科学技術小説 ルカ船長最後の航海~AIは自ら死を選ぶか(5)最終話

僕は「ここから抜けることはできるのだろうか」とジュンに尋ねそうになったが思いとどまった。操縦席の彼がその言葉で絶望に陥ると取り返しがつかない。しかしジュンの方から「もう渦が弱まるはずなんだが」と話してくれた。 僕はメールを発信した。その二時間前、僕はジュンを邪魔しないように一人でルカと話をした。
「正直言って、補助エンジンだけじゃ渦からぬけられないんでしょ」
「うまく渦の流れが弱くなれば出られる。そのチャンスを見ながらトライしているのだが今のところ―――」
「そこで僕は委員会の偉いさんにこの状況を知らせて、主エンジンを解放してもらおうと思う」一瞬沈黙があったがルカが反応した。
「そうかお願いしたい」
「ところが今通信不能なんだ。どうしたらいい?」
「この船はシールドされているし、この海中では電波は届きにくい。ジュンが仕掛けてくれた千里眼センサーの一つを有線で海上にあげて、通信アンテナとして使う」
そこで僕は次の様なメールを書いた。
「コンピューターの過度の発展に関わる自主規制委員会委員長殿、私は遭難船救助のためカノアの大渦内にいるビーグル号乗客でフリージャーナリストのソラ・アクアです。現在船の主エンジンが作動規制のため使えず、遭難船とともに渦より出られない状態です。至急主ンジンの作動解除をお願いします。三十分以内に解除されない場合 本船および遭難船は海のもくずとなるでしょう」ルカに見せると彼は次の文を付け加えるように言った。
「遭難船に現政府高官の子息が乗っている可能性があります。遭難船の酸素もなくなりつつあります。一早い決断をいただけなければ海運史上まれにみる大惨事となります」
僕は思わず尋ねた。
「え、そんな情報をどうやって調べた?」
「あの千里眼センサーで遭難船の窓から乗客を覗いて見て、検索したんだ」メールを送ってしばらくしてビーグルの主エンジンが突如起動し全開になった。何故かは分からないが、ジュンの顏が一瞬明るくなったが、すぐに暗くなった。がそれを打ち消すようにルカの声が響いた。
「ジュン、メイ、これから渦を脱出するぞ、昔、家族皆で観に行ったサーカスの空中ブランコを思い出してくれ。あの要領で。メイとジュンは繋いだ手を放す。ジュンは渦の中で待って、渦を一周してきた遭難船の手を掴み、その勢いを活かしてメイの船を渦の外に放り出す。ジュンはそこでエンジン全開でビーグルを前進させ、メイの後を追い渦の外に飛び出す。よいな?」
それから五秒後ビーグルは渦の中をぐるりとまわってやってきた遭難船の手を掴み渦の外に放り出した。遭難船は渦の中から消えて行った。ルカの声がした。
「よくやった、ジュン。今度はビーグルを渦の外に出すぞ。もう簡単だな」「わかったよ。父さん。見ていてくれ」とジュンは言うとエンジンを全開にした。ビーグルは身震いして渦の中を走り初め、三秒後に渦を突き破って渦の外に出た。再びルカの声がした。
「よくやったジュン。ここからはメイの後をついて行けばよい」
ジュンはしばし無言だったがやがて涙声で言った。
「さよなら父さん」しばらく間があってルカが言った。
「ああ、元気でな」そしてルカの声は二度と聞こえなかった。僕はジュンに尋ねた。
「どうしたんだ?」
「委員会の処分が未定のルカはビーグルの主エンジンが始動すると十分でCPUが物理的に壊れる設定にされている。つまり死だ」
僕はおどろいて言った。
「そうなのか。すまない勝手に委員会にメールを出してしまい―――」
ジュンは言った。
「いや、そうするしかなかったろう。父さんも死ぬことは知っていた」
そう言うとジュンは黙って母港に向けビーグルを操船し始めた。

 ビーグルも遭難船も大渦からの脱出を果たし無事母港に帰還した。それから一週間、僕は今回の救出劇についてインタビューを受けたり、記事を書いたりして忙しく過ごしていた。気落ちしていたジュンとメイも取材対応などで気を紛らわしていたようだ。
 暫くして委員会の許可が下りビーグルのコンピューターが修復されることになった。しかしジュンによれば、ルカの脳をシミュレーションした元のAI復元は不可能であり一般的な操縦アシスト用AIが搭載されたとのことであった。僕はジュンとメイが気落ちしているのではないかと心配になり二人を尋ねた。ジュンはあっけらかんと言った。
「操縦支援システムのパフォーマンスはあまり変わらないさ。口うるさくも無いし」そしてにこりとウインクした。メイはにこりともせず「平気よ」と言った。僕は思わず天を仰いで呟いた。
「ルカ、ありがとう。僕はあなたのことは一生わすれないよ、船長」      


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