ちょいちょい書くかもしれない日記(お祝い)
クリニックでの再検査で、抗原はもう出ていない、一安心ね、と言われた。
ただ、喉の炎症は変わらず続いているし、新型コロナにつられて大暴れ中のアレルギーが酷いありさまなので、今週いっぱいはきっちり休んで体調を整えてね、と釘を刺された。
「でも明日、講義やりたいんで、咳止めを……」
と言いかけたのを皆まで言わさず、
「いいですか、基本的に、お薬で症状を抑えるのは、しっかり身体を休められるようにするためであって、いち早く働けるようにするためではないの。薬を飲まないと咳が止まらないなら、それは喋る仕事を再開する準備がまだ全然できてないってことです」
とピシャリと叱られた。
ド正論である。
しかし、そうやって十分に休んだ結果、帳尻を合わせるため、病み上がりの状態でアホみたいな激務スケジュールを組まれることになるわけで。
結局、どの段階で無理をするかという問題になるわけだが、確かに、咳止めを飲んだところで10分と喋り続けられない現状で講義は、学生さんに失礼が過ぎるだろう。
諦めて、今週も休むことにする。
待合室で処方箋を待つ間に、学校にメールした。
「ほんとに新型コロナだけですか? 回復遅すぎない?」と案の定、ド失礼なメール返信をされたが、予想の範疇なのでスルーする。
悪気はないが結果として悪い人、というのは、世の中に意外なほどたくさん存在する気がしている。
調剤薬局はとてつもなく混んでいた。
背後の通路を、激しい咳をしながらずっと行ったり来たりする高齢男性がいて、なんだろう……と思いつつも、振り返らないよう努力する。
いくら抗原が出なくなったとはいえ、母に面会に行くのはもうしばらく自粛しておいたほうがよかろう。
施設に電話して、おめでとうをスマホ越しに伝えさせてもらった。
「は? 誕生日? 誰の? 私? あらそう、そうなの、どうもご親切にありがとうございます」と、母は予想どおりの答えを寄越した。
たぶん途中から、話している相手が私だということもわからなくなっているのだろう。
うん、でもまあ、いいのだ。おめでとうを言われて嫌な人はあまりいない。
あなたは祝福されている。その事実だけを欠片でも感じてくれれば、それでよい。
施設の方々にお礼を言って、近いうちに新しくなった母の保険証を持参する約束をした。
いつも家族でお祝いごとがあるときに買っていた、アンリ・シャルパンティエのショートケーキを買ってきて、夜にひとりで食べた。
私は昨年、まさに母の誕生日に新型コロナの初回感染に倒れたのだが、幸いにも、誕生日のお祝いは前日の夜に済ませていた。
母の大好物だったちらし寿司と、ショートケーキ。
あれが本当に、家族の最後の晩餐になったのだな……と、ぼんやりした気持ちで思い出す。
といっても、それはあたたかな団欒の記憶ではない。
思えば三人とも既に具合が悪かったのだろう、酷くギスギスした食事だった。
何事も、ドラマのように上手くは運ばないのだ。
ちらし寿司を作る気持ちにはまだなれないが、ショートケーキは変わらず美味しかった。