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遺伝子 │ 昭和58年生まれの女の自叙伝

遺伝子とは---DNAという化学物質であり、人間の体を作る設計図のようなものである。


わたしは、生物工学等に疎い。例えばどの染色体がとんな役割をして、何が親から子へ引き継がれるかなんてさっぱり分からない。
この時代、ある程度の疑問はインターネットで検索すれば答えが出てくる。便利だけど、探究心を強めるには向かないのかも知れない。

話を戻そう。

親から子へ引き継がれるものは、恐らくだが大半が身体的特徴だと思う。わたしと父が同じ場所にホクロがあるように、きっと体を設計する部分なのだろう。

だけど、たまに遺伝子レベルに刻まれていたとしか思えないような部分もある。
わたしにとっては、それは恋愛観の部分だった。

父と母は、母が父の9歳年上である。ふたりが出会った昭和という時代からしたら、絶対に珍しい事だったはずだ。姉さん女房という言葉がいくらあったとしても、女性が9歳年上という恋人達はそんなに多くはなかっただろう。

わたしが引き継いだ恋愛観。

普通であれば、母と同じように年下の男性に惹かれやすいという方向の話だと思う。
実際はその真逆だ。
わたしは思春期の頃から、一度も年下の男性に惹かれたことが無かった。

母子家庭育ちの女性が、年上の男性に父性を求めて惹かれるというのはよく聞く話だ。わたしも自分自身でずっとそう思っていた。
年上の男性の包容力で、全身全霊甘えていたい。父親の代わりになるような男性に出会いたい。
そう思っているのだと思っていた。

その理想通り初めて付き合った同級生の男の子以外は、全員が年上の男性だった。
どれだけ年齢の近い男の子が近くにいても、一緒に遊びに出掛けるくらい仲が良くても、一度も恋愛対象になったことは無かった。
まして年下の男の子なんて一度も心惹かれることはなく、友人関係としても年下の男の子はひとりも存在しなかった。

バイト先の後輩や、よくつるんでいた友人グループの繋がりで話す人達の仲に、年下の男の子はいたが、わたしはほとんど会話という会話をする事がなかった。

子供の頃から兄弟もおらずひとりっ子で、話す人といえばスナック勤めの母の周りにいる大人達ばかり。だから自分より下の子との接し方を知らなかった。
そのせいで出来る限り、年下との接点を避けていたのだと思っていた。--戸籍を見るまでは。


戸籍に書かれた父の生年月日。
それは明らかに母より若く、当時既に30代後半に差し掛かっている女性の相手としては不釣り合いに思えた。
母は確かに綺麗な人であったと思う。わたしが産まれる前の母の写真は、大量のアルバムに綴じられていた。何かの式典に参加している和服姿で髪を結った写真なんて、実の娘から見てもどこかの女優さんに見えたくらいだった。
だから年齢差を消してしまうくらいの魅力はあったのだろう。

だけど、いつも思うのだ。9歳も下の男性を引き寄せた母が、なぜこの30代に到るまで独り身であったのかと。
前にも書いたが母がぽつりと零した兄が居るはずだったという言葉。流産したという過去。あれが実は父との間の話ではなく、他の見知らぬ誰かとの哀しき過去なのかも知れない。それがこの母が30代まで独身であったことへの伏線だったのかも知れないが、それはもう完全に想像の世界でしかない。
とにかくわたしにとって父と母の年齢差は、なかなかの衝撃性を持っていた。

年下のどこに惹かれるんだろうか?
自分よりも若い男性なんて、いつか目を覚ましてもっと若い女性に心惹かれていくに決まっているのに。

そこまで考えてふと思い出したのだ。

年下の男の子から告白された時。友達とその話になって、わたしは「一歳でも良いから年上じゃないと嫌」という話をしたことを。
たった一歳で良いから自分より年上でいて欲しい。自分よりも年下なんて、今は良くてもそのうち若い女の子が良いって逃げていくもんだから。
そんな話をずっとしていたことを思い出した。

非科学的だけどわたしはこの時に、遺伝子レベルで年下の男性を避けようとしていたのではと思った。
産まれる前の母から流れてきた記憶なのかも知れないけど、年下の男性は絶対にいつか去っていくものだから近付いてはいけないと、そんな警告が遺伝子と共に体に刻まれていたのではないか。

今まで付き合ってきた年上の男性も、ただ年齢が上だというだけてそこに父性は誰も持っていなかった。みんなどこか子供じみていて、逆にわたしが受け止めることが多かった。
年上らしさを持ち合わせてる人達ではなかったから、年上である意味はどの人達にも無かった。

結局、わたしがこだわっているのは父性でも包容力でもなく年齢なのだ。
わたしが産まれた日よりも先に産まれていて欲しい。中身がどれだけ子供であろうと、年齢が年上であればそれで良いのだ。

世の中には、若くても包容力溢れる人は多い。今まで出会ってきた年下の男の子の中にもいた筈だ。
だけど身体に刻まれた遺伝子が、絶対に自分よりも若い男性に近付いてはいけないと、拒絶反応を示すようにしていたのではないか。

自分を不幸にした若い男性への、母の強い後悔と怒り。それがへその緒を通して、わたしに刻まれたのではないだろうか。

生物としては、そんな遺伝子は無いのかもしれない。だけど、どうしてもそう思えてしまう。

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