幻想小説 幻視世界の天使たち 第11話
ユースフは考えた。息子のジンに先進医療技術のある海外の病院で治療を受けさせるためには、あの賞金百万ドルは何としても手に入れたい。この際、モンゴル帝国軍の船団の消失に関しての研究を継続できるなら、日本の女子大生が誰にせよその教えを受けよう。それが今、大金を手にするために彼に残された唯一の方法だと思われるのだから。
その時、ユースフのパソコンにテキストだけのメールが送られて来た。差出人はミカ・ピジョン・シノハラとなっていた。そのテキストはきちんとした英語で次のようなことが書かれていた。
「親愛なるファルコン様、この手紙は十三世紀日本への侵攻に使われたモンゴル帝国軍船の消失の解明に係るあなたの計画をお助けしようと連絡したものです。
すでにご存知かも知れませんが、私はゲーム会社コンバイ社の社員、ロジャーという人物から、あなたのこの研究に関し作成された幾つかの書類を入手し拝読させて頂きました。また、私が独自の情報源から入手した十三世紀、日本で鎌倉時代と呼ばれる時代に作成されたこの事件に関する記録をもとに、このモンゴル帝国軍船隊の敗走の理由に関して分析をしています。この分析結果から得られた仮説はあなたが導き出された説、博多湾と付近の海域でのスーパーセルの発生によるモンゴル帝国軍の高麗船の沈没という理由とは違うものであることをまずお知らせします。
私が独自に前述の資料類から導き出し、推測し立てた仮説は、竜巻や大波と言った外部からの強い物理的な衝撃によるものではなく、その戦いに参加していた船乗りや、兵士達の脳内で生まれたある恐怖への反応のために起きたというものです。
その恐怖は、当時、中央アジアに広く原生していたと考えられるある植物の根にあたる部分を煎じて作られた薬剤を服用することにより現れたと考えられます。その薬剤はもともとモンゴル帝国軍内部で、兵士の疲労回復や戦争の恐怖に打ち勝ち、士気を鼓舞する効果を期待されて作られ、日本に遠征する船の乗組員に食事の一部として与えられていたものです。その中に、服用した者の意識に幻影を映し出す成分が含まれていたと考えられます。この幻影とは服用した人の心の深いところにあるもので、その人が一番願っていること、もしくは一番恐れていることが現出したものです。つまり最もその個人の情緒に訴え、影響を与えるものでしょう。
この根を持つ植物は、中央アジアの高原の岩場に育ち、大きな赤い花を咲かせるキジルグルという植物の可能性が高いです。現在では見つけることが難しいもののようです。
この植物性の薬剤は、一時的に気分を高揚させる作用があるので、日本への航海中に連日、船の中の人たちは好んで摂取していたようです。そして日本の沿岸につき、いよいよ日本への攻撃が始まる時には、戦いに向け全ての船の中で一斉に飲まれていたようです。このことは、私が日本で入手した日本の古文書に、戦いに臨む全ての者は戦いの前にこれを飲むようにとの王の命があったとの記述から分かります。
そしてまた船の中では出航してから、すぐに中央アジアで語られた魔物の言い伝えの話が、モンゴル帝国の監督によって繰り返し語られます。この魔物は人々が心の中で、出現することを、または逆に出現しないことを強く念じることによって、激しい竜巻や落雷を伴って現れるとされています。このことは中央アジアの伝説に関わる資料と日本の鎌倉時代の古文書を合わせて読んだ結果分かったことです。
薬剤と閉じられた状況での、集団への繰り返しの恐怖の刷り込みで、通常ではありえない集団催眠の状態が起こったと考えられます。集団催眠状態で、博多湾をその時襲った嵐の中、魔物が出現したと認識した船乗りたちは、引き起こされた狂気の中で操船を誤り、判断力を失いました。船はお互いに衝突したり、座礁して沈没したりしたのでしょう。そして魔物に追われる妄想に駆られた船乗りの乗り込んだ船は博多湾から逃げていったのかも知れません。
以上のようなことが起こったため、二度に亘るモンゴル帝国軍の敗走が起こったと考えられるのです。
尚、ファルコンさんのスーパーセルによるモンゴル帝国軍の軍船の破壊、敗退という説について、確かに日本の九州地方は暴風に襲われることも多いのですが、スーパーセルと思われる気象現象の発生は鎌倉時代から今まで記録がなく、また仮にあったとしても、二度に亘り、絶妙なタイミングで発生したということは考えにくいと思われます。
最後になりますが、この赤い花キジルグルの薬の効力を鎮めるためには、これも中央アジアの高原に自生する青い植物の葉が有効であることが日本の古文書の記述にもあります。
それでは、研究の成果が得られることを祈念しつつ、筆をおきます」