
善意の教え魔
ぼくは教えるのが好きです。
多くの人も、なにかの得意分野や自分の好きなことを語ったり、人に伝えたりすることには快感を覚えるのではないでしょうか?
しかし、相手は同じように気持ちよくなっているでしょうか?
押し付けになってないでしょうか?
今回はそんな「教える」という行為について、掘り下げて考えてみます。
教えるという行為は、心理学的に教える側に「自分が上という権力意識を与える」のだそうです。教えることで相手の行動に影響を及ぼすことで、自分に権力があると錯覚するわけですね。
しかし、相手は同じ気持ちとは限りません。というか、ほぼ違いますwww
こちらが『教えるモード』になると同時に、相手は「説教!?」みたいな感覚になり、耳を塞ぎます。なぜでしょうか?
ハーバード大学の研究によると、人がアドバイスを受け入れる要因は3つあるそうです。それが
①そのアドバイスを得るのにお金がかかるかどうか
②アドバイスをしてくれる人が、プロであるかどうか
③聞き手が、アドバイスを受け入れる精神状態かどうか
上記を踏まえた上で、ぼくたちが気を付けるべきことを押さえておきたいと思います
1.アドバイスは、頼まれない限り行わない
人はどうしても、アドバイスをしたら相手が変わってくれると期待してしまいます。しかし、相手が聞く姿勢ができていなかったり、相手の興味と伝える内容が合致してなければ意味がありません。言えば伝わるはこちらの『幻想』なのです。なので、相手に求められるまでアドバイスは控えた方がいいです。
2.頼まれてもアドバイスしない方がいい場合もある
「どうしたらいい?」という求め方は、実は要注意だったりします。それは、アドバイスが欲しいわけではなく、単に話を聞いてほしいだけという場合も多いからです。そうした場合は、自分の意見を述べるのではなく、話を引き出しながら、相手が自ら解決策を見いだせるように誘導していく方が効果的。カウンセリングの手法です。
3.アドバイスは、するものでなく請うもの
特に日本は、年長や肩書が上の者が下に教え、部下はそれに下がそれに従うという文化がまだまだ根強いです。ダメではないけど、変化の速い時代において、それは最適解ではないと思います。年齢や肩書にとらわれず、みなが平等な立場に立ち「教えてやろう」ではなく「教わりたい」というマインドセットを持つことが大切です。
人は知らず知らずのうちに『教え魔』になってしまう生き物です。特に教師や親は、子どもに対してマウントを取りやすい立場にある。なので、ここは注意しておきたいところですね。