BARにまつわる大事件
2021年3月31日の午後11時30分過ぎ。そろそろ寝ようかと思いながら、何気なくInstagramをひらくと、プレイオフのマスターが久しぶりにストーリーズをあげていた。
プレイオフはJAZZレコードBARで、僕が大学生の時から現在まで、約30年間しばしば訪れるBARである。
白く長い髪と髭のマスター(77歳)は、わたしが静かに飲みたいときは放っておいてくれるし、話したいときには相手をしてくれる居心地の良いBARで、わたしはここに通いやすいように、BARと職場を結ぶ地下鉄沿線上に自宅を建てたほどである。
そんなマスターが久しぶりにあげたストーリーズに衝撃を受け、愕然とした。
工エエェェ(´д`)ェェエエ工工
ガガ━━ΣΣ(゚Д゚;)━━ン!!
突然すぎる報告に呆然とし、これは事実なのかジョークなのか判断がつかず、しばらくフリーズしていた。
わたしにはもう一つ、お気に入りのBARがあった。
熊本にあったバールという店で、時々この店に行くためだけにわざわざ飛行機で大阪から熊本まで行ってたのだが、2019年2月20日、BARのママであるマリさんが店で倒れられ、そのまま亡くなられたと知人から聞かされた。
バールはマリさんの好きなバンドBUCK-TICKのための店といってよかったのだが、大阪からわたしが行った時は、わたしの好きなTHE YELLOW MONKEYのアルバム曲を大音量で流してくれた。
北陸から熊本へとやってきた彼(彼女?)の生い立ちを聞いたり、わたしの話を聞いてもらったり、このBARにも、わたしの約15年分の思い出があった。
マリさんの没後、わたしは仕事の休みを利用して店を訪れたが、すでに他の飲食店が入居しており、わたしの知っているBARの痕跡は、未だ付け替えられていない店名のプレートのみであった。
わたしはバールで知り合ったカッパさんに連絡をとり、マリさんが眠るお寺を教えてもらってお参りさせてもらった。
その時の喪失感も相当なものだったが、今回のプレイオフ閉店はそれを上回るショックであった。
これはエイプリルフールネタなのか? いや、このストーリーズが公開された日付は3月31日である。それに42年間という中途半端な数字からしてジョークとは思えない。
Instagramを使ってマスターに閉店が本当なのか確認のメッセージを送るも返信無し。
プレイオフで知り合ったリサさんにも、閉店の事実を知っていたのかメッセージで尋ねるも、彼女も知らなかったと驚いていた。
次の瞬間、わたしはバイクのエンジンに火を入れて、プレイオフへ通じる深夜の道を駆け抜けていた。
交通量の少ない深夜のためか、わたしのスピードの出し過ぎか、ものの15分ほどで店の前に到着したのだが、午前0時を回ったプレイオフはシャッターが閉まり、大量のボトルが店の前に出されていた。
「あぁ、、、やはりこれは現実なのだ」
そんな焦燥感に苛まれながら、わたしは30年分のプレイオフでの想いを頭に巡らせながら、来た時とは違う道を時間をかけてゆっくり帰った。
こんな突然の終わりかた、マスターらしいといえばマスターらしい。
77歳という年齢を考えたら、じゅうぶんありえる話だ。
どこか体を悪くしてたのかな──そんなことを考えていたら、その夜は明け方まで、なかなか寝付けなかった。
次の日、わたしは仕事が休みだったので、昼過ぎに再びプレイオフを訪れた。
店内には大量のJAZZレコードや酒瓶、巨大なスピーカーがあるので、きっとそれ撤収してるに違いないと思ったからだ。もしマスターがいたら、30年分のありがとうを言いたい。
しかし、昨夜と同じ、閉店ガラガラ状態であった。
その日の夕方、まさにこの記事を書いている途中、あらたなマスターのストーリーズがあがった。
すぐにプレイオフへ行く準備をした。
マスターに思いきり文句を言ってやろう。
(ちなみにマスターの文は左から読む)
これは毎日「閉店セール」と看板を掲げた店と同じ手法じゃないか。
しかし、なぜ42年目にそんなことを!?
さまざまな謎を解くため、地下鉄の駅へと急いだ。
店にはすでに、わたしと同じく苦情を言いにやってきた先客がおり、その後も、この店でプロポーズをしてもらったという前出のリサさんご夫婦、この店の内装を手がけたフジタさん(だったと思うが酔ってて記憶違いかも)がやってきて、みな一様に「マスター、かんべんしてよ〜」と文句を言い、そして安堵の笑顔で話していた。
こんなに店中のお客さん同士で話したのは初めてだ。
マスターのいいわけは、大阪市時短要請で21時に店を閉めるときに、ラジオから南佳孝の曲が流れてきて、その時に42年前の今日プレイオフを始めたことを思い出して最初のストーリーズを書いてアップロードしたのだが、奥さんに鯖の煮付けを作ったから早く帰ってくるように言われ、急いで帰ったらiPhoneを店に忘れて帰った・・・らしい。
いわば、ドッキリで落とし穴に落とされ、その後に穴から引っ張り上げてもらっただけの状態と同じで、ただただ元の状態に戻っただけなのに、わたしはとても幸せな気持ちでハイボールを5杯ほど飲んだ。
プレイオフは、これからも続く。