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水の町「郡上八幡」を歩く
どこにいても水の音が聞こえる。「郡上おどり」の舞台として名高い岐阜県郡上市八幡町は、そんな町だ。私は昨年まで、記者として郡上で取材をしていた。猛暑が去り、やっと秋めいてきた10月6日。高知県須崎市から600㌔を走り、懐かしい川辺の町に戻った。
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人口約3万6000人。岐阜県中濃地域にある郡上市は、長良川が流れる山間部の自治体だ。私は市北部の白鳥、大和、高鷲町を担当する中日新聞白鳥通信部で勤務し、八幡町など南部4町を取材エリアとする郡上八幡通信局の記者とともに働いていた。
この土地での生活は記者生活最長の6年に及ぶ。私にとって、郡上は大切な第二の故郷である。
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同じ郡上市でも、北部と南部では自然環境や文化が違う。北部は豪雪地帯であり、冬は雪かきが欠かせない。これに対し、南部は雪が少なく、冬でも比較的過ごしやすい。
北部の中心となっている白鳥町は、中世から白山信仰の拠点として栄えた。南部の核である八幡町は、昔から商業が盛んだった。江戸時代、郡上藩が置かれると、郡上八幡城を囲む城下町が形成された。
住民の気質さえ違う白鳥と八幡だが、どちらも全国に知られる盆踊りを継承している。白鳥は白鳥マンボの別名がある「白鳥おどり」、そして八幡は言わずと知れた「郡上おどり」である。どちらの踊りも7月から9月までのロングランで続き、8月には3~4日ぶっ通しの徹夜おどりで盛り上がる。
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八幡町は「郡上八幡」と呼ばれる。岐阜県でも指折りの観光地であり、最近は外国人観光客が多い。町の中心部には長良川の支流の「吉田川」が流れ、周辺に飲食店や観光施設が集中している。おしゃれな雰囲気の店が多く、とくに女性観光客に人気だ。
多くの人たちは、郡上八幡旧庁舎記念館から町を歩き始める。近くにある新橋から吉田川を見下ろすと、清冽で美しい水に目を奪われる。今年は猛暑の影響で、いまだにアユの友釣りを楽しむ人たちが見られる。春先には、雪景色の中でアマゴ釣りが繰り広げられる。
八幡町にはかつて、川漁だけで家族を養う職漁師がいた。川は生活の糧を得る場だったのだ。
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町を散策すると、水の音が耳を離れない。道路わきには水路があり、いたるところに湧き水が見られる。小さな水槽が連なる「水船」は、飲み水を引き入れたり野菜を洗う用途で使われてきた。なにしろ長良川の水源となるような水だから、都会の水道水とは比較にならないほどおいしい。八幡の人々は、コンビニでミネラルウォーターを買う人を見ると本気で驚く。
郡上は自然に恵まれ、どこでも上質な水が飲める。水道水ですら、そこらのペットボトル入りの水よりおいしい。
町の一角にある「やなか水のこみち」は、八幡町の人気スポットのひとつだ。狭い路地の中を水路が通り、気軽に水に触れることができる。郡上おどりでにぎわう夏の夜には、この通りで休む踊り子が多い。
道路は小石が敷き詰められ、水路は涼し気な音を立てている。私の愛犬マイヤーは、水路を見るなり飛び込んだ。よほど気持ちがいいのか、何度呼んでも上がってこない。
小さな男の子が、水船に手を入れて喜んでいる。やっと水路を出たマイヤーが体を震わせると、冷たい水滴が飛び散った。
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この日、八幡町の気温は31度まで上がった。吉田川沿いを歩くと、ゴールデンレトリバー犬が水遊びをしていた。飼い主が投げたおもちゃを追い、速い流れの中を泳いでいる。「ぼくも行く」と、興奮するマイヤーを引き留めるのに苦労した。
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川幅が狭い吉田川は、河原まで簡単に近づける。お母さんに連れられた男の子は、かわいい手を流れに伸ばした。
水の町「郡上八幡」では、人間の生活を支える水の大切さが自然に感じられる。店で水を買うのが当たり前になった時代に、足元の水がそのまま飲めるのは相当な贅沢とも言えるだろう。
私の第二の故郷は、そんな贅沢ができる土地だ。郡上で暮らした6年の間に、私の体には水が流れるたおやかなリズムが刻まれたようだ。きれいな水が身近にある暮らしは、とても幸せで心地がいい。
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