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幻想小説 幻視世界の天使たち 第14話

命の恩人?そうかあのスーパーセルが起こった時、父が身を挺して助けたイギリス人の子供はボイドだったのだ。きっとボイドはスーパーセルのことを知っていたのだ。父がユースフに話しかけた。
「本当にあのスーパーセルは大変なものだった。ユースフ、お前は今それを研究しているのだってな」
父がスーパーセルという言葉など知っている訳がないが、まだ自分が若いころ亡くなった父が、ユースフの仕事について話しかけてくるのはすごく嬉しかった。
「そうだよ。父さん」とユースフが答えた時、父が突然怖い顔になって「あれは何だ」と研究室の片隅に片づけられたスーパーセル発生用の実験チューブを指さした。ああ、あれはスーパーセルを発生させる機械ですよと言うと父は険しい顔のまま「スーパーセルの発生だって?そんな馬鹿なことは止めた方がいいぞ」と言った。「でも、それは」と口ごもりながら何て父に言えば良いか考えていると、突然実験チューブが動き出し、チューブの中に、小さなきのこ雲が出来るが見えた。隣に座っているボイドが言った。
「ファルコン、実験は成功じゃありませんか」
父の姿はいつの間にか消え、実験チューブの中でスーパーセルが急激に成長するのが見えた。ボイドが異常に狂喜していた。
「実験大成功。これで百万ドルはあなたのものです」とボイドが言うと同時に、部屋の外でゴーッと言うもの凄い音が聞こえた。ユースフは目の前の鏡の端に映っている窓の外で金色やピンクに輝く灰色のきのこ雲が発生しているのが見えた。外でスーパーセルが来るぞという怒鳴り声が聞こえる。スーパーセル?その言葉は一般の人は知るはずもないのに誰が叫んでいるのだ、ユースフは体を起こし、立ち上がって窓の外に歩き出そうとした。その時、実験チューブが大きな爆音とともに破裂し、中から小さなスーパーセルが飛び出て部屋の中を動き回るのが見えた。ユースフは危険を感じて、皆に逃げるように言わなくてはと思ったがボイド以外はすべて消えていることに気が付いた、ジンも妻も、ローラもそして父も。と、スーパーセルが研究室をめちゃくちゃに壊しながら彼の目の前まで来ているのに気が付いた。ユースフは思わず悲鳴を上げた。
その時研究室のドアが開いて、赤いスカートで黒い髪を肩まで伸ばした東洋系のすらっとした女性の姿が見えた。ユースフは直感的にそれがピジョンであると認識した。ピジョンの後にやはり東洋系の若い男がいるのが見えた。
ピジョンはテーブルの前までつかつかと来るとユースフとボイドの前に置かれた鏡の板を思い切りピシャリと二つ折にして閉じた。スーパーセルがユースフの目の前から消えた。ピジョンは持っていたカバンからポットを取り出してポットのキャップに緑色の液を注ぎ英語で言った。「Drink it!」ユースフは手を伸ばし、暖かく香ばしいその液体を飲んだ。その時にはすでに周りの轟音は静かになっていた。ユーフスは飲み終わると、そのままテーブルの上に突っ伏して崩れた。ピジョンは後ろについていた若い男性に言った。「北。そっちの外人さんにもお茶を飲ませて」北と呼ばれた男性はボイドにポットのお茶を飲ませようとして、そして言った。「だめ。息していない」
ピジョンは咄嗟に研究室の電話を取った、しかし電話回線は繋がっていないようで、ツーと言う音も聞こえない「電話は切れてる。ともかくも病院に連れて行こう」そう言うと。彼女はユースフを、北はボイドを動かそうとしたが、だめだ、重くてびくともしない。「誰か呼びに行こう。北はここで二人を見ていて」と言うとピジョンは研究室から飛び出した。その時この研究室のある建物の中も外も人の叫ぶ声で騒然としていることに気がついた。

ウリグシク大学付属病院に運ばれたユースフのベッドの脇にピジョンこと篠原ミカと北悟志が座っていた。ユースフとボイドは、ユーフスの研究室を訪問したこの二人の歴史好きの日本人大学生のウリグシク大学管理部への通報によって一命を取り留めた。二人の大学生の話によれば、二人は日本の鎌倉大学のサークル活動で中央アジアの歴史を調べているが、鎌倉とこのウリグシクには歴史で繋がっているところがあるという顧問の先生の話に興味を持ち、ウリグシクの遺跡を見にはるばる出かけてきた。顧問の先生が知り合いというユースフ・アリシェロフ教授を訪ねたところで偶然、研究室に倒れているユースフともう一人の男性を発見したという。

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