ちょいちょい書くかもしれない日記(五十日)
朝イチ、母の病院受診に付き合う。
退院後の経過を診て貰うためだ。
施設では、ベッドの手すりにタッチセンサーを掛けてある。
母が立とうとしてそこに手を掛けると、職員さんが誰かすぐ来て、介助してくれるらしい。たいていはトイレだ。
おかげで今のところ、再転倒も脱臼もしていない。
診察の結果、経過は歳を考えればまあ悪くはないけれど、転倒リスクは少しも減っていないし、脱臼リスクも常につきまとうので、気をつけるように……とのこと。
たぶんお互いに「そうは言っても」「そう言われましても」である。
できる限りは気をつけるけれど、起こってしまったらそれはそのとき。
そして、いちばん安全なのは、歩かないことだったりする。
管理する側としてはそうなのだが、なんともやるせない。
それにしても、ずっと車いすに座っているのもしんどかろう。すっかり肉が落ちたお尻が痛そうだ。
どうしてあげたら楽なんだろう。
クッションを手配しましょうかと提案したら、かえってずり落ちるリスクが生じるので……と言われて、なるほどと意識の浅さを恥じた。
本人が希望を語ってくれたらいいのだが。
なんなら寝ているのがいちばん楽なのはわかっているが、それではどんどん弱るばかりである。
今回の入院で、母の手足は驚くほど細くなってしまった。
触れると胸が痛む。
施設を出て、いったん家に帰って必要なアイテムを揃え、銀行に向かった(その前に、すぐ近くのインデアンカレーでピラフを食べた)。
母の住所変更の手続きのためだ。
前もって相談に行き、説明を受けていたものの、受付の人が変わると話がリセットされてしまう。
最初から用紙を書き直し、用件を伝え直し、前回訊かれた質問を再び全部繰り返された。
前回のやり取りのデータが残っていても、そこは念には念を入れるらしい。
信用とお金のお仕事は大変だな。
前回、不要だと言われた書類を「お持ちですか?」と訊かれたので、要らないと言われましたよと伝えたら、それが長い待ち時間の始まりとなった。
裏で、要るの要らんのと揉めていたのだろうか。
社内ルールも、それを運用する人によってけっこう解釈が分かれるのだな……というのが、この一年で強く感じたことだ。
結局、前回相手をしてくれた人が出て来て、そこからはそれなりに早く進んだ。
ついでに、大昔のもはや残高ゼロのまま何十年も放置された口座も見つかったので、閉じてもらうことにした。
少しずつ、本当に少しずつだけれど、母のあれこれを整理してシンプルにしていく。
これも恩返しの一つになるだろうか。
銀行を出て郵便局にも同じ目的で行ったが、こちらは半分しか成功しなかった。
母が通帳を紛失してしまって久しいらしい口座のほうが、私ではどうにもならないのだ。
母が郵便局に出向くか、委任状をすべて自筆で作成するか(めちゃめちゃ書くところがある。しかも欄が小さい)、二択だが、前者は少なくともこの感染症が蔓延し、薬が枯渇しつつある今、ありえない。
後者は……一応トライしてみるけれど、母の手の震えがますます酷い昨今なので、無理ゲー感が凄い。
「これ、母が来られなくて、委任状も自筆では無理となると、詰みですかね?」
と訊くと、窓口の人はとても困った顔で、「どうにか頑張っていただいて……」と言う。
「頑張ってダメだったら詰みなんですね? つまり最悪、母が死ぬまでサスペンドということに?」
「あ、いや、そんな縁起でもないことは……いや、でも他の方法が見つからなくて……でも……ああ……」
困らせてしまった。いや、いったん詰みなら詰みでいいのだ。
今の母には難しすぎる作業を強いて、できないことで嫌な思いをさせたり、混乱させたりしたくはない。
母の健康を、そして施設に暮らす他の方々の健康を第一に考える。
そう優先順位をハッキリ定めたので、一応、委任状チャレンジはやってみるが、無理そうならあっさり諦めて、この案件も寝かせておこうと思う。
いつか気候が良くなって、施設が一時外出にポジティブになったら、そのとき改めて考えればいい。
少なくともひとつの口座は変更できたので、音信不通になることはないのだから。
これだけのことをするだけでバカみたいに時間が過ぎ、帰宅したらとっぷり日が暮れていた。
家に入ろうとしたら、見覚えのない車が玄関前にピタッと止まったので、めちゃくちゃ怯えた。
しかし、降りて来たのは両親の古い友人夫婦の奥さんのほうだった。
たぶん、カーシェアを利用しているのだろう。
「作ったから持ってきちゃった! こっちはお裾分け!」
そう言って、でっかいクリスマスリースと、ダンボール箱いっぱいのタマネギをくださった。
リースは、門扉に飾ることにした。野武士の如き無骨な玄関が、一気に華やいだ。嬉しい。
奥さんはいつも華やかで優しい。短いお喋りで、とても力づけていただいた。
「あなたが少しずつ元気になっていっているのがわかるから嬉しいわ!」
まあ、実際はそう単純でもないのだけれど(体調にはかなり波がある)、他人にそう言われると、ちょっとその気になるチョロい人類である。
ずっと気にかけてくださる方がいるのはありがたいなあ……と思いつつ、乗っている人の気性を反映しているのか、坂道を颯爽と下っていく車を見送った。
タマネギは、有名な淡路のタマネギだ。
今日はもうヘトヘトなので、ただ嬉しく眺める。
本当に疲れ果てた……。明日は大切な用事があるので、早めに寝よう。