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【香害は公害】--薬で公害は無くせない


迷惑な新聞記事


最近、『香害を訴えている人は精神病』
といったような根拠のない、心無い発言がSNS上で散見されました。
その一つの原因が、今年4月11日に産経新聞が掲載した記事ではないかと思います。

例えば、
『「香害」は神経障害による症状か』
という見出しの言葉からして、大きな誤解の原因になっています。

「精神疾患」ではない

この記事では、香りの害=香害によって「化学物質過敏症」とみられる症状を訴える患者に、「神経障害による痛み(神経疼痛)を抑える薬」が有効だった、という医療研究を紹介していますが、ここで言う「神経障害」は精神疾患とは全然違います

「精神神経科」という診療科もあるせいか、ここで言っている「神経障害」を精神病(精神疾患)と誤解してしまう人が少なくないようですが、どうか皆さん、この誤解は正していただきたいと思います。

誤解を呼ぶいくつもの落とし穴

さらにこの記事には、代表的な精神疾患の一つ「統合失調症」に触れている箇所もあり、これがまた誤解を招くところです。

『舩越氏によると、香害患者の約8割にビタミンDや亜鉛の欠乏がみられ、神経疼痛のほか栄養欠乏や慢性上咽頭炎、統合失調症などと併発する例があるという。』(記事本文より)

・・・この文が「化学物質過敏症の8割が精神疾患」などという話に変形して伝わってしまっているのを目にしました。

この文章で「約8割」と言っているのは「ビタミンDや亜鉛の欠乏」のことで、統合失調症などは「例があるという」に過ぎません。

それを言ったら、たとえば糖尿病やガンの患者の中にも統合失調症などを併発している「例がある」でしょう。統合失調症は100人に1人はかかると言われている、案外よくある病気です。

多数の患者の中に統合失調症の人がいたからといって、それと化学物質過敏症を直接結びつけることはできないはずです。ここは本当に誤解を招く部分です。

さらに、もう一つ大きな「デマ原因」と言える箇所は

(記事本文より)『舩越氏は「香害はそれ自体が病気というより、他の病気によってもたらされる症状の一つと捉えるべきだ」と話し』

というところ。この言葉から伝言ゲームのように広まったのか、「化学物質過敏症という正式な病名はない」といった発言も見られました。

一つの研究、1人の主張だけ

ここで皆さんに注意していただきたい点は、この記事が一つの研究と、1人の医師の主張のみを取り上げたものだということです。

「化学物質過敏症」という病名は、厚生労働省の疾病分類に載っている正式なものです。厚労省の分類は、WHOにより公表されている分類に準拠しているものです。
つまり化学物質過敏症と言われる病気が「ある」ということは公式に認められています。
ただ、それがどのような病気であるかについて、未だ解明されていない点が多い、というのは事実と言えそうです。
だから色々な説が出るのも当然ではあります。ですから、性急に一つに決めつけることなく虚心坦懐に、研究や議論が進められれば良いのではと思います。

事実誤認を避け、慎重に議論を

ただ、その際に事実誤認だけは避けなければいけません。「香害」や化学物質過敏症について、少しでも公に(SNS等で)発言しようとする全ての方に、この点は十分に考慮してくださいますようお願いしたいと思います。

公害は薬では無くせない

さて、ここからは私の個人的感想になります。

「神経疼痛」の薬が化学物質過敏症の症状緩和に役立ったからといって、「化学物質過敏症の正体は神経疾患」だということにはならないのでは・・・

(重ねてのご注意:例え神経疾患だとしても「精神疾患」ではないですからね!)

例えば、ある種の抗がん剤が肝炎にも効いたとして、だからその肝炎の正体は癌だった、とはならないですよね?

短い記事から、研究過程は伺えないので断言はできませんが、それにしても、この記事・・・香料で気分が悪くなる原因は香料だろうという単純な解を、無理やりにでも排除しようとしているように、私には見えてならないのです。

「約8割にビタミンDや亜鉛の欠乏が」というのも、そうした栄養素の偏りは割とありふれたものだろうと思います。
それでは、例えばある種の毒ガスが蔓延している場所で、「ビタミンDや亜鉛が欠乏している人から先に倒れますから、栄養に気をつけましょう」と言ったら、それは問題の解決になるんでしょうか。毒ガスをなくすのが先決ではないですかね?

この記事はまた、「香害」という言葉を化学物質過敏症と一緒くたにしています。取材先の医師がそのように語ったのか、記者の解釈なのか定かではありませんが。

「香害は化学物質過敏症の一種」だという話は、私は全く聞いたことがありませんでしたが、この記事はそう定義した上で、その原因は症状を訴えている人自身の側にあるということを示唆しようとしているように読めます。
要するにこの記事には、「香りの害」を訴える全ての人について、原因は柔軟剤や抗菌「消臭」洗剤の香料等ではなく本人側にあるのだという結論に導こうとする、強い意図があるように思えてならないのです。これは単なる私の勘ぐりでしょうか?
今、これだけ人工的な香料等の匂いが蔓延し、それによる不快感や体調不良を訴える人が後を絶たない現実の中で「香料は悪くない」と擁護するとしたら、それは無理がありすぎです。

化学物質過敏症との診断を受けなくても、職場が辛い、学校が辛い、電車が辛い、飲食店が辛い・・・といって「香害」を訴える人たちが増えまくっています。これらの人々全員に病院に行って薬もらえと言うとしたら、それはあまりにも非現実的ではないでしょうか。

公害の解決は公害を無くすしかない

かつて、工業地帯の煤煙が元で喘息患者が多発したことがありました。
喘息という病気には治療法が存在しないこともありません。しかし、工場の煤煙が元で多数の喘息患者が発生し、結果として1000人以上の患者が亡くなったという現実を、薬で変えることはできませんでした。これが「公害」というものです。

それと同様で、「柔軟剤や抗菌「消臭」洗剤等の匂いによる健康被害を訴える人が全国的に増えており、中には『人生そのものを奪われる』ほどの影響を受ける人がいる」という現実を、薬で変えることは出来ないだろうと私は考えます。

産経の記事で「7割の患者に効果があった」と紹介されている薬で、苦しい症状が緩和できるなら、それを求める方も、救われる方もいるでしょう。それは否定しません。しかし一方でその薬には相当に強い副作用があるとも聞きます。また、使用中は車が運転できないなど、生活上相当の負担を強いることにもなります。

世間に現実に蔓延している「香害」が元で体調不良に悩まされている人が、もし今後、投薬を続けないと生きられないとしたら、それは
「これからもあなたは殴られ続けるので、痛み止めで耐え続けて下さい」と言われているようなものでしょう。

「香害は公害」です。公害は薬では無くせません。

国や公共団体、企業、そして消費者が向き合わねばならない社会問題なのです。

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