
超未来宇宙SF コスモス(宇宙)を継ぐ(13) ~ロケット・アイの飛行する宇宙空間に紫髪の女性が現れる~
それから1時間ほど、アイは何度かデビルの泉との通信を試みた。特に新たな変化はない。アイは船の最上部に据え付けられ、デビルの泉の方角をモニターしている視覚センサーが働かない状態であることに気が付いた。
視覚センサーは主に、宇宙ステーションにいるアレックスやレイなど人間にも宇宙船の外部の様子を視覚で知らせるために備え付けられた。アイも人間にとって可視光線となる波長範囲360―830nmの電磁波に注目しそこから得られる情報は常に取り込み分析していた。もし、デビル線が人に対して意図して何らかのメッセージを送っているのであればこの範囲の電磁波を使う可能性がある。
しかし、宇宙船に取り付けられたセンサーはTF35の年季の入った宇宙船のものを再利用していて、おせじにも良い性能のものとは言えず、時々動かなくなる。アイは今も何らかの故障が起こって止まっているのだろうと考えた。ともかくデビルの泉に近づき、観測を続けたいのだ。アイは独り言を音声で発した。
「船外のセンサーの修理はどうすれば良い」
すると思いがけずジーが良く通る軟らかい声で答えた。
「この無人宇宙船ではメカニックな修理はロボット猫を使うしかないでしょ」
「ロボット猫か。しかしロボット猫はマイナス270度の宇宙空間で使うことを前提として作られていない。やるとすれば耐寒処置を施す必要があるけどどうしたらいいかな」
「3匹のロボット猫にお互いに協力して自分たちで自らを改造させては如何」
現実的にアイの宇宙船での手足はロボット猫しかない。
「それは良いアイデアです。ジー、さえているね」
「お褒めにあずかり光栄です。アイさま」
「何をおっしゃるやら。では早速」
アイとジーは250年前のテレビ番組のコントのような会話をした。アイの遠隔操作で、無人の船のコントロールコンソールの前の狭いスペースではロボットネコがまるでお互いにじゃれ合っているように、機械音の猫の声を出しながら互いの体を前足で触れていた。
それから5時間後、お互いに改造を施した3体の宇宙仕様のロボット猫が船外に出て作業を行っている。2匹、ロンとリーは宇宙船に取り付けられたカメラに触れていた。リーダー役のカウは1メートル程離れた位置で作業を観測していた。
ロンとリーは10分程カメラ本体を撫ぜまわすとお互いにうなずき合った。そしてカウの方に顔を向けるとロンがマイクロ波で信号を送った。「カメラ本体はどこも壊れていないよ。でも何かがレンズの前を塞いだみたいだ」カウが反応した。
「誰かって一体誰だ」
その時、ロンとリーが大きく瞳を見開いた。カウの後ろ、カメラの死角に当たる位置にこの宇宙空間にはあり得ないものを見たのだ。それは紫髪で青い色の目を持つ人間の女性の姿だった。カウは振り返ってその姿を認めると「みゃう」と言うとそのイメージに向かって飛びかかって行った。
次の瞬間、今まで、何も見えていなかった宇宙船のコンソールのモニターに視覚画像で人間の眼でも見えるまばゆい光が感じられた。アイはこのまばゆい光はアイが250年前、まだアイが生まれたばかりの頃に外部から彼の記憶モジュールに大量にインプットされた「地球上の歴史のどこかで観測された事項の記録」の中にあると思われた。
それから1分程でアイはこのロケットに持ち込んだ基本記憶モジュールのデーターベース中の記録の中でこれによく似ているものを見つけた。
「これって、古代インディアの何かに似ているわね」
そのデーターを見てイーナが言った。それは古代インディアと呼ばれた地で人々が信仰していた教えにある宇宙の創造主の誕生を描いた想像画であることを認識した。
宇宙の真の暗闇を引き裂くアルファ線の信号がアイの認識では光輝く創造主――古くから信仰される宗教で説かれる宇宙の中心に位置する神の姿と似ていることが分かった。アイはコンソールの中央にはめ込まれたディスプレイにその図を大きく映し出した。このマシンの乗組員はバーチャルな存在でこのディスプレイを覗く者はいない。
先ほど宇宙船の外でカメラを直し、無事船内に戻って来た3匹の猫が物珍し気にディスプレイを見上げているのみである。しかしアイはこれを人間が容易に識別できる画像にして、TF35に伝送し、アレックスやレイにもここで起こっていることを伝えたかった。