見出し画像

命を守る津波避難タワー もっと活用を


  南海トラフ地震による大きな被害が予想される高知県では、土佐湾の沿岸部に100基を超える「津波避難タワー」が立っている。県内の津波は最大35㍍にも達し、場所によっては地震発生後5分足らずで押し寄せる。タワーは住民の命を守る重要な拠点だが、まだ1度も訪れたことがない人もいる。おまけに夜間は閉鎖され、壁を壊さなければ入れない。こんな状況で、1分1秒を争う避難ができるのか。地域の砦ともいえる施設が「特別な場」であってはならない。平時から施設をイベントなどで活用することで、もっと住民に親しんでもらう努力が必要ではないか。

住宅地のタワーは一時避難に特化

 津波避難タワーは、避難に時間がかかる地域に整備されている。施設は津波をやり過ごす一時避難に特化しており、内部で生活することはできない。壁などもなく、簡素な立体駐車場のような造りだ。
 高知県では2022年11月現在、計117カ所にタワーがある。いざという時に、遠い高台を目指していては津波にのまれてしまう。とくに高齢者にとっては、頼りになる施設だ。
 県中部の須崎市では2020年春、海に面した中心市街地に「南古市町津波避難施設」が開所した。市内の津波は最大で高さ25㍍とされており、周辺に住む人たちが逃げ込むことになる。

民家の向こうは海。須崎市の中心市街地
南古市町津波避難施設

 施設は土台部分を含め、4つのフロアが重なっている。内部には緩やかな通路があり、ゆっくり歩いて3分ほどで屋上に出られる。
 鉄骨がむき出しになった建物には何の装飾もなく、工場や資材置き場を思わせる。頑丈そうな鉄骨に、いかついボルト。いかにも殺風景だが、これなら破壊力がある津波に耐えられるだろう。
 須崎市では、地震発生から30分以内に津波が届く。そうなれば、土地が低い市街地の大半は壊滅する。このタワーにたどり着けば、命は何とか助かる。しかし、その時がいつ来るかはだれにも分からない。


通路を登る。津波が来たら、命を守る道になる


むき出しの鉄骨。実用一点張りの頑丈な建物


タワー上部から地面を見下ろす

 各フロアには避難物資を保管する倉庫があるが、ベンチなどの休憩施設は備えていない。床面は広々しており、海風が吹き抜けていた。
 ヘリが発着できる屋上からは、すぐ近くに海が見える。湾内に突き出した山の緑が濃く、青い海に映えていた。


何もない吹き抜けのフロア


ヘリが発着できる屋上

 須崎市から車で20分。カツオの一本釣りで知られる中土佐町久礼には、2か所の津波避難タワーがある。このうち第1号タワーは、観光客でにぎわう「久礼大正町市場」近くの海浜公園内に建てられている。
 久礼の津波は高さ10~20㍍と予想される。昔ながらの漁師町は通りが狭く、高台の避難場所までは相当な距離がある。避難時間を短縮するため、タワーと住宅地は道路をまたぐループ状の外部通路で結ばれている。

中土佐町久礼の海岸


第1号津波避難タワー

 この施設は、2016年度の「グッドデザイン賞」に選ばれたという。確かに外観はおしゃれで、何だか遊園地の建物を連想させる。クリーム色の柱と壁が目を引き、建物に巻き付いたような外部通路が面白い。内部に入ると、格子状の壁と天井に木材が多用されていた。
 1階部分には、足腰が悪い人のため簡易リフトが設置されている。内部の通路は通常の階段式であり、最上階まで3分弱で登れた。
 久礼のタワーは、どうやら観光客の見学を見込んでデザインされたようだ。フロアには木製ベンチがあり、海を見ながら休むことができる。
 須崎市の南古市町津波避難施設はもともと、市外の人がめったに立ち寄らない場所に建てられている。津波からの一時避難という共通の目的を持ちながら、外観に大きな違いが表れたのが興味深い。


遊び心を感じさせる施設の出入口。正面にリフトがある


木材を使った内装


フロアには木製ベンチがある

気になる夜間閉鎖


須崎市と中土佐町の津波避難タワーは、だれでも自由に見学することができる。しかし、どちらも午後6時~午前6時は立ち入りが禁止され、出入口は閉鎖されてしまう。ドアには「非常時はこの扉を叩き割って進入して下さい」という表示がある。
 

須崎市のタワーの注意書き

 目が届きにくい夜間も開けていたら、だれかが宴会をやって騒いだり、ホームレスが住み着いたりするリスクがあると警戒しているのだろう。それにしても、ほかに対策はなかったのか。目の前のドアを眺めていると、どうしても疑問がわく。
 試しにドアを叩いてみたら、ガン、ガンという甲高い音がした。黄色い部分の素材は分からないが、お年寄りや小さな子どもでも簡単に破壊できるのか。背後に津波が迫ったら、だれもが冷静ではいられない。一瞬の判断が生死を決する混乱の中で、この扉が避難の妨げにならないか心配だ。

交流施設としての利用も可能


南古市町避難施設からの眺め
中土佐町の第1号津波避難タワーから海を見る


 津波避難タワーで気になるのは、夜間閉鎖だけではない。これだけの立派な施設が、普段は全く利用されていないのが不思議でならない。
 2つのタワーは便利な市街地に建てられ、どちらも海の眺めが美しい。フロアは広く、どんなイベントにも対応できる。とくに中土佐町のタワーは観光地の一角にあり、見学する人も目立つ。
 この優れた立地を生かし、ゴールデンウィークや夏休みだけでも臨時カフェを開いたらどうだろう。中土佐町には高い建物がなく、タワーは眺望の良さだけでも十分売りになるはずだ。
 須崎市のタワーでも、同じことができる。カフェに限らず、バザーや作品展、祭り、防災教室と、可能性は無限だろう。


ここにカフェができたら、繁盛間違いない

 こんなことを書けば、お役人から「避難施設はイベントの場ではない。利用目的が違う」と怒られるかもしれない。
 しかし、いつ起きるかもしれない地震に備えるという理由だけで、多額の税金を投じた建物を遊ばせているのはもったいないと思う。
 今のままだと、多くの住民は津波避難タワーに興味を示さず、足を運ぼうとさえしない。たとえ目的を逸脱しようと、地元の住民らに1度は来てもらう努力が必要なのだ。
 日常的に親しんでいる施設なら、だれもが自宅からの移動時間や、内部の構造を熟知することができる。いざ地震が起きた時、反射的にタワーに向かう意識づけこそが重要だろう。
 もしも、イベントを開催中に地震に見舞われたら、集まった人たちはそのまま残って身を守ればいい。机やいすが邪魔だというなら、外に投げ捨てればいい。それだけのことである。

漁港を見守る第2号津波避難タワー

  海の近くに住んでいると、地震と津波の不安は常につきまとう。堤防で釣りをしている時、ふと津波から逃げる場面を想像することもある。
 津波避難タワーが本来の目的を果たさないまま、いつまでも平和な時が続けばいいと心から願う。
 だが、使われない建物は人々から忘れられ、日常生活から遠い存在になってしまう。タワーが人々の交流の場になり、その延長線上に避難活動が位置づけられるような試みを期待したい。

第1号避難タワー




いいなと思ったら応援しよう!