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華麗な廃墟「サンゴ博物館」 竜串海岸で出会った謎の殿堂
高知県西部の土佐清水市。景勝地として名高い竜串海岸を訪ねたら、中国風の堂々とした廃墟に出くわした。鉄筋コンクリート一部3階建ての「旧・サンゴ博物館」。かつてはきらびやかな姿で観光客を迎えていたが、今では荒れるに任せて放置されている。壁面は厚いツタで覆われ、屋根の上にも雑草がはびこる。南国の明るい光と潮風を受けながら、華麗な意匠の建物がひっそりと朽ちていく。
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土佐湾に面した竜串海岸は足摺宇和海国立公園の一角にある。海岸には波や風で浸食された奇岩が連なり、サンゴ礁を泳ぐ魚が観察できる海中展望台「足摺海底館」もある。高知の代表的な観光地である足摺岬に近いことから、一年を通して多くの人が訪れる場所だ。
私は11月10日朝、竜串海岸にほぼ50年ぶりに立ち寄った。最後に行ったのは中学生の時だったと記憶している。
駐車場に車を停め、海岸を目指した。ほどなく現れたのが、旧・サンゴ博物館だった。
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驚いた。こんな観光地のど真ん中に、なぜ廃墟があるのか。赤と緑を基調にした建物は、まるで山の中の廃屋のようだ。ネットで調べてみると、「ミュージアム88カードラリーin四国」なる告知記事に、この建造物が紹介されていた。
2007年に掲載された記事によると、サンゴ博物館は1階が売店とレストラン、2、3階は世界でも珍しいサンゴの資料館となっていた。主な展示品として挙げられているのは、サンゴで作った30分の1縮尺の「名古屋城」と、実物大のトラの像。高知はサンゴの産地として知られることから、そのPRもしていたようだ。
開業したのは1973年(昭和48)とされるが、定かではない。入場料は2007年当時で大人300円、中高校生200円、小学生150円。2009年(平成21)年ごろまでは営業していたものの、経営不振で閉館したとみられる。近所の店で尋ねてみたが、詳しい状況は分からなかった。
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開業した時期からすると、私は中学時代にサンゴ博物館を見ていたはずだ。しかし、建物の周りを歩いてみても、全く思い出せなかった。当時は今以上に観光客が多く、足早に通り過ぎたのかもしれない。それに、サンゴの展示では最初から興味もわかなかっただろう。
グーグルマップをのぞくと、博物館の建物は3棟ある。屋根は緑色で、柱は赤い。軒下や壁面には複雑な文様が描かれ、細かいところまで造りこまれている。昔の写真を見ると、建物の正面に「竜宮城」の看板が誇らしげに掲げられている。オーナーは物語に登場する海底の城をイメージし、多額の費用をかけて建造したのかもしれない。
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1階出入り口の前に立つと、ドアの上に「文部省指定博物館」の額があった。指定年月日は昭和48年12月20日となっている。開業当時は、公的に認められた博物館として売り出したのか。確かに、豪華な建物には金がかかっている。館内には海の宝石ともされるサンゴがあふれていたのに違いない。観光客は、美しいサンゴの加工品に目を見張ったのだろう。
玄関わきの壁面には、中国の故事にちなんだ「三戦呂布」のレリーフが無傷のまま残っている。看板によると、台湾から運んだ作品だという。建物の一部の柱は、同様の装飾が施されている。廃墟となる前は、豪華で個性的な外観が観光客を呼び寄せたのだろうか。
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出入り口には「関係者以外立ち入り禁止」の張り紙がある。ガラス窓越しに館内をのぞいたら、ほこりを被った展示台が乱雑に置いてあった。この場所で土産品を売っていたのか。手が付けられないほど荒廃した眺めは、閉館してからの長い年月を物語っている。
観光施設の廃墟は全国各地にある。バブル期に誕生した多くの施設は経営不振に陥り、次々に廃業していった。建物を壊して更地にできればいいのだが、解体には多額の費用がいる。運営会社などが倒産し、そのまま廃墟となった施設が目立つ。
リゾートホテル、レストラン、レジャー施設。淡路島にあった巨大な観音像は放置された挙句、倒壊を防ぐために公費で解体された。サンゴ博物館も負の遺産のひとつなのだ。
建物の裏手には、屋根の補修用とみられる大量の瓦が積まれていた。ここで働いていた人たちは、どこに行ったのか。解体されることもない博物館は、時の流れから取り残されている。やがて、倒壊の危機がやって来たら、だれが責任を取るのか。深刻な問題になりかねない。
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長いコロナ禍が過ぎ去った後、京都をはじめとする国内の有名観光地はインバウンド(訪日外国人客)でにぎわう。地域によっては、増えすぎた観光客が住民の生活を脅かすオーバーツーリズムの問題が生じている。
高知県は観光振興に力を入れているが、大都市圏から遠いという地理的なハンデキャップに悩む。険しい四国山脈が高知と瀬戸内海側の都市を阻み、道路も鉄道も便利とは言い難い。高知に入るだけで時間がかかるため、他県との回遊性を確保するのも容易ではない。
サンゴ博物館がある竜串海岸にしても、京都あたりに比べれば、観光客はけた外れに少ない。近隣には閉店した飲食店や宿泊施設が点在している。
このままでは、第2のサンゴ博物館が出かねない。高知に住む人間として、一人でも多くの人に来てほしいと願っている。さびれる観光地など見たくない。
高知には派手なテーマパークは無いが、とびきり美しい海がある。四万十市に仁淀川。遍路が行き交う札所もある。新鮮な魚に美味しい野菜。カツオのたたきで一杯やれば、だれとでも友達になれる。
ウェルカム高知!ここは、あなたが思うより、ずっと素敵な土地ですよ。
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