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魅惑の「鍋焼きラーメン」まゆみの店で須崎名物を食べる
高知県中部の須崎市。土佐湾に面した小さな港町に、何とも個性的なグルメがある。その名は「鍋焼きラーメン」。土鍋にスープと麺を入れ、ぐつぐつと煮込んだ名物料理だ。その個性的な味はファンを夢中にさせ、観光客にも絶大な人気を誇る。師走の午後、名店として名高い「まゆみの店」(栄町)を訪ね、市民が愛してやまない熱々の一杯を食した。
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人口約2万人。まゆみの店は、静かな住宅街の一角にある。見たところ、どこにでもある平凡なラーメン店だ。土佐湾を渡る風が吹き抜ける
。落ち葉が道路を走っている。赤いのれんと提灯が、風をはらんで揺れている。とても寒い。南国土佐といっても、真冬の冷え込みは相当厳しい。
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午後1時近いというのに、店内は満席である。店主の女性は注文をてきぱきとさばき、次々に来る客を迎える。店は狭く、20人入るのがやっと。休日になると、店先に順番待ちの列ができる。
春の大型連休やお盆休みと重なれば、1時間待ちは珍しくない。できれば平日を選び、ランチ時を外せばすぐに入店できる。
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さっそく鍋焼きラーメンの並と小ライスを注文する。メニューにはキムチやカレー、馬路村ゆずこしょうといった味付けの品もあるが、私は昔ながらの醤油味が一番おいしいと思う。結構濃い味なので、ライスを付けるのがおすすめだ。
ほどなく、料理が運ばれてきた。
店主はいつもの調子で「熱いので気をつけて」と声をかける。
テーブルにどんと置かれたのは、年季の入った土鍋だ。ふたの上には、タクアンを入れた小皿がちょこんと載っている。
ブウァ。ふたを開けた瞬間、おいしそうににおいと湯気が立ち上った。
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鍋焼きラーメンは戦後間もなく、市内の「谷口食堂」で誕生した。当時は土鍋ではなく、ホーロー鍋に入れていたそうだ。店主はラーメンを出前する時、最初から鍋に入れて調理すれば冷めないと考えた。その後、ホーロー鍋は土鍋に変わったが、基本的な調理方法は昔のままだ。
私は高校時代、ことあるごとに友人たちと鍋焼きラーメンを食べた。
「おい。鍋焼き行かんかえ?」と誘われれば、迷うことなく海辺の小さな店にバイクを走らせた。その店こそ「谷口食堂」だった。
はっきり言って、汚い店だった。古びたテーブル、暗い照明、愛想のない親方。それでも、ラーメンはとてつもなくおいしかった。
そんな具合だから、他県で一般的な「鍋焼きうどん」など、一度も食べたことはなかった。大学に進んで愛知県に移り住んだころは、鍋焼きラーメンの店が全くないことを知り、ショックで寝込みかけたほどだ。
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スープは親鳥の鳥ガラと醤油がベースで、親鳥の肉と生卵、ちくわ、ネギが具材となっている。濃厚なスープは舌にガツンとくるものの、透明感があってクセはない。
麺の腰は強く、ふたを取った直後はやや硬めに感じる。しかし、熱いスープは最後まで冷めることがなく、麺もすぐに柔らかくなる。このあたり、かなり計算されたラーメンである。土鍋の保温効果はすごい。気をつけないと、口の中をやけどするほどだ。
この味を表現するのは難しい。あえて言えば、伝統的な中華そばを土鍋にぶちこみ、上品な鶏ガラと卵で包み、思い切り熱くしたというところか。まぁ、食べてみないと分からない。普通のラーメンしか知らなければ、想像もできないだろう。
鍋焼きラーメンを食べる度に、今は無き谷口食堂の親方は天才だったと感服する。ラーメンを鍋に入れ、しっかり煮込むというアイデアがすごい。須崎市内では現在、約40店舗がこの料理を出している。鍋焼き王国とも呼ばれる須崎のラーメンは、親方なしには生まれなかったのだ。
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いったん食べ始めると、もう止まらない。スープはこくがあり、飲めば飲むほどくせになる。親鳥の肉は味わい深く、ちくわとネギがアクセントを添える。生卵はゆっくりと煮え、はしで崩せば溶け込んでいく。澄んでいたスープが、やわらかく濁っていく。
このラーメンは シンプルな構成ながら、味そのものが刻々と変化する。人によって卵の扱いは違う。最後まで卵を崩さない人もいれば、最初から混ぜるスタイルもある。
土鍋に付いてくるタクアンが、またいい仕事をする。ちょっと酸っぱい一切れを口にすると、舌にからみついた味が一気にリセットされる。ラーメンとタクアンというコンビは奇抜だが、それなりの理由があるのだ。
店は注文により、残ったスープにライスを入れて雑炊を作ってくれる。私はライスだけで食べるのが好みだが、妻は自分で土鍋に入れて食べている。どんな楽しみ方をしてもいい。この須崎では、面倒な作法など鍋の底をかき回しても存在しないのだ。
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須崎市は沿岸漁業が盛んで、魚がおいしいことで知られる。カツオは年中食べられるし、どんな魚が出てきても新鮮でうまい。ウツボのたたきといった逸品もあり、店によっては鍋焼きラーメンと一緒に楽しめる。
町を歩くと、そこいら中に鍋焼きラーメンののぼり旗がある。スーパーや道の駅に行けば、持ち帰り用の商品も並んでいる。写真で登場する「橋本食堂」は、「まゆみの店」と肩を並べる名店だ。
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全国ゆるキャラグランプリでグランプリに輝いた「しんじょう君」も、須崎市のキャラとして地元グルメのPRに奔走する。
しんじょう君はもともと、須崎に生息していた絶滅種「ニホンカワウソ」の化身なのだが、鍋焼きラーメンの超強力なキャラでもある。
頭に載っているのは、単なる帽子ではない。よくよく観察すると、それは逆さまになった土鍋なのだ。
金髪のように見えるのは、麺である。卵にネギ、ちくわもちゃんと付いている。さすが、須崎のヒーロー。しんじょう君は鍋焼きラーメンを頭からかぶり、熱さに耐えて微笑んでいる。多くの須崎市民はこの姿に接すると、たまらず店に走る。
注文するのは、もちろん「鍋焼き」である。
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高知市から車で約30分。須崎にはJR土讃線も通っている。何なら船で乗り付けてもらってもいい。
ラーメンが好きな人なら、一度は須崎に来てほしい。海と山と川。なにもない田舎町だが、ここにはインパクト度数抜群の「鍋焼きラーメン」がある。一度食べれば、病みつきになること必至。遠くに黒潮を望む港町で考案され、多くの中毒者をつくった奇跡の味である。