港町にある「トトロの家」。アニメファン必見の聖地?
田舎の町を歩いていると、とんでもない空き家に出会うことがある。高知県西部の土佐湾に面した須崎市。なんと、ここには「トトロの家」があるのだ。スタジオジブリが制作し、1988年に公開された名作アニメ「となりのトトロ」。空き家はその世界観を見事に表現している。あなたがファンなら、須崎に急げ。そこには、なんとも不思議な世界がある。
JR土讃本線須崎駅から歩いて10分ほど。「トトロの家」は、住宅街の一角にひっそりとたたずんでいる。
鉄筋コンクリートの建物は蔦で覆われ、周囲には草が生い茂る。白い壁面にドーンと描かれているのは、子どもたちの心をつかんで離さないトトロだ。劇中に登場する「まっくろくろすけ」もそこら中にいる。
「おいおい、著作権の問題はないのかい?」
固い話はとりあえず置いといて、空き家を観察してみる。だれが描いたのか、絵はなかなかの腕である。まるで森の中のような雰囲気も手伝ってか、劇中の一場面を見ているかのようだ。
窓ガラスの向こうからのぞくのも、まっくろくろすけだろうか。もちろん無人だが、内部に未知の生き物がいてもおかしくない。
窓の向こうには何がいる?
建物に近づいて、壁面を見上げる。青々とした蔦がびっしりと茂り、無機質なコンクリートを彩っている。
出入口のドアに書かれた文字によると、この建物はかつて美容室だったようだ。オーナーはよほどのトトロファンだったのか。ありとあらゆる場所に、まっくろくろすけがいる。それなのに、トトロの絵は一か所しかない。
主人公を大切にしようとした明確な意志が感じられる。
蔦に覆われた小窓は、ガラスが割れている。やはり空き家なのだ。蔦も草も南国の太陽の光と雨を受け止め、たくましく茂り続ける。
店の裏に回ってみたら、木造の住宅が同じように緑のコートをまとっていた。こちらも無人で、庭木が2階の屋根を超えて伸びている。もう、ずいぶん長い間、放置されているらしい。
店の出入口には「パール」という名前が見えた。営業していた時には、どんな人たちが出入りしたのだろうか。ちょっとあか抜けた外装は、おしゃれな店を想像させる。
「ママ、どうしてこの店にはトトロの絵があるが?」
「私はアニメが好きながよ。となりのトトロは100回ばぁ、見たきね」
「ほいたら、私の髪もメイちゃんみたいにしてくれるかえ」
「まかしちょき。こじゃんと、可愛らしくするき」
そんな場面を勝手に想像する。
私が須崎市を離れていた47年間のうちに、パールは生まれ、そして開店した。今はだれも訪れない空き家になった。
当然のことながら、空き家が長期間にわたって放置されるのは迷惑なことである。台風や地震といった災害で倒壊すれば、近所の人たちに危険が及びかねない。町の美観という点からも、荒れ果てた建物は邪魔ものだ。
しかし、この「トトロの家」には奇妙な魅力がある。できれば、建物をそのまま生かし、何かの店に利用することはできないだろうか。
喫茶店でもバーでもいい。きっと、アニメファンに喜ばれるはずだ。
須崎市の中心街は空洞化が進む。以前はにぎやかな商店街があったが、郊外への大型店進出などで勢いを失った。
私が高校生のころ、友人と通った飲食店の多くは閉店した。彼女と初めてデートしたパーラーは跡形もない。
須崎市は南海トラフ大地震が起きると、最大で高さ25㍍の津波が来ると予想される。しかも、津波の襲来は地震発生後5~10分とされ、逃げる間もない。そんな事情もあり、街中には空き家が目立つようになった。
住民の高齢化も進む。このままなら、須崎の街はトトロの家だらけになりかねない。
空き家の増加は全国的な問題だ。住む人がいなくなれば、建物は一気に傷み始める。世の中には「廃墟マニア」という人たちもいるが、ただの住宅では振り向きもしないだろう。
少子高齢化と過疎。いつ起きるか分からない津波の恐怖。残念ながら私の故郷は、未来を見通せない厳しい状況に直面している。
もしも、どこかに本物のトトロがいるなら、この須崎に来てほしい。せめて、心優しい人たちを集め、希望につながる夢を見せてくれたらと思う。
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