『香害』――令和日本の大規模公害――
現代の日本国民は様々な化学物質に囲まれて生活していますが、近年、とりわけ香りの持続性を強調した柔軟剤や、抗菌「消臭」機能をうたう合成洗剤などの販売競争がエスカレートした結果、多くの人が衣料から合成香料等の化学成分を放散するようになっています。実は、それによって多大な迷惑が生じるだけでなく、深刻な健康被害も起きています。それが現代の新たな公害と言われる「香害」です。
この問題が放置され続ければ、沢山の人が就学・就労の機会を奪われるなどして、国家的損失にさえなるでしょう。いえ、すでにそうなりつつある、現在進行形の巨大な「公害問題」であると言えます。
そこで本記事ではこの香害問題について、筆者が知る限りの概要をまとめて、国に求めたい対応策(私案)を提示したいと思います。
1.被害の概要
a.健康被害
◆洗剤、柔軟剤、消臭剤、芳香剤などの日用品に含まれる合成香料や抗菌・「消臭」成分(以下「合成香料等」と記す)に接触することで、頭痛や吐き気、倦怠感など多岐にわたる症状が顕れることがあり、中には「化学物質過敏症」の診断を受ける人もいます。
◆それらの症状に確立した治療法は存在せず、有効な手段は原因となる化学物質を避けて生活することです。
しかしながら、現在は洗濯製品の合成香料等が極度に蔓延しているため、職場や学校に行けない、一歩も外へ出られないなど、生活と人生に重大な支障を来たす人が続出しています。
◆「化学物質過敏症」という呼称は、特別に敏感な人だけの病気という誤解を招きがちですが、実際には合成香料等の匂いを特に嫌いではない人や、好んで使用している人でも、ある時点から突然発症することがあります。
「香害」に由来する身体症状は誰にでも起こる恐れがあり、原因とみられる合成香料等は、今の社会に広く蔓延しています。それが「香害は公害」と言われる所以です。
b.迷惑被害
◆合成香料等を配合した洗濯製品の使用者が、それを良い香りだと思っていても、香りの感じ方には個人差があり、不快に感じる人もいます。そうした製品が広く普及した結果、それらの匂いを不快に感じる人は、職場・学校、電車・バスの中、飲食店、役場、病院、路上など、どこに行っても不快な思いをすることになります。
単に不快なだけでなく健康を害する場合もあるのは上記のとおりです。
◆強い香りを全身の衣服にまとい、どこでも放っている状態は、快適な環境を求める他人の権利を侵害し、公共の福祉に反する「迷惑行為」になる恐れが大きいと言えます。
◆好きな香りを使用するのは自由ではないか、との意見もあるでしょう。しかし、例えば、「あなたが聴いている音楽がうるさくて困る」と言われた時「好きな音楽を聴くのは自由だ」と言ったら許されるでしょうか?香りの製品も、空気を通して他人に影響するものですから、どうしても周囲への配慮が必要となります。
◆また、この問題は喫煙にも例えられます。現在は、喫煙を所構わず行うことはマナー違反だと常識的に考えられており、法律や条例で規制されていますが、かつてはほとんど野放しの時代がありました。「香害」は、まるで昭和以前の喫煙のように、所構わず合成香料等の匂いが撒き散らされていることから、「第二の受動喫煙」問題だ、と言われることもあります。
c. 環境汚染
◆現在、大手メーカーが販売している洗剤や柔軟剤等の多くが、香料等の効果を長持ちさせる技術を用いています。よく知られているのが「マイクロカプセル」と呼ばれるもので、目に見えない微小な粒子の中に香料等を封じ込め、洗濯後の衣類に付着して長く残留し、摩擦や熱などの刺激を受けるたびに破裂することで、香料等の成分を徐々に放散する仕組みです。このように成分を徐々に放出させる技術を総称して「徐放技術」とも呼ばれます。
マイクロカプセルは内包した成分を環境中に広く伝播する他、素材として多く使われているポリウレタンなどの破片がマイクロプラスチックとして環境中に拡散され、人の呼吸器に吸引されるなどによる有害性が指摘されています。また、ポリウレタンの破片が環境中で猛毒物質のイソシアネートを放散する恐れもあると言われています。
イソシアネートはEUでは2022年2月から全面使用禁止され、 2023年9月からは「マイクロプラスチック粒子の意図的な添加」(マイクロカプセルを含む)を全面禁止としています。
近年はデンプン成分(シクロデキストリン等)を利用した徐放技術もあり、必ずしも全てがマイクロプラスチックの拡散になるとは言えませんが、いずれにしても合成香料等の成分を長期間残留させながら拡散することで、香害の深刻化に繋がっていることは明らかです。
実際に、柔軟剤の香料成分がハウスダストから検出されたとの研究*1があり、マイクロカプセルによる影響が推定されています。
また、洗濯時に使用した水に混入したマイクロカプセルや香料等は河川・海洋に流出しています。河口域で漁獲されたヤマトシジミから、柔軟剤と同じ合成香料の成分が検出されたとの研究*2があり、徐放技術を伴う合成香料等が広く拡散され続け、環境を汚染していることが示唆されています。
*アレルギー専門医の吹角隆之氏(ふくずみアレルギー科院長)によれば、「ここ3年ぐらい特に香りが長持ちするとか、香りの強さを強調する製品が売り出されるようになってから相談が増えている。学校や職場、隣近所で柔軟剤などの香りを感じて、頭が痛くなり、日常生活が困難になってしまうという患者さんが多くいる」とのことです。
2.深刻化の要因
a. 日用品を発生源とする公害
◆10数年前までは、人工的な香りが迷惑を起こす場合があるとしても、香水等の利用者など一部の人のみが原因でした。しかし今、一般的な日用品である洗濯製品が合成香料等の主な拡散源となっている現状では、それらを購入した人だけでなく、衣類を一緒に洗濯する家族が全員、男女を問わず年配者から乳幼児までが全身に人工香料等を纏っていることになります。また、香水などと違い、時と場合を選んで使用するかしないかを選ぶことができず、常に香りを発していることになります。
◆また、近年の大手洗剤メーカーの競争により合成香料等の強度・持続性が増大していいます。そのため、香りが空間に長く残留するだけでなく、食品、宅配貨物、交通機関の座席など、あらゆるものに匂いが移る「移香」が起ここります。そうして付着した匂いは除去することが容易ではありません。
さらに、着用している衣類だけでなく洗濯物から近隣に臭気が漂います。その結果、「香害」の被害を感じる人は、逃げ場を失っているのです。
b.嗅覚には「慣れる」という性質がある
◆嗅覚は、他の感覚よりも順応しやすく、一定の匂いに触れ続けるとそれを感じなくなる性質があリます。香りを付加した洗濯製品の使用者は、生活上ほとんどの時間をその香りに接して過ごすので、自分の衣服から発する香りを感じにくくなります。そのため、香りによって他人に迷惑や損害を与えていることに想像が及ばない場合がほとんどです。
無自覚の迷惑・加害行為を助長する性質を本来的に備えているのが、合成香料等を含有する洗剤や柔軟仕上げ剤であると言えるのではないでしょうか。
C.日本人の「清潔好き」が仇になっている?
◆「除菌・消臭」をうたったスプレー式の芳香剤が発売されヒット商品となった1998年ごろから、清潔好きな日本人の感性を巧みに刺激する商品宣伝により、通常の清潔な生活で発生する体臭さえも忌避する、いわば「超清潔」を求めるような気運が醸成されてきた。
◆そして2000年代以降、国内大手の洗剤メーカーが競って香り付きの洗濯製品を発売するようになる。それまで強い香りの製品が受け入れられなかった日本市場が、この時期に劇変した。
現在、多くの人において、ことさら体臭などを気にして、衣類に香りを付加することが清潔であり常識であるような認識が醸成されてきた一方、香りによるマナー違反の恐れが忘れ去られているのでは、と筆者は思います。
d.合成香料の成分とマイクロカプセル
◆大手メーカーによる香料入りの洗剤や柔軟剤には、一つの製品につき数十種類の化学物質(揮発性有機化合物)が香料として添加されています。それらの中には、安全性が未だ十分に確認されたとは言えないものが多数含まれます(化学物質審査規制法における優先評価化学物質)。
◆それらの成分は環境中で分解されにくく、ひとたび放散されたものは環境中に長期間残留します。
メーカー側は自社の製品は全て安全であると主張していますが、大多数の一般家庭がそれらの製品で香料を付着させた衣類などを洗濯物として干したり、着用したりして生活している現状では、たとえ個々の家庭で使用量の目安を守って使ったとしても、一般の生活環境中の空気に、かつてないほどの濃度で化学物質が漂ってしまうことになります。この事実と、それら合成香料等による健康被害を訴える人が増えているという実態との間に、何らかの因果関係が存在するとの推定には蓋然性が大いにあると考えられます。
◆さらに、1-c.で言及したマイクロカプセル等の徐放技術により、抗菌洗剤や香り付き柔軟剤の人工香料は、長期にわたって衣類や環境中に残留し、人の肺に吸入されるだけでなく、他のものに移りやすくなっています。そのため、食品に香りが移る、他人がまとった香料が衣服に移り、洗っても落とせないなど「移香」の問題が発生しています。さらに近隣から香りが自宅内まで入ってきて長く留まることなどから「香害」被害者の生活を一層困難にし、健康被害の増加を加速させる恐れがあります。
3.被害の実例
a.報道等やSNSで見られる例
●保育園に入園した子供がいつも一人で遊ぶので「変わった子」と言われたが、年中クラスになり言葉が発達してくると「園内で感じる匂いが嫌」だと母親に訴えた。
●l 小学校で、日々「香害」に晒され体調を崩した児童が登校できなくなった。
*本年5月、兵庫県宝塚市の教育委員会が市立小中学校の児童・生徒の全保護者を対象に「香害」に関するアンケートを実施。回答者の8%が「人工香料により子どもが体調不良を起こしたことがある」と回答した。(読売新聞が報道)
●「香害」で仕事を継続できなくなる保育士や教師がいる。
●職場に強い香りの柔軟剤を使用する同僚がいて体調を保てない。悩んだ末、配慮を求めるが対応してもらえない。上司に相談するも理解を得られず離職に追い込まれる。
● 電車・バスの中が「香害」に満ちていて頭痛や吐き気がする。座席に座ると香料が衣服に移り、洗濯しても落ちない。
●宅配便の配達員が洗剤や柔軟剤の強い香りをまとっており、受け取った荷物だけでなく玄関に香りが残り続けて体調に影響する。荷物の食品にも移香し食べられない。
●飲食店で毎回「香害」に遭遇し食事を楽しめない。
●飲食店の店主が「香害」に由来する症状を発症し、香りをまとって来店しないよう客に呼びかけるが、結局閉店を余儀なくされた。
●マンションの隣室などから柔軟剤の香料が漂ってきて、換気もできない。
●防毒マスクを着用しないと外出できない。衣服への移香を防ぐため防護服も必要。
●服飾店の店員が「香害」に苦しんでいる。試着された服に移香して商品にならないほどになる。手にも匂いが付くなど、異常としか思えず、憤りを感じている。
●ロックバンドのギタリストが化学物質過敏症になり、演奏中に客席から合成香料が漂うと演奏を継続できない。観客に香料製品の使用をやめた上での来場を呼びかけ、ファンらの協力によりライブ活動を継続している。(2023年4月6日付朝日新聞で報道)
b.X(旧Twitter)上の訴えの声
● 素敵な旅館に泊まっても、観光地を歩いていても、美術館に行っても、どこもかしこも柔軟剤臭い。
●普通の日常をください。綺麗な空気が吸いたい お友だちをお家に呼びたい 図書館に行きたい 外食に行きたい ジムに行きたい ライブに行きたい 仕事したい 洗剤、柔軟剤に奪われた日常を返して欲しい。
●香害が辛い方、今までごめんなさいと思っています。 癒される香りと思っていた香りはそこから離れてみると、本当に強い人工的な不快な香りでした。 そして体調を崩される方もいると知ってなんという暴力的な香りなのかと驚きました。
●どうしてこんな事態になってるのに国は取り上げて規制してくれないんだろうか!?
4.国・自治体等の対応
◆2013年、独立行政法人国民生活センターが「柔軟仕上げ剤のにおい」に関する相談件数が増加傾向にあるとして情報提供を行いました。以後も「香害」の相談が毎年一定程度寄せられていることから、2020年4月にも再び情報提供を行なっています。
*日本医師会は、同会の刊行物「日医ニュース」2018年10月発行号において、香料により体調不良を引き起こす人がいること、また香料を使った製品は育児、保育の現場でも使用されており、「不調を訴えることのできない乳幼児に将来どのような影響があるのか」との懸念を伝えています。
2020年7月、複数の市民団体が「香害をなくす連絡会」を発足、アンケート調査により約7000人の香害被害の訴えを集めました。
◆これらの動きを受け、各地の地方議会で香害の問題が取り上げられ、多くの地方自治体がポスターの掲示やホームページで香料の自粛を呼び掛けるようになった。2022年8月には全国の地方議員を中心とする「香害をなくす議員の会」が発足しています。
◆国においては2021年2月、萩生田光一文部科学大臣(当時)が国会で「香害で学校に行けない子供がいるとしたら、それは極めて重い課題だ」との認識を示しました。
同年7月には消費者庁、厚生労働省、環境省、文部科学省、経済産業省の5省庁が連名による「その香り 困っている人がいるかも?」と題する啓発ポスターを発表しました。
*2023年7月には「その香り 困っている人がいます」と改めた更新版ポスターが発表されています。
2021年11月、前原誠司衆議院議員の質問主意書に対する答弁書では、「香害」の原因となる物質、健康被害の発生状況等について、政府は「調査又は研究を行ったことはなく、今後行う予定もない。」としていました。しかし、
◆2022年2月28日の国会で、後藤茂之厚生労働大臣が「現在、厚生労働科学研究において、微量な化学物質等により頭痛や吐き気等の多様な症状を来す病態の解明に関する研究が進められております。」と述べ、科学的な知見の収集等に取り組んで行く方針を示しています。
また、岸田文雄内閣総理大臣は「必要な研究は進めなければならない」と述べた上で、「公的な場を始め様々な場における香りへの配慮について周知を図る取組も進めていかなければならない」との考えを表明しています。
◆しかしながら今の所、洗剤等のメーカー側への成分規制や表示の義務付けなどには至っていません。香料等に含まれる化学物質と健康被害との因果関係がいまだ解明されていないためですが、これまで見てきた通り、その因果関係は存在する蓋然性が高いので、予防原則による対応が望まれます。
◆また、消費者への啓発・周知も十分とは言えないのが現状です。例えば、5省庁連名の啓発ポスターは、実際に多数の消費者の目に触れるまでに至っていません。一例を挙げると、厚生労働省は「日本チェーンドラッグストア協会」宛に2021年9月と2022年6月の2度に渡り、会員各社にこの啓発ポスターを掲示してもらうよう周知依頼を行ない、協会側もその都度会員各社に通知していますが、実際に掲示したドラッグストアはほとんど見つかりません(筆者調べ)。
都道府県や市などの自治体も、それぞれ広報に取り組んではいますが、市役所等にポスターを掲示する、ホームページに掲載するなどにとどまっていています。一部の自治体は積極的な対応を見せ始めているが、多くの場合及び腰な対応に留まっているのが現状です。
◆そんな中、2024年6月、三重県議会が「合成香料に起因する健康被害(香害)対策の推進を求める意見書案」を全会一致で可決しました。国に対して香害の実態調査や成分表示の促進、さらなる啓発の強化などを求めています。
5.今後起こり得る問題
合成香料等の蔓延状態が今後も軽減されることなく続いた場合、次のことが予想されます。
a.「化学物質過敏症」発症者の爆発的増加
a. ◆人が化学物質を受け容れられる限度には個人差があり、その限界を超えたときに化学物質過敏症を発症するとも言われています。現状のように大量の化学物質が放散された空気の中で多くの人が生活している状況が続けば、罹患者の増加速度が急速に上昇する可能性があります。
◆社会において充分な能力発揮の機会が奪われる人が増加することは、重大な国家的損失にもなり得ます。
b.巨大公害事案に発展する恐れ
◆化学物質過敏症の罹患者が今よりも急速に増加したときには、多数の症例の解析を通して、香料等に含まれる化学物質と健康被害との因果関係が明らかになる可能性があります。そうなった場合「時すでに遅し」です。大手洗剤メーカーのみならず、国を相手どった集団訴訟が各地で起こされ、過去の四大公害病に匹敵する第五の公害病事件に発展する可能性があります。しかも発生場所が限局されず、全国津々浦々に及ぶという性質上、規模の点では過去の公害事案を遥かに凌駕する可能性があります。それが予見可能な事態であったと認められれば、その間に国が何をしてきたかが問われることになるでしょう。
◆過去の公害事案にも見られるように、エビデンスの確定を待ってから対処するのでは間に合わない恐れが大きいことから、予防原則に則った対応が是非とも必要です。
*エビデンスの確定を待っていては遅きに失する
2023年5月発行の学術誌「計画行政」(46巻2号)に掲載された特集論説「化学物質過敏症に対する科学と政策の役割」(柳沢幸雄{東京大学}・川瀬晃弘{東洋大学})は、「香害」に由来する化学物質過敏症を念頭に、以下のように論じている。
『すでに健康をおかされてしまった犠牲者を、科学的因果関係がまだ立証されていないという理由で放っておいてよいのだろうか。「水俣病の原因がメチル水銀である」という因果関係に、今異を挟む人はいないであろう。しかし、この因果関係が確立するまでの間、何千、何万の人たちが水俣病に心身を蝕まれたまま放っておかれた。化学物質過敏症の患者たちは、水俣の犠牲者たちがたどったのと同じ道を、いま歩んでいる。』*4
6.求められる対策(案)
a.実態調査と研究の推進
◆2022年2月に岸田総理大臣が国会で「必要な研究は進めなければならない」と答弁した通り、厚生労働省による研究のみならず、環境中への洗濯製品成分の拡散を可視化する早稲田大学の大河内研究室による研究など、民間の研究にも協力し、実態調査を進める。とりわけ、子供たちの生活環境である学校について、教室内に児童生徒がいる状態での空気中のVOC(揮発性有機化合物)濃度や組成の測定など、実態に即した調査・研究が急務です。
b.さらなる注意喚起
◆5省庁の連名で作成された注意喚起ポスターは、関係省庁が周知に努めていますが、さらに一般国民の目に届くよう、強い周知策が望まれます。
石川県輪島市では同ポスターを全世帯に配布しました。そのような対応を多くの自治体に広げるよう促したいものです。
◆一部の学校では校長が香り付き製品の使用を控えるよう呼びかけるなど積極的な対応をしていますが、未だ一部にとどまっています。こうした取り組みを全国的に促進するべきです。
◆5省庁が連名で作成した注意喚起ポスターの意義は大きいと思いますが、香料配合製品の「使用」を前提としたような表現があり、香害に苦しんでいる人々が実際に直面している問題の改善につながらない恐れがあります。
2023年7月に発表された新版ポスターでは、タイトルが「その香り 困っている人がいるかも?」から「その香り 困っている人もいます」に変更されたことや、「使用量の目安などを参考に、周囲の方にもご配慮いただきながらお使い下さい。」という文言から「使用される場合は、使用量の目安なども参考に。」 と変更され、「お使いください」という言葉が消えた点などは、被害者らの声にある程度応えた更新と言えるでしょう。
しかしながら、大多数の家庭で香り付き洗濯製品を使用している現状では、2-d.で述べた通り「使用量の目安」は香害被害の解消には繋がりにくい。従って、「使用量の目安」という言葉も排除し、より明確に香り付き製品の使用自粛を呼びかける内容の「第3弾」ポスターが制作されることが望ましい。その際、新潟市が発表しているポスターなどが参考になり得るでしょう。
C.香料などの成分表示の義務付け
◆家庭用品品質表示法において、洗剤や柔軟仕上げ材に合成香料を配合している場合は、配合量の割合にかかわらず表示するよう義務化する。その際、表示の仕方は商品の表側に「合成香料配合」と、一定以上の大きさの文字で明記させる。
また、柔軟仕上げ剤を家庭用品品質表示法の指定品目に加え、合成香料を配合しているものには上記と同様、商品の表側に「合成香料配合」と明記させる。
さらに、合成香料を配合している製品には「香りの感じ方には個人差があります。使用の際は周囲の方にご配慮ください」などの表示を、一定以上の大きさの文字で明記させる。
◆合成香料を配合している製品のテレビジョン広告やインターネット上の動画広告において、「香りの感じ方には個人差があります。使用の際は周囲の方にご配慮ください」などの表示を、一定以上の大きさの文字で、一定以上の秒数にわたり明記させる。
d.マイクロカプセル等(徐放技術)の規制
◆EUにおいては2023年中に「マイクロプラスチック粒子の意図的な添加」を禁止する規制が発効(猶予期間あり)している。これには当然、プラスチック素材を用いたマイクロカプセル技術の使用も含まれる。このような諸外国の動向も参考に、我が国においても規制に踏み切る。
また、たとえマイクロプラスチックに類する素材を用いない徐放技術であっても、難分解性の香料成分をさらに長く温存することから、合成香料等の悪影響を助長している恐れがあるため、予防原則に則り適切な制限を加えるべきです。
c.公共施設での「フレグランスフリー・ポリシー」
◆政府・自治体の関係施設、病院、学校などの公共施設において、職員に香料使用の自粛を求める「フレグランスフリー・ポリシー」を徹底する。
*参考:米国ではミシガン州デトロイト市、オレゴン州ポートランド市、オクラホマ州タトル市等で市職員に香料の使用を禁止する、使用の自粛を求めるなどの取り組みが10年以上前から始められています。
カナダでは2011年にノヴァスコシア州ハリファックス地域都市が「職場での香料不使用」を宣言。以来、カナダでは無香料宣言をする企業・学校・病院が増えているとのことです。
米国・疾病対策センター(CDC)では、施設内での香り付き製品の使用を禁止。1万5千人の職員に対し、香水だけでなく香り付き洗剤や柔軟仕上げ剤などで洗濯した衣類を身につけて職場に来ることの自粛を要請しています。*5
f.「環境優良日用品」の認定
◆食品における「特定保健用食品」のように、人や環境に与える影響が少ないと認められる洗濯製品に対して「環境優良日用品」などといった称号を認可する。これにより、社会的課題を意識した消費行動=エシカル消費を促進し、安全性の高い製品を販売するメーカーに競争機会をもたらすと同時に、既存の大手メーカーに対しても、より安全な製品の販売へのインセンティブを提供する。
g.「健康増進法」の改正
上記の各施策によっても状況改善が進まず、化学物質過敏症がさらに増加するなど、著しい公害化の恐れがある場合は、健康増進法に「香料使用の抑制」を追加する改正を検討する。前提として香料等に含まれる化学物質と健康被害との因果関係が解明されることが望ましいが、そうでない場合も予防原則に則り、香料使用の抑制に法的根拠を付与することで、各所における対策をより実効性をもって行えるようにする。
◆改正健康増進法においては、「第一種施設」(学校、病院、児童福祉施設その他)の管理権原者に、職員に対し香料使用の自粛を推奨すること、必要に応じて使用の中止を指示すること、香料抑制の必要性についての情報を施設の利用者へ周知すること等を義務付ける。
◆また、第二種施設(第一種施設以外の、人が集まる施設)の管理権原者及び関係者は、国及び地方公共団体から香料抑制の必要性についての情報を周知することの要請があった際には、これに協力しなければならないとする。また、それら施設の管理権原者は職員に対し、特定の香料製品使用の抑制または中止を要請することができることとし、当該施設に立ち入る人に対しても、特定の香料製品の使用自粛、あるいは中止を求めることができるとする。
7.真に持続性ある社会のために
◆「香害」に苦しんでいる人が職場や学校などで配慮を求めると、「好きな香りの製品を利用する個人の自由に介入できない」として対応に難色を示されるケースが後を絶ちません。
しかし、空気は個人が占有することができない公共物です。そのことに多くの人が無頓着なまま、この10数年、とりわけここ数年、「香害」を極度に蔓延させてきてしまったのではないでしょうか。
◆日本国憲法が国民に保障する自由と権利は、あくまで「公共の利益」に反しない範囲において保障されるべきものです。他人の生活に悪影響を与えないための配慮は自由の前提と言えます。
◆憲法に待つまでもなく、日本人は古来より「人さまに迷惑をかける」ことを恥とし、最も忌避してきました。しかし、その「恥」の観念が、体臭・汗臭等を避けるべきだと強調する宣伝に刺激され、多種類の化学物質を用いた「消臭」ブーム、香りブームがエスカレートした結果、むしろ他人の生活に対する無配慮を生んでしまっているのではないでしょうか。
この際、余分な香りをまとわないことが正しいマナーであるとの認識へと、消費者の意識改革が必要な時に来ていると筆者は考えます。
*日本人には、香りを楽しむ文化も古来よりありました。しかし、それはほのかに香り、儚く消え、それゆえに追い求めたくなる、そんな香りを嗜むのであって、何週間も、何年でも残り、どこにでも移り、洗っても落とせないようなものではなかったはずです。
季節の移ろいを敏感に感じ取り、世界に類を見ないほどの繊細な味覚を育ててきた日本的感性をも、現今の「合成香料漬け」の生活が破壊しつつあるのではと筆者は懸念しています。
また、この問題は、「自由市場には神がいない」ということの証拠でもあります。自由な市場の流れに任せているだけでは、誰もが幸福を追求できる環境は整わないのです。
この状況を変えるためには、以下の三つの大きな動きが必要と考えます。
A.消費者は
個人の欲求の充足だけでなく、公共・環境に目を向け、社会問題に配慮した消費行動=エシカル消費を拡げてゆくこと。
B.企業は
目先の利益追求だけでなく、真に持続性ある社会作りの一翼を担える製品を通して永続的利益を目指すこと。
C.政府は
流通する商品の性質を自由市場に任せるだけでなく、適切な啓発と制度づくりを通じて、消費者と企業にAとBの動きを促すこと。
これら三者の動きが揃って初めて、誰もが安心して呼吸できる空気を取り戻すことができ、人生そのものさえ破壊するほどの被害に苦しむ人を救済することができます。これを可能にするには、とりわけC.の動き=政府が消費者に対する啓発等だけでなく、企業に向けての指導や法整備に踏み出すことがなんとしても必要です。実効ある「国の動き」が1日も早く起こされることを、切に願います。
*1「柔軟剤 香りで体調不良の相談増加なぜ?マイクロカプセルが…」(NHK NEWS WEB 2023.08.01)
*2 「合成香料を内包したマイクロカプセルが水界生態系に与える影響の検証」(東京大学大学院新領域創成科学研究科 山室真澄ほか 2017-2019)
*3 「におい嗅ぎガスクロマトグラフィーを用いたハウスダスト中マイクロカプセル化香料の検索」(佐賀大学大学院農学研究科 松元美里ほか 2020)
*4 「化学物質過敏症に対する科学と政策の役割」(柳沢幸雄{東京大学} 川瀬晃弘{東洋大学} 「計画行政」46巻2号 2023.05.15)
*5 「『香害』が深刻化…芳香剤の健康被害続出、発がん性の指摘も」(郡司和夫 ビジネスジャーナル 2017.12.12)
*PDF版こちらにアップしました→「『香害』――令和日本の大規模公害――」PDF版(本文および概要)の配布
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?