移民をめぐる文学 第2回
(この連載は、2016年に東京の4書店で実施された「移民をめぐる文学フェア」を、web上で再現したものです。詳しくは「はじめに」をお読みください)
3. ジョン・ファンテ『バンディーニ家よ、春を待て』栗原俊秀訳、未知谷、2015年
「アルトゥーロ・バンディーニのサーガ」として知られる自伝的連作の第一篇です。(第二篇に当たる『塵に訊け!』も、すでに日本語に訳されています)。作家の分身であるアルトゥーロは、イタリア系移民家庭で生まれ育った14歳の悪童です。物語は、穴のあいた靴で雪道を進む父親の描写とともに幕を開けます。「彼は家に帰る途中だった。けれど家に帰ることに、いったいなんの意味がある?」家とは何か、家族とは何か、わたしたちはなぜ家に帰るのか。作品全体が、そうした問いかけにたいする答えになっています。小説の結末では、父と息子が連れ立って家路につきます。偶然か、それとも意図した上でのことなのか、14年後(1952年)に発表される『満ちみてる生』もまた、父と息子が二人で家に帰る場面を作品の末尾に配しています。二作に描かれるそれぞれの「帰り道」を、ぜひ読みくらべてみてください。
[栗原による追記]
上の紹介文にも記したとおり、『バンディーニ家よ、春を待て』は「アルトゥーロ・バンディーニのサーガ」と呼ばれる連作のひとつです。サーガは以下の4篇から構成されます(執筆年代順)。
1. "The Road to Los Angeles" (1930年代半ば執筆。著者の死後、1985年に刊行)
2. "Wait Until Spring, Bandini" (1938年刊行。邦訳『バンディーニ家よ、春を待て』拙訳)
3. "Ask the Dust" (1939年刊行。邦訳『塵に訊け!』都甲幸治訳)
4. "Dreams from Bunker Hill" (1982年刊行)
「1. "The Road to Los Angeles"」は、年内に未知谷より、拙訳にて刊行予定です。『塵に訊け!』の前日譚とも位置づけられる本作では、18歳のアルトゥーロが、ロサンゼルスの港でさまざまな職を転々とする様子が描かれます。「偉大な作家になる」という見果てぬ夢は、いかにして青年の胸中に胚胎したのか。あの『塵に訊け!』がおとなしく思えてくる、苛烈な痛みに彩られた怒濤の一冊です。読者のみなさまにお届けできる日を、楽しみにしています(現在、鋭意翻訳中です)。