
4 キノコの山(自然)
菅寿美(『ボヘミアの森と川 そして魚たちとぼく』訳者)
チェコ人には、自然を愛し自然の中で過ごすのが好きな人が多い。野山には散策路が整備され、ハイキングやサイクリング、キャンプを楽しんでいるチェコ人をよく見かける。
そんなチェコ人がこよなく愛するのが、夏から秋にかけてのキノコ狩りである。目に美しく、食べておいしいキノコ(houba)がどこに生えているかは、ほとんど機密事項である。ご近所さんに教えないどころか、親兄弟にさえ明かさないとまで言われている。晩夏に雨が続いて湿度が高まると、キノコシーズンの到来だ。キノコ狩り用の籐籠を小脇に抱え、いそいそと森へと向かう。森からの帰りに、これから森に向かう人とすれ違うと、挨拶しながら(あるいは無言で)ちらりと籠をのぞかれる。「そのとき、籠の底に言い訳程度の数しか入っていなければ、馬鹿にされる」のだそうな。キノコ狩りもそうそうのんきに構えてはいられないものらしい。
華奢なものに、ずんぐりしたもの。気品の漂うもの。お母さんの秘蔵っ子に、美しく年を経たもの。ぼくらはてんでにちっちゃな帽子にくちづけした。カゴから粗朶をみんな捨て、すべてのカゴがキノコでいっぱいになったが、ヤマドリタケは、あいかわらず、たくさん残ったままだった。
(「白いヤマドリタケ」より、p.35)
ヤマドリタケ(hřib)とは、いわゆる「ポルチーニ茸」のことである。日本で購入しようとするとえらく高くつく、イタリア料理などでほんの数片がお皿を飾っている、あのキノコである。それが無数に生えているとは、なんと豊かな光景だろう。
ヤマドリタケ
チェコで食べたキノコの中でおいしかったのは、ベドラ(bedla)だ。どこぞの怪獣のような名前だが、名に恥じぬ大型のキノコで、傘は男性の広げた手のひら大以上にもなる。特徴的な形状から、初心者でも見分けやすい(とはいえ、日本人が勝手にキノコを採って食べるのは危険なので、やめてください)。
べドラ
これにパン粉の衣をつけてフライにする。また、柄がなく真っ白な手毬のような巨大キノコ、ピーハフカ(pýchavka)も同様にフライでいただいたが、キノコらしからぬねっとりとした舌触りの、不思議な味わいだった。
ピーハフカ
ヤマドリタケは煮込み料理に用いることが多いようだ。個人的には、あのみっしりと密度高い軸をホイル焼きにして醤油を垂らして食べてみたい。雨上がりの森に生えたばかりのアワタケ(suchohřib)はとても美しい。素直に伸びたシイタケのような姿だが、ひっくり返すと、傘の裏は鮮やかな黄色のスポンジだ。
べドラとアワタケ
実は、夏はチェコでは最も乾燥しがちな季節だそうだ。アフリカから熱く乾いた空気がやってくると、草原の草は枯れ、そこかしこでボヤが頻発するほど乾燥する。天気は不安定でしばしば短い雷雨に見舞われるものの、雨が上がれば、熱く乾燥した空気により、湿り気はたちまち一掃される。晩夏になり、暖かくて程よい湿り気が森に残り続けなければ、キノコは成長しない。“当たり年”は数年から十数年おきにやってくるようだ。2019年はなかなかの当たり年であり、森は籠を手にした散策者で大いに賑わった。次の当たりはいつになるだろう?
キノコのフライ