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昭和テイストの「足摺海底館」 歩いてサンゴ礁の海に

 高知県土佐清水市の竜串海岸に、奇妙な十字塔が立っている。海底展望塔の「足摺海底館」。1972(昭和47)年に誕生して以来、50年以上も全国の観光客を迎えてきた。塔に入って階段を下りれば、そこにはサンゴ礁の海が広がる。派手さはないが、どこか懐かしい。昭和テイストにあふれ、いつまでも記憶に残る施設だ。

土佐湾の青い海。
奇岩が連なる海岸


足摺海底館に行くには、海岸の散策路を歩く

 足摺海底館は、波と風が浸食した奇岩が連なる竜串海域公園の一角にある。海岸沿いの散策路を歩くと、遠くに赤と白の塔が見えてくる。海中展望塔の基部は海の下にあり、上部に4方向に突き出した建物が載っている。シンプルな外観は、まるで積み木のよう。岩場の上に架けられた連絡橋が出入り口に続き、観光客が塔の中に吸い込まれていく。
 
 

施設は連絡橋で海岸と結ばれている

 

橋の上から塔を見る
塔の前から海岸を振り返る

 海風に吹かれながら連絡橋を渡った。大きな丸窓が開いた塔が、水平線を背景に両手を広げている。何だか怪しい秘密基地のようだ。今にもショッカーの一味が現れ、仮面ライダーと闘いを繰り広げそうな風情である。
 建造から長い年月がたち、塔は老いている。安全に問題はなくても、外壁の塗装は色あせている。令和の世なら、こんな奇抜な建物が生まれるだろうか。もう二世代も前になった昭和の雰囲気が漂っている。
 出入口の受け付けには「祝650万人達成記念」の張り紙があった。私も中学生の時に1度だけ来たことがある。昔のことだからはっきり覚えていないが、ずいぶん人が多かった気がする。
 

ここが出入口。650万人が訪れた

 足摺海底館はその名の通り、海中の眺めを楽しむために設けられた。展望塔は川崎重工業の工場(兵庫県)で建造され、クレーン船で運んで海底に固定した。その特異な形状もあってか、文化庁(当時)の登録有形文化財になっている。
 高知は台風銀座とも呼ばれる土地で、嵐になれば土佐湾は荒れ狂う。
塔は絶えまなく押し寄せる波と強風にじっと耐えてきた。そう思うと、夜の航路を照らす灯台のような力強さを感じさせる。
 塔の高さは約24㍍。このうち約7㍍が水面下にあり、16カ所の窓から海中が見られる。

建造時の足摺海底館
施設は登録有形文化財になっている

 入場料は大人900円、小人450円。館内には海底の見通し状況を示す「透視度」が示してあり、この日は「良く澄んで見える」12㍍だった。透視度が一番高いのは冬季だという。大波が来てしまえば、ほとんど何も見えない。そんな時は、入場無料になることもある。
 海の状態は季節や気候、時間帯によって変わる。相手は大自然だから、思うようにはならない。

透視度の状況はリアルタイムで表示される

 さて、いよいよ海底に向かおう。狭いらせん階段を64段下りる。ほどなく海底に着くと、展望室の窓から青い光が差し込んでいた。観光客は窓に顔を寄せ、外をのぞいている。ちょっとした水族館を連想させる。
 ここが海の底だと分かっていても、あまりに簡単に入れるから実感がわかない。強化ガラスがはめこまれた窓の外は、確かに水深7㍍の海なのだ。サンゴ礁の周りをさまざまな魚が泳いでいる。

らせん階段を下りて海底に向かう
展望室の壁面に円形の窓がある


窓から水面を見上げる。不思議な感覚

 海中展望塔を取り囲む海の底は、海水浴場のような砂地ではない。荒々しい岩礁が続き、どこも起伏に富んでいる。塔そのものが円柱状だから、窓によって眺めが違う。目の前に岩場がある窓もあれば、遠くまで見通しがきく窓もある。
 メジナ、ブダイ、ソラスズメダイ、ボラ。さまざまな魚が塔の周りを泳いでいる。青い宝石のようなコバルトスズメダイ、優雅な姿のチョウチョウウオの仲間、とぼけた顔のフグも寄ってくる。
 窓から見上げると、水面がキラキラ輝いていた。岩にぶつかった波は、白く泡立っている。私には縁がないが、スキューバダイビングをしたらこんな世界に触れられるのか。次々に現れる魚たちを眺めていると、時を忘れた。

窓のすぐ近くを泳ぐ魚
魚の背後にサンゴが見える
これはニザダイ

 それにしても、魚の種類が多い。不思議に思って観察したら、海中展望塔の近くに金属のかごがつるされていた。なるほど、サビキ釣りをする要領で海中にえさをまき、魚を居付かせているのだ。
 かごを結んだロープは、塔上部の窓のすき間から海に下ろされていた。施設の従業員は、毎日欠かさずえさをやっているのだろう。こうなると、魚たちは観光客のために集まるボランティアのようなものだ。効果的で、気の利いた演出である。

窓からたらされたロープ。先端にえさかごが結んである


ボラの群れが通り過ぎる


チョウチョウウオの一種か

  窓越しの海中散歩を堪能した後、再び海上に戻った。土佐湾は太陽の光を反射し、どこまでも青い。もう11月だというのに、日差しを受けると体が汗ばむほどあたたかい。紅葉も遅れているのか。山は緑一色だった。
 今回、海中展望塔を訪れたことで、忘れていた記憶がよみがえった。それは以前、何度も繰り返し見た海の夢である。
 私は夏の海に潜っている。息を止め、深い海底を目指している。海底の岩場は急斜面になっていて、藍色の深みに続いている。美しい光景にみとれていると、岩のかげから突然巨大な魚が突進してくる。それがマグロだか、サメだか分からない。私は恐怖に駆られ、必死で浮上しようとする。
 夢は、そこで終わる。
 私は泳ぎが苦手だから、海に潜ったことは一度もない。もしかしたら、中学時代に塔の窓から見た眺めが心に深く刻みつけられ、リアルな夢につながったのではないか。
 塔の上から海を見下ろし、そんなことを考えていた。土佐湾は静かで、穏やかな波が寄せる。高知を、離れたのは18の春だった。長い不在の間、この塔は変わらない姿で海を見ていた。時は流れた。
  

窓の外は光に満ちている
塔の下は海


土佐清水市。高知県西端の海の町

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