失うことすらできない
約2ヶ月ぶりの更新でお願い事からさせていただくのは心苦しいですが、まずは告知を。
2020年9月に発行『機関誌 彗星読書倶楽部』創刊号に、noteから加筆修正した三作品と、7500字超の新作「ねずみ男と私の280日」を掲載していただきました。
こちらの冊子は、彗星読書倶楽部オンラインサイトにて購入することができます。
売れ行き好調につき、急遽追加した現在のオンライン在庫が尽きましたら、今後は都内一部書店・文学フリーマーケット等での販売のみとなるそうです。
地方在住の方はこの機会に手に入れていただければ、と思います。
既に私のフォロワーさんも、何人もの方が購入してくださっていて本当に感謝でいっぱいです。
手間と、時間と、金銭と。
どれも大切なものなのに、惜しむことなく割いてくださったお気持ちが嬉しく、そして少し怖くもあり、購入報告に対し気の利いた返信ができなかったこと、申し訳ありません。
そして告知ツイートを見た方が何かを感じ取ったうえで、あえて触れずにいてくださったことについて、話さなければならないと思っています。
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数ヶ月かけて書いた私の小説は、文芸誌の新人賞にかすりもしなかった。
今年3月のことだ。
泣くならちゃんと泣きたいだなんて大口を叩いていた割に、過ぎてみれば惨敗。
惜しいところすらひとつもなかったのだ。
そしてその気持ちを綴ったnoteが、cakesクリエイターコンテスト2020で佳作に入選した。
もともと応募するために書いた文章ではなく、応募要項である「連載をしたい作品」という条件にはピントが外れていたこと、書いた本人である私が一番わかっていた。
募集期間内に気に入ったものが書けたのでハッシュタグをつけておこう、記念受験のような軽い気持ちで、応募したことも忘れ。
公式のおすすめにも載ったことのない私の、初めての賞という賞だった。
胸が躍った。
受賞したことが嬉しかったのではない。
私に「小説を書きなさい」と言ったあしながおじさんの見立てが、目利きが。
またひとつ正当化された喜び。
あしながおじさんにはすぐに報告のメッセージを送った。
いつもは一晩二晩、平気で返信を寝かせる彼も、このときばかりは即レスで私の受賞を称えてくれた。
「書いてる絶対量が少ないなかで佳作ってことは、のびしろがあるってことだ」
あしながおじさんが褒めてくれるのはめずらしい。
ねえ嬉しい?
あなたが見つけてくれた私が、何かを成し遂げたことは嬉しい?
「私、書くこと、全然楽しくなってないですからね!
いつでも辞めてやりますからね!」
照れ隠しにそうじゃれつくと、彼はふぅん、と相槌を打ちながらも「佳作を祝して焼肉だな」と言った。
「でも もしかしたら今月は忙しくて」
先週会ったばかりだし、コロナ騒ぎがなくとも落ち合う回数は徐々にペースダウンしており、このところ私たちは月に一度すら会えていない。
あしながおじさんがすぐにお祝いに駆けつけてくれないことなんて、言われなくともわかっていた。
だから私は出来る限りおどけて言った。
「とりあえず今からスクールの先生の店で飲んでくる!
どうぞお仕事優先して!
ヒマでヒマでしょうがない!っていうなら、焼肉付き合います!」
「はいはいw 楽しく飲んでw」
それが、あしながおじさんと交わした、最後の言葉だった。
*****
入眠と起床、出勤と退勤を繰り返しながら、その誘いを待っていた。
新しいバッグと靴を買い、数ヶ月ぶりに美容院へ行った。
知人との食事の誘いで「寿司・焼肉・中華、何がいい?」と訊ねられれば、頑なに焼肉を選ばずにいた。
noteで繋がった人たちとのやりとりのなかで、次に出す新人賞の狙いを定めた。
手のひらにぼんやりと、書きたいモチーフが集まり始めていた。
あとはあしながおじさんに「はい二周目、走ってこい」と無責任にこのまあるい背中を押してもらうだけだった。
連絡が途絶え一ヶ月半を過ぎた頃から、胸のなかにうっすらと染みのようなものが浮かびはじめた。
こんな時期に海外旅行に行ったなんてことは、ないだろう。
自粛中、会わなかった三ヶ月の間も細々としたやりとりはあったのに。
この遺棄には「意図」がある。
佳作から二ヶ月、私は確信した。
彼の気が向かなくなる、何かがあったんだ。
心当たりはありすぎて、逆にこれというひとつに絞ることができない。
静観と、動揺。
交互に繰り返す日々。
一定のリズムで呼吸をすることだけに専念した。
新しいバッグと靴は、よりによって雨の日におろしてしまった。
帰宅後、びしょ濡れのサンダルを脱ぐと詰まったつま先のペディキュアが不細工に剥げていた。
誕生日、私の誕生日まで待とう。
どこかで諦めの線引きをしなければ、いつまでもクラウチングスタートのポーズで構えているのは無理がある。
この名前ごと私を埋葬するかどうか、その判断さえも、それまでは思案せずにいよう。
そして私は静かにひとつ歳を重ねた。
前日とも、その前日ともなんら変わらぬ、ひとりぼっちの夜だった。
身辺整理をするにあたって、久しぶりにノートパソコンを開いた。
機関誌の頒布までは、責任を持って見守らなければ。
寄稿にあたり、礼を尽くしてくれた彗星さんに不義理なことをするのは、嫌だった。
そう考えた矢先、機関誌のオンライン販売が開始されたことを知った。
すべては静かに終結へと流れている、そう確信した。
遺書に限りなく近いこの文章のなかで、私とあしながおじさんの現状を【音信不通】と表しては、何度も打ち消した。
その表現は適切ではない気がして。
連絡手段はブロックされているわけではなくて、今だって私から声を掛けようと思えば掛けることはできるのだ。
返信があるかどうかは別の話だけれど。
だからこれは、私の意思でもある。
このままぼんやりとした染みのように消えていくことを、私も望んでいる。
出会ってから三度目の夏は来なかった。
*****
今回、機関誌に寄せた原稿は、私が出会い系サイトに載せたものを大幅に加筆・修正した作品である。
私とあしながおじさんは二年前の5月、その出会い系サイトで知り合った。
誰にも読まれぬ読書感想文を書き続ける女と、高身長高学歴高収入の男。
私たちはそれぞれが別のベクトルに場違いだった。
私は彼と関係を持ってからも、出会い系サイトでの投稿を続けていた。
そして初めて、日記でも、読書感想文でもない文章を書いたのが「ねずみ男と私の280日」の前身となる作品だ。
2000字にも満たない覚書のようなものだったのに、それを投稿したあとの彼の反応は予想外のものだった。
「君は、小説を書いたほうがいい」
あしながおじさんから私の作品の感想を聞いたのは、このときが最初で最後。
それは私の自主性にすべて委ねていたのかもしれないし、ただ単純に興味がなかったのかもしれない。
とにかくクローズドでない場所で、もしくは同人誌で書くべきだ。
ネットは今ならnoteとか、それと限らずともなんでもいいからと。
なんでもいいならと私はnoteを始めた。
知り合って、4ヶ月が経った頃のことだった。
言われるがままの私を見守る彼は、まんざらでもない様子に見えた。
私はただ、あしながおじさんの関心と無関心の波打ち際で、もう少しだけ戯れていたかった。
*****
ある夜のことだ。
ふらりと立ち寄った、新宿のはずれのオーセンティックバー。
メニューのない洗練された空間で、あしながおじさんは言った。
「俺はもう、創作の手が、止まっちゃってるから」
重厚感あふれる内装、無口なバーテンダー、芳醇で強い酒。
そのすべてに心地よく酔った彼は、いつもに増して饒舌だった。
彼が高名な芸術大学を出ていることは、それまでも会話の端々から察していた。
しかしそれを紐解いたところで、私には彼の才能を汲むだけの素養がないし、彼もわずか一晩を共にするだけの女に、そんな役割など求めていなかっただろう。
たった一言「なにをやってたの」と私が聞いて「油絵だね」と彼が言った。
二年以上もの時間を経て、私があしながおじさんの「創作」について言及したのは、後にも先にもこのときだけだった。
たくさんの映画と本を礎に築かれた彼の信条や台詞は、一挙一動、一字一句が美しかった。
我儘なひとではあったけれども、譲れないものがあるひとほど、どちらでもいい部分には寛容でいてくれることを知った。
何十回と宿泊してもテレビが苦手な私に合わせて、彼は朝のニュースすらかけることをしなかった。
その晩も早々に体温の交わし合いを終えると、くたりと寝そべった私のふかふかな手を握り返して彼は言った。
「君は、本を出しなさい」
あしながおじさん曰く、世の中には毎日腐るほどの本が出版されているのだから、そのうちの一冊くらいにはなれるだろう。
だから君は本を出しなさい、いつの間にか彼の口癖は進化していた。
「……私が本を出したら、表紙を描いてくれる?」
するとしっとりとした平たい背中の向こうから、あしながおじさんは小さく「いいよ」と笑ったのだ。
これが今まで語ったことのない、私の創作の動機であり原点だ。
あしながおじさんは、こんな理由で私が書いていたことを知る由もないだろう。
馬鹿げていると、笑ってくれていい。
名前も知らない、更に言うなら彼の描く絵を見たこともない、でも。
「創作の手が止まっている」
そんなことを呟く人が、描きたくないなんてことがあるだろうか。
私が本を出せるような奇跡を起こせば、あしながおじさんにもう一度筆を持たせることができるかもしれない。
あしながおじさんが私にくれた素敵な台詞はたくさんあるのに、私はどうしてもか細い、彼のぼやきのような言葉を忘れることができなかった。
あの夜からずっと、そのためだけに書いてきた。
書くことは苦しいし、何遍やったって巧くなんかならないし、好きじゃない。
それでも酒場で本を出している著名人に会えば、見苦しいほどにがっついて「本を出すにはどうしたらいいか」と訊ねた。
「あなたね、つまりは彼の競馬馬なんだよ」
あなたがいくら転んでも、彼は痛くないからね。
そう言うとその人は意地悪く笑っていた。
「原稿見せてごらん」と言われて送信した私小説に、感想が返ってくることはなかった。
皮肉なことにそのことがなによりも、私の作品につけられた評価を示していた。
才能なんてあるわけがない。
でもこういう恥をかくのは私でいい。
なんの努力もない上に適当に積み重ねたぐらぐらの人格は、否定されてもあまり胸が痛むことがない。
あしながおじさんが、無様に転げて傷だらけになる私を見て「こんなんだったら自分が走った方がマシだ」と笑ってくれればそれでよかった。
「いい大学出ただけのおじいちゃんになっちゃう」なんてジョーク、言わないでいいんだよ、私は絶対、嗤ったりしないから。
*****
私は、会いたい人に会える回数っていうのはあらかじめ決められていると思っている。
だからいつも急いていた。
あなたが私という女遊びに飽きる前に。
本を出せるか、それに相当する爪痕を残せるか。
会うたび見えない目盛りがひとつ、カウントダウンする音が鳴る。
最後の夜となったあの日。
洗面所から漏れる光に浮かぶ、彼の足をずっと見ていた。
長くて、しなやかで。
筋肉質でもなく、かといって無駄な脂肪も体毛もない、奇麗な右足がちょうど人ひとり分のサイズにかき集められたダウンケットを抱いていた。
大柄で、無造作で。
一見もっさりとした男の人が、こんな美しい足をしてるなんて、きっと誰も知らない。
これは私なんかが知っているべきことではない、と。
今思えば私、あのときカウンターが0になる音を聞いてしまったのね。
*****
去年の9月に書き上げた小説は、私とあなたが出会って、別れるまでを綴ったものだ。
私は出会ったときからずっと、あなたと二度と会えなくなる日を繰り返し予行練習していた。
だから今こんなことになって、優しいひとたちが気遣いの言葉をくれるけど、きっとみんなが思うより私はずっと大丈夫。
毎日ごはんも食べてる。
こんな時期だから頻繁でこそないけれど、飲みに行ったり、遊びに行ったりもしてるし、そんなときは適宜、笑っている。
帰り道、ひとりになったとき。
駅前のコンビニを出て、歩行者用の信号機を見上げたとき。
誰もいないロータリーでタクシーを待っているとき。
私、笑ってるなあって。
私の本の表紙を飾る、見たこともない、あなたの絵。
すごい前衛的だったらどうしようと、ひとり噴き出していた日々が懐かしいな。
でもきっと、あなたは何かに気付いたのね。
気付いて私の元から去ることにしたのね。
大丈夫、私はきちんと知っている。
最初からここにないものは、失くすことすらできないことを。
私はあなたを、失くしたわけではないのだと。
あなたにもう一度、筆を持たせたい。
でも私には出来なかった。
それがこの関係のすべて。
私から見た、あなたとの二年間の、すべてです。
あしながおじさん。
あなたにとって、愛情とは何ですか。
私にとって、愛情とは、全肯定です。
善行も愚行も恒久も変化も、全部ひっくるめて受け入れるということ。
私は、私から離れていくあなたを受け入れたいと思います。
どうかお元気で。
約二年間続いた「月に二回の劣情」マガジンの更新は今回が最終回となります。
ご愛読ありがとうございました。