見出し画像

究極の「味噌かつ定食」郡上白鳥の名店で雪国の人情に触れる

 岐阜県郡上市白鳥町には、知る人ぞ知る洋食の名店がある。地元の人たちや観光客に親しまれる「大和屋」。商店街の一角で営業する小さな店だが、料理のクオリティーには定評がある。厳しい寒波に見舞われた年末、福井県境の町で好物の「味噌かつ定食」を楽しんだ。

名店「大和屋」の店構え

 郡上市北部の白鳥町は「奥美濃」と呼ばれる。町の中央を長良川が流れ、周囲は険しい山々が連なる。豪雪地帯として知られ、町内に3か所のスキー場がある。私は記者時代、白鳥の中日新聞白鳥通信部で6年間勤務した。冬の冷え込みはきついが、自然豊かで人情が厚い。私にとっては、思い出深い第2のふるさとだ。

大和屋の看板


木札のメニューが並ぶ


ガラスケースの食品見本。昭和テイストにあふれる

 大和屋は典型的な大衆食堂である。店構えは地味で、気取ったところが全くない。店先には「定食麺類」「名代かつ丼」の看板が立つ。この時期は、スキー帰りに立ち寄る人も多い。
 店内はテーブル席と座敷に分かれ、30人ほどが入れる。ガラスケースの中に食品見本が並び、壁にはメニューの木札が掲げられている。
 かつ丼、チキンかつ定食、ヒレかつ定食。全部で30種類はあるだろうか。値段は1000円から1300円程度と手ごろだ。
 私が一番好きなのは「味噌カツ定食」だ。早速、ビールと一緒に注文する。外では冷たい風が吹いている。気温は氷点下だろう。

みそかつ定食


ボリューム満点のかつに郡上味噌の取り合わせ
シンプルなみそ汁

 味噌かつに、付け合わせの野菜とマカロニサラダ。みそ汁にライスと漬け物。これで1250円。かつはボリュームがあり、味わい深い郡上味噌がからむ。郡上では江戸時代から、大豆の風味を生かした郡上味噌が愛されてきた。長良川の伏流水を使い、地元の醸造所が仕込んでいる。
 かつの衣はサクサクしている。豚肉はジューシーで柔らかい。口にすると、肉と味噌が一体となり、うっとりとするような味と香りが鼻に抜ける。郡上味噌は素朴で力強い。料理をしっかりと支えて自己主張をしながら、素材の味をそこなうことがない。
 一度食べ始めると、もう止まらない。冷えたビールを流し込む。あぁ、おいしい。あっという間に、食べつくす。

豚肉と郡上味噌の相性が抜群


冷えたビールが欠かせない

 大和屋は現在、2代目の若大将が仕切っている。亡くなった先代は面倒見がよく、気さくな親父さんだった。
 毎年7月から9月まで続く「白鳥おどり」を支援し、地震などの災害が起こると義援金を新聞社に寄せた。メニューのひとつの「ヤング定食」は、親父さんがスキー場に来る若者や地元の中高校生のために考案した。ハンバーグや唐揚げが満載された名物料理で、今も根強い人気がある。
  店は古いが、隅々まできれいに掃除されている。壁に掛けられたアユの絵を描いたのは、白鳥通信部が入っていた建物の大家さんだ。アユ釣りが好きな男性で、山に自生する植物を鉢植えにするのが得意だ。

店内はにぎやか

 隣の席には、若い外国人女性3人がいた。イスラム教徒の女性が髪を隠すヒジャブを着けている。白鳥には、高齢者介護施設で働くインドネシアやマレーシアの女性が多い。
 以前、来日して間もない人たちを取材したことがある。みんなプロ意識が高く、礼儀正しかったことを覚えている。
 仕事帰りなのだろう。仲間うちなのに、母国語ではなく日本語で話しをしている。つつましやかなお嬢さんたちだ。
 食事が終わった時、一人の女性が小さな箱をもらって開けた。見ると、中にはケーキが入っている。誕生日の贈り物なのだろう。
 「ありがとうございます。私、とても幸せな気持ちです」
 彼女は何度もお礼を言って、再び箱を仕舞った。今夜はお祝いの食事会だったのか。豪華なレストランではないけれど、きっと忘れられない夜になるに違いない。
 母国に比べれば、白鳥はとてつもなく寒い。昼間でも、気温差は30度を超える。それでも、彼女たちは母国を遠く離れた地で暮らし、誠実に仕事と向き合っている。
 「とても、おいしかったです」。
 店の支払いをすませると、丁寧に声をかけた。店を出る女性たちの背中を見送る。なぜだろう。こちらまで、幸せな気持ちになる。


店の外は氷点下。寒い

 翌朝、白鳥は大雪になった。宿泊していた旅館の中庭が、すっぽりと雪に覆われている。寝ている間に積もったらしい。店の前は、30㌢近い積雪があある。
 白鳥の雪は、このような降り方をする。油断していると一夜で一気に積もり、町は白銀の世界になる。町では、夜明け前から除雪車が走る。住民は屋根や玄関周りの雪かきに追われる。

旅館の中庭


積雪は30㌢近い


除雪された道路

 駐車場の車は、まるで雪像のようになっていた。歩道の除雪はされておらず、スニーカーの妻は歩くのに苦労している。
 そんな姿を見て、雪かきをしていた年配の男性が手を貸してくれた。駐車場まで除雪し、車の雪までも取り除いてくれた。
 恐縮する私たちに、男性は「いいよ、いいよ。車の天井から雪が落ちたら、前が見えなくなる。危ないからね」と笑う。 
 慣れた手つきで作業すること10分足らず。車は発進可能となった。

雪に覆われた車
近所の男性が雪を落としてくれた

 思えば、白鳥の人たちはみんな親切だった。豪雪地帯で、生活環境が厳しいことも影響しているのか。だれでも困った人がいれば、積極的に手を差し伸べる気風がある。
 白鳥で住んでいたころは、私もさんざん雪かきをした。それでも、外出などで手が届かないこともある。そんな朝は、決まって近所の人が雪かきをしてくれた。
 私はいまだかつて、白鳥のように住みやすい町を知らない。この山里には、確かな助け合いの精神と、人と人とのつながりがある。
 もしも白鳥に行く機会があったら、あえて冬を選んでほしい。寒さは半端でないし、厄介な雪も積もる。しかし、白鳥には味噌かつ定食がおいしい店があり、フレンドリーな人たちがいる。
 奥美濃の郡上白鳥。ここは雪まであたたかい。

雪山の眺め


犬と散歩。雪を踏みしめて進む

いいなと思ったら応援しよう!