私たちはこのように生きていますーー『ウクライナの真実 国家の現況2010』日本版への序 特別公開
親愛なる日本の読者の皆さんへ
今、手にされているこの本は、極めて簡略化した形ではありますが、私どもの国ウクライナについて十分に豊かな情報を集めたものです。この本はウクライナのさまざまなことについて分かりやすく書いてあります。
この本を読みながら、お国の状況とどこか似たところを見つけられるかも知れません。この本を読まれるということは、自国の文化や伝統を愛しておられるということです。そんな皆さんなら、この複雑な相互依存の世界の中で自身のアイデンティティを保ちつつ、経済発展に努めて来た他の国々の経験は興味深いことと思います。
残念ながら、人類の歴史は戦争の歴史です。領土や資源、また物流(商業)の道を得るための戦争の歴史です。おそらく皆さんもお国の歴史の中で思い出される戦争はただ一つということはないでしょう。ウクライナでの出来事の展開を観察しつつ、他国の経験を学びつつ、私はロシアとの戦争が始まるずっと以前に、我々は軍事衝突を避けることはおそらくできないだろうと理解し始めていました。
今日、私はウクライナを去ることも出来るでしょう。でも、私には自分の国を捨てることは出来ません。本質的に私は何の役にも立たない頼りない人間ですが、実際、自分のことを防空守備隊、あるいは榴弾砲のように感じています。それに離れたところだと、全ては余計に恐ろしく感じられます。出国したらすぐに、毎回、ミサイル攻撃の後で電話を手にし、大丈夫だったかと皆に電話することになるのです。
戦争をしている国で我々は今どのように生きているのでしょうか? これについてほんの少しですが、私の体験からお話ししましょう。
遠くに出かけていて、息子と一緒に車で自宅に向かっていた時のことです。途中で渋滞に遭いました。トラックが何台かひっくり返っていました。両側からガソリン輸送車に挟まれ、ほとんど動けずに私たちはそこに留まっていました。息子は
「あそこから(ミサイルが)飛んで来る」
「あちらに向かって飛んでいる」
「あそことあそこで爆発があった」
といった刻々と受信される戦況速報を絶えず読んでいました。親戚や近しい人々に既に架電できていましたが、もう一度掛けたいと思いました。私たちにも心配して電話が掛かってきました。ミサイルが私たちの方向へ向かって飛んでいるという情報が出ました。私は周りのガソリン輸送車に目をやり、こう言いました。「もし今、攻撃されたり、何かが私たちめがけて飛んで来たらすごい爆発が起きて、半径百メートル以内の生き物は皆死んでしまうでしょう」
怖い。私たちは元気を出そうとしていますが、怖いのです。まだ生きている人たちは、例外なく皆怖いのです。しかし既に、どれだけの人々がこの戦争で亡くなったでしょうか!
一番最初に攻撃を受けた時、私と息子はミサイルが落ちた交差点から百メートルのところに居ました。車で学校に向かっていたところでした。爆発はとても激しく、車がぴょんと跳び上がり、周りの建物からガラスの破片が飛び散りました。私はミサイルが落ちた市の中心部の通りの交差点に、最初に駆け付けた人々の一人でした。焼け焦げた車の数々、血だらけの人々……まだ家を出ていなかった人たち皆に、私は震える手で「どこへも出かけないで」とメールしました。今度は皆が私に「何をしているの! 危険な場所から離れて」と返信してきました。でも離れませんでした。助けが必要かも知れない。周りのひどい状況を見て、私は立ちつくし、涙がとめどなく流れてきました。実際、救助隊員が非常に速く来てくれました。しかし車に乗ったり歩いたりしていて負傷した人々の血やショックは、今でもまざまざと目の前に浮かびます。
役に立つことは何もできないままにその場でしばらくうろうろし、公園を通って地下鉄の駅に向かって、のろのろ歩きました。友人の電話や避難場所に行けとの相も変らぬ忠告を私は一蹴しました。同じ場所を重ねて二度も攻撃するなんてあり得ないでしょう。
子供広場は避けて通りました……長女と一緒にここを散歩した時のことを思い出し、道を渡って隣の建物に立ち寄りました。10分後に激しい爆発があり、広場は消えていました。
そう、私たちはこのように生きています。『ロシアン・ルーレット』の概念により深い、限りなく不吉な意味が加わりました。
これは現在のキーウ、首都での話です。夜ごとにミサイルやドローンの攻撃があります。インフラ施設は破壊され、平和を愛する人々が住む住宅街に命中することも少なくありません。ウクライナの他の都市でも全く同じです。そして勿論、前線は、最前線は地獄です。今日、我が民族はジェノサイドとも言えるこの無慈悲な戦争で滅びようとしています。国中で墓地が増加し、一部の地方自治体は墓地に向かうバスを既に運行させています。そうしないと新しく作られた墓地に行き着くことが困難だからです。
今起こっていること全ては、ウクライナ国民にとって大きな悲劇です。私たちが生きている現在の世の中で、こんなことが起こっていることが信じられません。そして既に今分かっていることは、戦争は根絶し難いもので、この戦争が最後の戦争ではないということです。
この本は戦争が始まる12年前に書かれたものです。そしてこの本は戦争についての本ではありません。この本はウクライナの歴史の流れの中でずっと独立を手にしようと、自らの文化や伝統を守ろうと努めて来た民族についての本です。
鉄鉱石、石炭、リチウム、ウラン、ニッケル、黒土(穀物)、そして不完全な民主主義の存在そのものが、残念ながら、輝ける未来と主権をウクライナが手にするチャンスを奪っています。我が国の地下資源と黒土に多くの国が関心を持っています。今日、戦争をしている我が国から数千万トンの穀物が輸送されていますが、その内の70%は海上輸送しなければなりません。巨大企業が破壊され、それらの金属構造物の残骸が二束三文で国内外の市場で売られています。人々はヨーロッパやアジアに新しい平和な生活を求めて国を離れて行きます。
しかし私たち、ウクライナに残った住民は、それでもやはり我々の国ウクライナを信じています。生活し、働き、文化や伝統を大事にしています。できる限り自分の国を護ろうと努めています。親愛なる読者の皆さん、皆さんが読まれるこの本に書かれたウクライナという国を護ろうと努めているのです。
2023年7月18日
ナターリヤ・セメンチェンコ
■著者の紹介
ナターリヤ・セメンチェンコ Наталия Витальевна Семенченко
ウクライナの作家・社会評論家、経済学博士、経済サイバネティクス講座の教授。キーウ国立工科大学卒業。各界の著名人をゲストとするトーク番組を10年以上テレビで主宰した。科学思想センターDOSVID(経験)の責任者。2014年12月に「真実を追って」シリーズの三部作「独立」「革命」「腐敗」を発刊。経済と金融の自身の講義ビデオを制作。またドキュメンタリー映画を制作しており、特に、自身の大学についてシリーズを制作した。さらに大学付属の学生協会OSA(Open Student Association)を設立し、その責任者でもある。
■訳者の紹介
おだ けいこ
全国通訳案内士(ロシア語)。兵庫県出身。神戸市外国語大学ロシア学科卒業。訳書にガリーナ・アルテミエヴァ『ピクニック』(水野典子氏との共訳)、エカテリーナ・ビリモント『男はみんなろくでなし』、アナトリー・フロペツキー『久遠の闘い』(水野典子氏との共訳)(ともに未知谷)。