2023年ベストアルバム
今年はいつもより各レビューを短めにして、レコードでよく聴いた音楽や、過去作も含めて今年出会った音楽について書くことにしました。
コロナも少しずつ落ち着いてきて、ライヴにもたくさん足を運んだ一年になったと思います。なかなかたくさんの新譜を聴くことが出来なかった気もしますが、まだまだこんなに新しい音-楽の可能性が開かれているのだということに、強い希望を感じる作品がたくさん生まれた年だったように感じています。拙筆ですが、今回もどうぞお付き合いください。
1. e o /cero
2018年にリリースされた4thアルバム『Poly Life Multi Soul』から約5年、待望の新作です。その間もメンバー各々でソロ作品を制作、発表していた彼らの新譜は、とても複雑な構成をもっているのに耳馴染みがよく、あらゆるカテゴリをすり抜けていくユニークさがあり、洗練されていました。
「Nemesis」や「Fdf」、「Sleepra」といった曲はダンサブルなムードがありながら、コード感の妙なのか浮遊感が持続します。一方では、シンプルなピアノのバッキングが美しく響く「Evening news」や「Angelus Novus」といった曲も並び、どこか夢の中にいるようで、(「Sleepra」の”Fall into sleep in dim light”というフレーズが象徴するように)微睡みの最中を漂っているかのような聴取体験が続く幸福な一枚です。
下のZeppでのライブや日比谷野音でのライブ映像を見て思いますが、生演奏での再現がものすごく大変そうな曲たちです。メロディーの遷移やハーモニーが複雑ですし、音数もすごく多いですよね。個人的な意見として、スタジオ録音されてリリースされた音源というのは、その形で最良の状態であるという考えなのですが、それを簡略化せずにライブでもやってやるぞという気概がceroの演奏形態から感じます。
話は逸れますが、高城晶平が営む阿佐ヶ谷のRojiへいまだに行けていないので、2024年こそは足を運びたいというのが目標の一つです。
2. Voice Notes/Yazmin Lacey
ここ数年の間で、気鋭のアーティストが数多く生み出されてきたUKジャズ/ソウルシーンから一枚。温かで丸みのある歌声が魅力的なYazmin Laceyによる1stフルアルバムです。
力が抜けていると同時に安定したリズム感のある歌声は、極上のチルミュージックとなって聴者の心に平穏をもたらしてくれます。iPhoneのボイスメモ(=voice notes)機能を思い出させるタイトルは、幅広いジャンルをまたぐような楽曲の身軽さや多彩さとして表れています。スローレゲエのようにゆったりしたムードの「From A Lover」があり、16分のハイハット刻みが心地よい「Legacy」も盛り込まれている、そうした縦横無尽に様々なルーツを感じさせるところが、現行UKジャズシーンの最大の魅力だと思います。リズムやテンポはかなり幅広いですが、歌のメロディーや鍵盤のリフ、オブリガートによるゆったりとした響きがアルバムの統一性を形作っています。
5月に行われたビルボードライブ東京での公演に足を運んだとき、初めて観に行ったように感じないほど、妙な懐かしさと親密さを感じたことを覚えています。今回は4人編成のバンドスタイルで来日していましたが、楽器隊の演奏も皆控えめながら安定感があり、Yazminの歌声を力強く支えていました。
3. strongboi/strongboi
南アフリカ出身でドイツを中心に活動するSSWのAlice Phoebe Loeと、彼女の古くからの友人であるというZiv Yaminとのユニット、strongboiのデビューアルバムです。
Alice Phoebe Loeは昨年くらいからよく聴いていたのですが、その独特な揺らぎのある歌い方と、のびやかだけれどもどこか儚さが滲み出る声質に惹かれるところがありました。
彼女のソロ作における詞を見ていると、孤独を愛しながらもその寂しみに向き合うような内省的なところがあり、イメージの断片をひょいと置いていく詩のような美しさがあります。
一方でstrongboiの方は、楽曲のうちで鍵盤が占める割合が増えているのも大きいかと思いますが、もう少しドリーミーな雰囲気が強くなっているように感じます。詞はAliceとZivの共同制作のようで、ソロ作よりもどこか対話的な感触があるというか、”You”の語が多く、もう少し外側に開かれているような…。
今年はAliceソロ名義でも『Shelter』というアルバムがリリースされました。前作と比べると、全体を通してかなりスローで静かな一貫性があり、オーセンティックで素朴な一枚という印象でした。ダブリングさせた声のエフェクトなど、サウンドメイキングの点では揺るぎない魅力がありましたが、個人的には前作やstrongboiのようなポップネスのバランス感が好みだったため、今回は選外となりました。
4. Lahai/Sampha
マーキュリー賞を受賞した前作の1stアルバム『Process』から約6年ぶりのリリース。Kendrick LamarやDrake、SolangeにAlicia Keysといった錚々たる面々と共演もしてきた彼の名前は節々で目にしていたものの、ソロ名義の作品はフォローしていませんでした。
今作を一聴したとき、ミニマルで洗練されたピアノのコードやシンセのリフが心地よく、またその上に乗るSamphaの声とコーラスで重ねられるたくさんの声で編まれるハーモニーに不思議な高揚感を覚えました。これらの要素がアルバム全体の背景を形作るように一貫性を持たせているので、リピートしているとどの曲がどの曲なのかわからなくなるような、茫洋とした大海を漂流している気分になってきます。
耳を澄ませてみると、声の処理がとにかく丁寧だと感じます。ハーモニーの連なり、リバーブやディレイの長さの微妙な加減。さらに声は一貫して生っぽく聴こえるように、ドラムやベースの音が控えめなトーンで(ハイがかなり抑えられてるのでしょうか?)処理されているようです。
音源の時点でこれほど細やかで繊細な感覚が埋め込まれていることに驚きましたが、Tiny Deskのパフォーマンスには度肝を抜かれました。このバンドメンバー全員が、訳がわからないくらい耳がよく音感もリズム感も並外れたものを持っていることを確信できます。と思っていたら、最後に演奏される「Without」では、5人全員が打楽器を演奏し始めて、遊び心がハイレベルすぎます。それでいてみんな本当に幸せそうに歌い、演奏しているのが痺れますよね。何時もこういうメンタリティでいたいと励みにもなりました。何度でも見返したい名演です。
5. Akousmatikous/Salami Rose Joe Louis
strongboiの作品でも共演していた、マルチ奏者でプロデューサーとしても活動するLindsay Olsenのソロプロジェクト、Salami Rose Joe Louisの新作です。
過去作の『Zdenka 2080』(2019)や『Chapters of Zdenka』(2020)でもコンセプトが語られていたように、独自のSF世界を創造し、その世界観をアルバムという形で表現してきた彼女ですが、今作もその続編に位置付けられるようです。
本作のタイトルは「識別可能なソースがない音」と訳される語のようで、彼女は「音源が分からないのに音を聴くというコンセプトに魅了されている」と語っています。
たしかに、エッジの削がれたエレピや靄のようなシンセサイザーの音色と、そのなかでつぶやくように歌う声を聴く経験には、ずっと宇宙の只中に浮かんでいるかのような感触があります。Samphaの『Lahai』にも、果てしない広がりの中にいるような似た感覚がありましたが、こちらはもっと暗くて静かな場所に放り出されているようなイメージが浮かんできますね。
個人的には、音色や歌唱のスタイルが似ていることからベイエリアのやくしまるえつこのような見方をしていたのですが、やくしまるがややセカイ系を想起させる詞作とポップネスを指向しているのに対して、Salami Rose Joe Louisはあくまで独自のSF世界を構築・作品化しているところが大きく異なるところだと思います。これからも独自の路線を追求していくであろう活動を楽しみにしています。
6. no public sounds/君島大空
フルアルバムとしては3枚目のリリースになるのでしょうか。その中性的な歌声と、捉えどころがなく、デリケートな言葉の配列が類稀な魅力を放つ詞/詩。君島大空にはとても孤独な才能のようなものを感じます。
「公共の音声はありません。」という句が、このアルバムタイトルの訳として使われています。元は、SoundCloudにあった音源に再アクセスしようとした際に、その音源が削除されているときに現れるメッセージのようです。君島はこのアルバムについて「無くなってしまった場所に克明な居場所を見つけようとする実験」だとコメントしています。
とても馴染みのあった場所が、気づいてみたら無くなってしまっていて、自分の記憶の中にしかその痕跡を認めることができないことってあると思います。あるいはもっと日常的に、とても印象に残るような景色、一瞬だけ現れた断片的な光景が二度と訪れないような気がすることがあります。そういった、すでに消失してしまったイメージの名残を留めておこうとするような、さながら大切な写真に似た音楽たちだと思いました。
とてもキャッチーなメロディが歌として記憶に残るのに、しかし一方で音楽の構造はものすごく複雑に感じます。ノイジーなエレキギターのフレーズが刺さってくると思いきや、トーンの丸いピアノのバッキングが入ったり、煌めくアコースティックギターのバッキングにフォーカスが当たったり…かと思いきやエフェクティブに使われる電子音が挿入されたりと、絶妙なバランスで組まれた音のブリコラージュのような曲が並ぶのに、そのどれもに明確なポップネスが感じられます。
その尖った実験性と、ユニークなポップさを並走させるように組み合わせる彼の音楽にはこれからも注目していきたいところです。
7. LIFECYCLES Volumes l & ll Now! and Forevermore Honoring Bobby Hutcherson/Brian Blade
Brian Blade率いるプロジェクト、Life Cyclesによる一枚です。初めてジャケットを見たとき、誰の作品なのかちょっと迷いました。本作は、2016年に亡くなった名ジャズ・ヴィブラフォニストであるBobby Hutchersonに捧げられたトリビュートアルバムです。
Brian Bladeは、確か何かのライヴ映像を見たのが最初だったと記憶していて、とにかく楽しそうに全身で表現する人だと感じたのが印象的でした。
この音源に関しては、とにかくミックスが素晴らしいと思います。全部の音の定位、音量のバランスが心地よく、綺麗で優しい響きが持続します。ヴィブラフォンを請け負っているMonte Croftの音色は、本作がBobby Hutchersonトリビュートであるにもかかわらずどこか控えめな印象すらあり、そうでありながらフレーズのスピード感やキレを感じさせる完璧な仕事です。
この一枚、下北沢にあるミュージック・ホットドッグカフェバー(私の勝手な呼称です…お許しください)tonlistというお店でかかっていて、あ、この大音量で聴いてもやっぱり最高だ…と感じました。本当に素晴らしい音源のセレクトをされるお店で、我を忘れて音楽を聴くことに没入できる空間づくりをされているお店なので、みなさまぜひ行ってみてください。
8. Heaven/Cleo Sol
UKを拠点に活動し、謎多きプロデューサーInfloの主催するコレクティヴSaultの主要メンバーでもあるCleo Solによる3枚目のアルバムです。
本作がリリースされた二週間後、すぐに4枚目となるアルバム『Gold』が発表されたことでも話題となりました。Infloによるリリースは毎回サプライズになるので、心臓に悪いです。
あえてこの2枚を比較してみるのであれば、『Heaven』はトーンがやや暗めで、夕方から夜にかけての時間に聴きたくなるスローR&Bといった趣があり、『Gold』の方は穏やかで明るく、同時に静謐なバラード調であるように感じます。
前者は心を無にして聴くことができるような感触があり、作業用BGMとして聴いていたのに気づいたら頭が揺れているタイプの音楽でした。そういうどこかドライなトーンでループさせるムードの作り方は、Infloのトラックメイクの特徴なのではないかなと感じています。バッキングで鳴っている楽器群の音も生っぽく、彼女の伸びやかな声質と好相性です。
9. Sandhills/Toro y moi
以前、2019年のベストアルバムに選出した『Outer Peace』とは対極にあるように感じられる一枚です。本作にはToro y moiの故郷であるアメリカ・サウスカロライナ州コロンビアへの思いが込められた、どこかノスタルジックな空気感があります。
一曲目の「Back Then」には、人々が故郷に抱く想念のリアリティが詰まっていると思います。
「記憶の中にあった高速道路の出口は随分と変わってしまったけれど、給水塔は昔のままだ」。この給水塔はジャケットにも大きく描かれ、ミュージックビデオのサムネイルにもなっています。故郷のシンボルとなるイメージが今も確かに残っている一方で、すっかり変わってしまったものもある。自らがそこで時を過ごしたことを思い出すことができる証を見つけた時、ある種の安堵感が湧き上がってきます。それが良き思い出であれ、苦い思い出であれ、一旦そこで立ち止まり、こんなことがあったなと振り返る時間が存在することは、それ自体幸福なことなのかも知れません。
10. 12/坂本龍一
坂本龍一は、私にとってとても重要な作家です。亡くなった直後にも少し文を書いたのですが、母から彼の存在を教えてもらって以降、音楽的にも思想的にも、自分のルーツを形成する大きな部分を与えてもらったように感じています。ちょうど新しい仕事を始める時期で、初出勤日の前日に坂本龍一逝去の報せが流れ、気持ちの整理がうまくつけられないまま出勤したことをよく覚えています。
今回のレビューを書くにあたって、本作について何を書いたら良いのかわからなくなって立ち往生してしまい、結果的に年明けも2月になってしまいました。
それは遺作であることはもちろんなのですが、評価するということ自体がとても難しい作品に聴こえたからというのもあると思います。『12』と題されたアルバムは、各曲のタイトルが日付になっており、日記のように録音されたものから選択、収録されています。ここまで書いて気づきましたが、これらの音楽を「曲」と呼んでいいのか、はたまた「音楽」と書くことすら何か憚られるというか、釈然としない気持ちが湧き上がってきます。どのトラックを聴き始めても、ぼやーーとした靄や煙のような大気、私の周りを取り囲んで漂っている空気のようなイメージがあるのです。
全体としてはやや暗い雰囲気を感じ、しかし雨ではなく一面曇りというような、やはりぼんやりした音像。この風景的な感触は、私の故郷のそれに似ていると思いました。日本海に面した富山県は、一年を通して曇りの日が多く、冬はどちらかというと粉雪ではなく、湿気まじりの重たい雪が多く降るところです。だからこそ時たま訪れる快晴の日和が、一層素晴らしくありがたいものとして感じられるのかとも思います。
4トラック目の「20220123」は、とりわけそうした原風景を感じさせるものでした。ピアノの音の背景として、kooooo…hoooooo….といったらいいのか、まさに雪が降っている日の静かな空気の音がはっきり感じ取れます。一方でピアノの音には強いディレイとリバーヴがかけられている。それはどこまでも続いていくように感じられる大きな河川、雪道になった広い車道の風景と重なります。
それぞれのトラックを聴き比べていると、残響の質の豊かさに気づきます。「20220123」は人工的に引き伸ばされた残響、反復される音の成分が多く、「20210310」や「20220202」などは鍵盤楽器としてシンセサイザーの音色をメインに使っているため、その人工性をさらに押し進めたような感触があります。かと思えば、「20220302 - sarabande」「20220302」は、かなり自然な残響、あまりエフェクトの付加されていない音という印象です。しかし音質はクリアで、録音されている場所の空間性はあまり感じられない。非常に透き通っている音源というイメージです。対してこの二つのトラックに続く「20220307」は、ややくぐもった音像が提示され、天井高のある少し広めの空間で、ピアノの音を録っているというよりも、ピアノの音が鳴っている空間の音を録っているという感触が強くあります。
先ほど、全体的な印象として暗い雰囲気があると書きましたが、「20220307」「20220404」にかけては不安定で暗いハーモニーが展開されています。そして最終的には金属片や小さな石のような、何か硬い物質がきらきらとぶつかり、鳴り響くような音響の「20220304」で幕を閉じます。
評価が難しいという印象は、おそらくこの帰結からも間違いのないものでした。ノスタルジーに耽り深く感動するというようなこともなく、不意に不協和音のような響きを差し挟み少し不安をよぎらせたり、情緒的なイメージをぎりぎりのところで回避しているような、不思議な経験がこのアルバムを貫いているからだと思います。
疲れているときや身体が起きていないとき、音楽ははやく忙しないものに聴こえます。反対に心や身体が元気なときや高揚しているときには、音楽がゆったり聴こえたり、静かな音楽が退屈なものに思えることもあります。
最初の一音が鳴り始めるまでの間、あるいは次の音が鳴るまでの間。その時間のことに、意識が否応なく惹きつけられる音たちで、本作は成り立っていると思います。時間という概念が相対的なものである、という気づきを与えてくれる一枚です。
〜番外編〜
最後に、今年リリースではないですが、レコードでよく聴いた音楽や、そのほか心に潤いを与えてくれた音楽を書き残しておこうと思います。
・Undercurrent/Bill Evans & Jim Hall
・blueblue/Sam Gendel
・Trio & Quartet/Duke Jordan
・Color Change/Clark Terry
・Circles/Lori Scacco
・脈光/大石晴子
・Actual Relief/坂ノ下典正
今年は新しい仕事に就いた年でもあり、非常に時が過ぎるのが早かったです。そんな中で、癒しを求めて音楽を聴いていた場面も多々あったように感じます。制作にはほとんど手をつけられませんでしたが、今はインプットの時期でもあると思って、もう少しの間は豊かな聴取経験を求めてディグに邁進しようと思います。
2023年お世話になった方々、ありがとうございました。また2024年も引き続き、よろしくお願いいたします。