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23. 70センチメートル未満はつり上げ禁止!?(魚)

菅寿美(『ボヘミアの森と川 そして魚たちとぼく』訳者)


プラハを旅行したとき、書店で魚のポケット図鑑を買った。魚の名前と顔とをきちんと確認したかったからだ。チェコの河川や湖にいる淡水魚のなかには、日本の魚と似たものもいる。図鑑の種名を見ると、大まかな分類上は、日本産の魚と同じものものもいる。だが、よくよく見ると、顔つきや雰囲気がなんだか違う。全体的なバランスに違和感というか、よそよそしいものを感じる。「だってわたしはチェコの魚ですから」とつんとそっぽを向かれているような気持ちになる。これをどこまで、日本の近縁種の名称に落とし込んで良いものか、何とも悩ましい。

異なる複数の文化圏で物の同定をするのは意外と厄介なことがある。チェコ日辞書を見れば、あるチェコ語の単語について、対応する日本語の単語がきちんと示されている。しかし、それらの“対応する”単語が包括する概念が、日本語とチェコ語とで、すっぱりと一対一の等価対応をしているとは限らない。日本とチェコとは9000キロメートル近くも離れているのだ。概念間の線引きの位置が異なっていてもおかしくはない。

さて、チェコには海はないが川はある。そしてそこにはオオナマズが潜んでいる。川の主だ。

ナマズはスメツ(sumec)という。ポケット図鑑によると、チェコには二種類のスメツがいるようだ。スメツ・ヴェルキー(sumec velký)とスメツ・アメリツキー(sumec americký)だ。両者とも、日本のナマズのイメージしかない人が見ても「ナマズだ!」とわかる顔かたちをしている。そのスメツ・ヴェルキーの絵の下に、「70センチメートル」と数字が添えられている*。はて、何のことだろうか? ――実は70センチメートル未満のスメツ・ヴェルキーは、釣り上げ禁止なのである。これは全魚種の中でも、最も大きな制限サイズだそうだが、70センチメートル未満釣り上げ禁止とは、いったいどれだけ大きな魚なんだろう?

スメツ・ヴェルキーは直訳すると「ナマズ・大きな」、つまり、ヨーロッパオオナマズのことである。平均寿命は30年を超え、通常サイズが80センチメートルから160センチメートル、大きな個体だと300センチメートルにも達するというから驚きである。重さは平均で8キログラムから30キログラムである。水辺にやってくるハトを襲って食べることもあるとのこと、想像を絶する猛魚である。

「そのナマズは何キロあるんだ?」
 おやじはとっさに口をすべらせてしまった。 
 「二十キロ」
 小さくはないが、ことさら大きくもなく、敬意の念を呼び起こすのにちょうど良いといった大きさだ。(「プンプルデントリフ」より、p.132)

* 各魚の釣り上げ許可サイズはしばしば更新される。

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