものの鹿肉を焼いてお米とお味噌汁と一緒に食べるお昼ご飯。聞けば四世代が同居する豊かな食卓で育ったという。魚屋と農家をやっている家で、母や祖母、時に父の料理が並んだそうだ。両親は今ヤーコンに特価した農家をしておりお弁当の販売も行っている。だからなんだろう、ちゃんと食べることを知っている人の食卓だった。余裕がないときはコンビニ飯を食べるそうで、何がいやかといえば「ゴミが溜まっていくこと」。空になった容器が重なっていくのをみるとやさぐれた気持ちになっていくという。ちゃんと自炊をすると「ゴミを出さないから気持ちがいい」。わかるなあ、と頷いた。
撮影のあと、撮らせてくださった方に案内していただいて楽寿園そばにある「風土」というお店の二階にある「あひる図書館」へ。焼津の「みんなの図書館さんかく」をモデルとして始まったここのコンセプトは、個人がシェアする本棚みたいな感じ。本棚一箱づつにオーナーがおり、彼らはそれぞれ好きな本を並べるほか自身の活動に関する物やチラシなどを並べる。それぞれが月額を支払うことで運営がされている。本を借りるのは無料。もちろんその場で読むこともできる。それぞれのセレクトがオリジナルで、自分と好みの合いそうな人の本棚を眺めるのも面白い。久しぶりに「葉っぱのフレディ」を手に取った。なんて素晴らしい本なんだろう。ある哲学者が生涯に唯一書いた本。他にもいくつも読みたい本があった。私の住む街にもこんな図書館があったら楽しいな。カエルの本ばかり並べている県庁職員の吉田さんがたまたま現れる。吉田さんはカエルの声を聴けばどのカエルか判別できるそう。図書館を出て(もう夕暮れ)近くの源兵衛川を歩く。夏には蛍が舞う。冬の間蛍はどうしているんだろう。川沿いに小さなお店「riviere リビエール」を見つけて吸い寄せられるように入る。コーヒーも紅茶も苦手な私はラベンダーティーを見つけて嬉しくなる。ティーバッグじゃなく本当にラベンダーが入っている。一緒に入っているのは間引きされた西浦みかん。甘くなる前に摘まれるから酸味が強くレモンの代わりに使うのだそう。聞けばこちらのオーナーさんはアートに造詣が深く(私が今宿泊している宿のロゴデザインなどもこちらの方がされたのだそう、偶然)色々なアーティストを招いてよく展示をするとのこと。私が三島入りする前日に終わってしまった「きのこの展示」なるものがあったのだそう。めちゃくちゃ行きたかった。行きたかった。代わりに「free kinoko」なるものがあったので好きなだけいただいた。色も形もとりどりのきのこを並べただけで圧巻。きのこは森中にネットワークを張り巡らせているサイケデリックでマジカルな生き物だと前に何かで知ってからというものきのこに惹かれている。今日も日が暮れていく。宿へ帰る途中、ややアングラな飲み屋街に迷い込む。こんな三島もあったんだ。
20時半から旅人の奥野さん、ホストの山森さん、こちらに来て出会った方々と三島北高時代の同級生(真野さん)がカウンターに立つバーvacanzaへ行く。真野はミクソロジーと言って意外な食材同士の掛け合わせで美味しいカクテルを作るのが得意。バナナとラベンダーとか、ほうじ茶とパイナップルとか。お酒の飲めない私のリクエストに答えてくれて美味しいノンアルコールドリンクを作ってくれた。金柑と炭酸、ミントとライムとレモンと炭酸、バナナと生姜スパイス。どれも美味しかった。真野ありがとう。バーなんて何年ぶりに来たかな。お店を出たのは12時前。いつもは寝てる時間。思わず目が覚める身を切るような風の冷たさ。今年も残りわずかなんて信じられない。今自分がどんな時空間にいるのか見当もつかない。
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