未来宇宙SF コスモス(宇宙)を継ぐ(2)
ステーション内でレイが寝泊まりする場所は部屋と言ってもカプセルだ。発祥は300年近く前のニッポンらしい。寝るための場所なので、2メートルぐらいの長さで、幅、高さは1メートル位の柩状になっている。
それに比べてアレックスの部屋は一応部屋だ。とは言えそれはレイものと同じカプセルの寝場所の前に2メートル四方のワーキングスペースがついたものだ。そこに折り畳み式の小さな椅子と机、その上に小型のディスプレイがついたワークステーションが据え置かれている。
つまりここはアレックスの職場でもあるのだ。と考えるとこれは寝る間も惜しんで働けという事で、かならずしも良いのか分からない。
パーテーションを空けて部屋に入るとアレックスがディスプレイの画面を表示させて言った。
「これ手に入るかな」
何?これ?とレイがディスプレイを覗き込もうとすると、「あ。今3Dにするから」とアレクスが言って、太めのリストコントローラーを操作した。いきなりレイの目の前に現れたのは白いモバイルスーツだった。
レイは思わず「うっ」と言ってしまった。これって、実家の倉庫の中に置いてあったやつだ。確かひいじいさんが科学博物館からうちの先祖のものだからと言って返却されたしろものだ。実家ではしかたがないので、段ボール箱に入れ、地下倉庫で古いソファーの上に置いていた。あいつだ。しかし何故?
アレックスがちょっと顔をほころばせて言った。
「そういうのを、古い日本語では鳩が豆鉄砲を喰らったような顔って言うのだよな」
豆鉄砲?そんな言葉は祖先が日本人でも知らないぞとレイは思ったが、なんと切り出して良いのか分からないので、黙ったままアレックスの方を見上げた。アレックスは続けた。
「これを説明するには、まず俺が仕事で何をしているのか説明する必要がある。それから最近起こったことも話す必要がある。まずは俺の仕事が何であるかおぬし知っているか」
色々な言語を覚えるのが趣味のアレックスはレイも良く分からない昔の日本語を混ぜてきた。
「わかった。まず君の仕事について聴くよ。アレックス。で・・・奇妙な日本語を混ぜるのはやめてくれ。頭が混乱する」
「ああ、悪かった。俺の仕事はビッグバン以来宇宙を流れる宇宙線に混じる信号を分析することだ。これは宇宙開発機構で二十年ほど前に研究が始まったものだ。大昔より地球の各地に大洪水や害虫が農業に甚大な被害を与えてきた。その時にある決まった方角から地球に届く宇宙線の中に何か信号めいたものが混ざるようになった。その因果関係を探ると言うのが俺の使命だ。大体わかったか?」
よくしゃべるお兄さんだな、とレイは思った。アレックスの言ったことの内容は大体分かるが、深い意味まではよく分からない。
「つまりこのところ地球で起こっている干ばつやらバッタなんかの害虫の騒ぎやらについて、最近の宇宙線を調べると何か分かるって話?」
「おう、さすがだ。ジングウジ技師。そういうことだ。それでもう一つの話をする。俺が何故、君の家のそのロボットを持ってきて欲しいと言っているかについてだ」
「あのモバイルスーツはロボット?」
アレックスは少し声を小さくした。
「そうだ、あれは自己成長するAIが搭載されたスーパーヒーロー型ロボットだ。そして今地球に禍をもたらしている宇宙線の害を食い止める方法を見つけられるのは彼だけだと思う。私は今の職務に就いて以来、過去の事例を調査してきた。そして彼にたどり着いた」
レイはぽかんとした。彼は実家の地下室で段ボール箱にしまわれているモバイルスーツがそんな大それたものだとは一度も考えたことはない。たまに箱を開けてみると、つやつやとした案外柔らかい素材でできた着ぐるみのようなものが入っていた。アレックスはその様子を見ながら続けた。
「自分の実家にそんな大層なものがあるとなればびっくりするだろうな。レイ。君の祖先は大したものなのだぞ」
「僕の祖先?いつ頃の?」
「ざっと、250年前かな。その頃に自分で考え成長するAIを作ったのだからな。」
「自分で考えて成長するAI?それって違法じゃないですか」
「そうさ、200年前位からな。ともかくそんなコンピューターの原始時代みたいな頃に、そんなところまで行きついたとは本当に恐れ入る。ともかくも世界で成長型AIが禁止される前にそれを作り上げたごく僅かな開発者の一人なのだからな。それも多分一人で、あの最強のAIを仕上げたのだから。今でも、いや、今だからこそ驚異的な技術だ」
「あれはスーパーヒーローの格好をした着ぐるみのようなものじゃなかったかな。少なくとも父親からそう聞いた覚えがありますよ」
「そうだ。彼はもともと200年以上前に日本の遊園地で子供の相手をするために備え付けられたロボットというより人形だ」
「それが成長型AI?」
「いや、なんらかの理由でその人形の中に成長するAIの搭載されたコンピューターが放り込まれることになったらしい。その後珍しい遊園地の遊具の一つということで、公立博物館に引き取られ100年以上展示され、やがて倉庫に保管されていたようだ。今から50年ほど前に博物館が閉館になり、歴史的価値はないと判断された展示品はもともとの持ち主に戻された。それが君の実家と言う訳だ」
「いやあ。あれなら知っていますけど。そんな大したものではなかったような気がしましたが。図体は大きかったですが」
「だから、あれは成長型のAIが身を守るため、目立たないようにした仮の姿だといっても良い」
アレックスはそう言うと、デスクの方を向き端末を操作した。一二秒経つとディスプレイに再びスーパーヒーローのロボットが現れた。そのロボットの画像を3次元に投射して出現させると、ロボットの背中の真ん中のスイッチを見せた。
「この赤いボタンを押すのだ。そうすると取り敢えず人と会話をしたり手足を動かしたりすることができるようになる」
「それで、ここまで連れて来るというのが僕のミッションですね」
「そう、その通り」
しばらく間を置いてアレックスが言った。
「あ――それとそのロボット君には名前がある」
レイはじっとロボットの姿を見ていた。
「そいつの名前はアイだ。そのロボットのコンピューターに搭載されているAIと同じ名前だ」
「ところで」レイが言った。
「何でアイが僕の実家にあるのですかね」
アレックスは顔色を変えず言った。
「単なる偶然だろう」
レイはそんなことは絶対なさそうだと思ったが今それ以上尋ねるのは止めておいた。