私の靴音になんの責任も負わないでね(週報2020_01_20)
私には「推し」ミュージシャンがいて、彼を追いかけること、今年で5年目になる。
先週には2020年一本目のライブがあり、京都まで遠征をしてきたところだ。
推しさんは今年のはじまりも、しみじみとかっこよかった。
2019年の締めくくりもまた、関西でのライブ出演で、夕方からの日帰り公演に合わせて私も大阪へ向かった。
驚くことなかれ、推しさんは昨年のおわりもしみじみとかっこよかったのだ。
出演者は毎年、最終の新幹線のチケットを押さえている。
運悪く満席で最終のひとつ前の便しか買えなかった私は、終演後、早足で会場をあとにした。
地下鉄で移動し、タクシーで到着するイベント出演者たちを、同じ目的のそれぞれのファンの人たちと待った。
新大阪の改札の内側から見張っていると、数人のファンが推しさんを囲んで歩いてくるのが見えた。
その中に推しさん専属のファンはいない。
推しさんを囲っていたおじさんたちは改札内に私の姿を見つけ、遠慮した様子で散っていく。
ここは「熱量の高いものがいちばん強い」という、独特の世界線で、そうなればこの場で最も強いのは私だ。
推しさんは改札内に私の姿を見つけると、おお、と表向きうれしそうに両眉を上げた。
満席だったので時間を繰り上げて帰れそうもないよと伝えると、彼は素直に新大阪の改札を通りこちら側にやってきた。
「今日もありがとう」
軽く左手を挙げ、触れるか触れないかくらいのハイタッチをする。
私と推しさんは握手をしない。
握手は私と彼の関係性に対して、距離感が近すぎると思っているからだ。
私のその考えを伝えてから、彼は大勢と流れ作業的に握手をするときでも、私にだけは微笑みながらすっと手のひらをかざしてくれる。
「Rくん、みた?」
どうやら推しさんはタクシーに同乗できなかった後輩シンガーを探しているようだった。
さっきF先輩はあっちのお店で飲んでたよ、Rくんは見なかったけど、もしかしたら待ってれば来るかも?などと言いながら、私は推しさんをF先輩のいる飲食店までエスコートした。
「今日俺どうだった?」
これは顔見知りのファンに、気軽に振る営業用、繋ぎの話題だ。
とはいえ私は1年間で推しさんのステージをいちばん多く見るコアなファンだから、過去数回と比較しながら熱を込めつつもコンパクトに返答する。
推しさんがまんざらでもない表情を浮かべたので私はにんまりと口角を上げた。
最終の1本前の新幹線で東京方面に向かうことを告げ、推しさんとお別れをする。
乗車まであと5分弱、やっと訪れた自由時間。
ホームの売店でカールを10袋買った。
推しさんに会えたあとの私は思考能力がゼロに等しいポンコツなので、抜け殻の私が選ぶお土産は大抵残念だ。
新幹線に乗るとかさばる土産物をなんとかして網棚に押し込み、SNSを開いて今日のライブを反芻する。
以前は頻繁に上げていたライブのレポートも、今ではほとんど書くことがない。
4年と少しのあいだにすっかり私のファン活動は水面下へ潜った。
理由は数え切れないくらいあるけれど、ざっくり言えば
『同じ時代に同じ男を追いかけている女たちが仲良くなんてなれるわけがなかった』
それに尽きるだろう。
通知が上がり開いてみると、そこには推しさんがRくんと仲良く新幹線の2人席に収まっている写真がアップされていた。
二人が無事に合流できたことを知り、私はすかさずいいね、を押す。
今夜本当の意味の「いいね」が押せるのは私だけだ。
アルコールでも入ったのか、少し上気した推しさんを見つめながら、ふと気付く。
向かい側の座席から撮られたであろうその写真の中には、しっかり、座席番号が写されている。
もしかして?
二本の指で写真をピンチアウトする。
私の狙い通り、推しさんの座席の前のテーブルにはしっかりと車両番号が写り込んでいた。
私は新横浜で。
推しさんはその先の品川で降車する。
さらに、推しさんの乗っているのは私の1本後、最終の新幹線だ。
そう、私は新横浜のホームでもう一度、推しさんをお見送りすることを思いついたのだ。
推しさんがどんなに驚くだろうと想像しただけで胸が高鳴り、座席も倒さず直角のまま、耳に差したイヤホンは何の音楽も流さぬまま、ひたすらニヤニヤと2時間5分の移動を終えた。
新横浜に降り立つと、11号車の表示のある場所までホームをずんずんと進む。
推しさんが座っていたのはEの席。
最終の新幹線は左の扉が開くようにホームに入ってくるので、おのずと推しさんの席がホームにいちばん近くなる。
特大のトートバッグから「推しさん♡♡♡」と書いてある看板を取り出すと、私は彼の乗った新幹線の到着を待った。
そして10分も経たず、最終の新幹線がホームに入ってきた。
徐々にスピードを落として、ちょうど11の車両が目の前に来たところでぴたりと停車した。
推しさんだ!
2時間ちょっと前にバイバイをした、見覚えのある背中が見えた。
後輩シンガーのRくんがマネージャーさんと降りてきたのには目もくれず、推しさんの後頭部に視線を送り続けた。
反対側、A~Cの座席に座っている先輩シンガーたちが私の出している看板に気付き、指差しをして沸いている。
特にF先輩は私が推しさんをどんなに好きかよく知ってくれているので、爆笑しながらも両手をぶんぶんと振ってくれた。
当の推しさんは私に気づくとぎゅっと顔をしかめ、ブラインドを閉める手振りをしたあと、うそうそ!と言わんばかりに口を開けて笑った。
私も大きな口を開けて笑った。
私は推しさんを笑わせたい。
私にしあわせをくれるこのひとを、誰よりも笑わせたい。
だから普通のバッグには到底入りきらない、大きな大きな看板をいつも持ち歩いている。
何も知らないひとたちは私のこと、ただの目立ちたがりだと叩くけど、私はこれを持っていてステージからファンサービスをもらえるなんてほとんどない。
推しさんは平等が好きだ。
たくさん通う私より、たまにしか来れないひとたちにファンサービスを送る方を優先して、はじめて皆が平等になる。
それでも私が冗談みたいな大きさの看板を持って歩くのは、そのくだらなさを推しさんに笑ってほしいからだ。
言葉を交わしあえない空白の時間。
ひとしきり笑ったあとはさすがに少し恥ずかしくなって、私は看板に顔を隠していた。
最終の新幹線は、ホームに置き忘れた客がいないか充分に確認してから発車するため、通常より長いこと停車するようだ。
気まずい。
ガラス越し、彼は彼で私から視線を外すわけにもいかず、10分未満の沈黙もお互いにとっては結構な地獄だ。
すると推しさんは何かを伝えようとしたのか、口を大きく、開いたり、結んだりし始めた。
「○・○・○・○・○・○・!」
首をひねる私に、ダメ押しで2度も口パクを実演してくれた推しさんだったが、何を言っているかを読み取れず、私はへらへらと笑ってごまかした。
出そうで出ない新幹線。
さっきまで腹を抱えて爆笑していた車内の先輩たちも、すっかり私に飽きたと見えて、各々の隣席と談笑したりスマホに目を落としたりしてくつろいでいる。
案の定、目の前の推しさんも手元のスマホをポチポチと触りはじめたので、顔を上げたら大きくお辞儀をして自分から帰ろうと思った、そのときだった。
推しさんが、スマホの画面をこちら側に向けたのだ。
『気をつけて 帰ってね』
文字が打ち込まれたそのフィールドは、推しさんのプライベートの空間だ。
そこに私個人へのメッセージが打ち込まれている。
うれしさ、気恥ずかしさ、一瞬だけ平等を崩させてしまった申し訳なさが入り混じり、すぐに頷くことができない。
「下がってくださーい!!」
私が乗ってきた新幹線の乗客が咎められていたのを見たはずなのに、私の両足はいつのまにかホームの白線を前に大きくはみ出していた。
ごめんなさい、と数メートル先にいる係員にもわかるように頭を2,3度下げ、窓越しの推しさんを振り返ると、彼は少し目を潤ませていた。
わかる、なんだか私たち、付き合ってるみたいじゃん。
遠距離恋愛みたいじゃん。
彼につられて私がうっと涙ぐんだと同時に、最終の新幹線は新横浜を発った。
私は最後尾の車両が見えなくなるまで、大きく大きく手を振った。
さようなら、推しさん。(またすぐ会うけれど)
誰もいなくなったホームの階段を、興奮気味に駆け足で下る。
寒さなんて感じるヒマがなかった。
どうしよう、身体が軽い!(実際は超重い)
新横浜から自宅まで、私の両足の靴は、一歩踏むたびに「すき」「すき」と鳴ってしまって、周りのひとに聞こえてしまったらどうしよう、と両手で赤く染まった頬を覆った。
私はこの世で推しさんにしか好きと言えない人間で、それも言えるようになるまで4年以上の月日(と多額の金銭)を費やした。
推しさんは私の「好き」に対して、「ありがとう」としか言わない。
「ありがとう」がいちばんの誠意の世界。
それ以上という概念は存在しない。
推しさんは私の「好き」になんの責任も持たなくていい。
そのことに気付いてから私は推しさんに遠慮なく「好き」と言えるようになった。
推しさん、好きだ、大好きだ。
両腕いっぱいにガサガサとカールの入った買い物袋を提げたまま、笛付きのベビーシューズのようにかしましく、私の靴音は鳴り続けた。
※このnoteは『推しを追いかける女』としてのほか、
『推し』をあなたの好きな芸能人に置き換えて、
もしくは『日に何度も現れるストーカーに追われる男』の目線でお読みいただくと
それぞれ違った感想が持てるかもしれませんし、そうでもないかもしれません。
なにはともあれ、新年1本目は少し明るい話を。
遅くなりましたが、今年もぼちぼち書きます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。