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勾玉が消えてから1100年
勾玉のwikiのページを読んでいて、何気なく関連項目にあった日本における装身具の歴史へ飛んでみたら驚いた。
日本において、装身具(首飾りや腕輪や指輪など)は古代には豊かに普及していたのに、その後の奈良時代から姿を消し明治時代に復活するまで1100年間、装身具の文化がなかったというのですよ。
服飾や歴史に興味があるかたなら何を今更の事かもしれない。私は初めて認識した。今まで、基本的にアクセサリーをつけない着物の伝統を当然と思っていて。何とそれが千百年!
日本以外にはそういう文化は、ほぼないのでは?
身をキラキラしく飾らない事をよしとする旨があったなのかな。
なぜ装身具が歴史から急に姿を消し、それが長く続いたのかは、諸説あるようで不明なのだそう。
真珠も薬にしてたそうですよ。不思議な国だ。
勾玉は、先史、古代から続く日本独自のもの。その不思議な形の由来も諸説あってはっきりしていない。
wiki日本における装身具の歴史より
「日本において、装身具は呪術的な意味を持つシンボルとして縄文時代から古墳時代にかけて広く普及し、指輪、耳飾、腕輪、首飾、足飾など多数の形状の装身具が各地の墳墓より出土している。しかし、奈良時代以降、明治時代に至るまでの約1100年間、これらの装身具は忽然と姿を消した。 」
「安土桃山時代に来日したポルトガルの宣教師ルイス・フロイスは、『日欧文化比較論』のなかで「我々の間では真珠は装身具の材料に用いるが、日本では製薬のために搗き砕くより他には使用されない。また、ヨーロッパの女性がつける宝石のついた指輪なども一切つけず、金、銀で作った装身具も身に着けない」と述べ、西洋文化と日本文化の違いについて言及している。こうした空白の文化は実に江戸時代を超え、明治時代の近世に至るまで実に1100年の長きに渡って継続した』
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