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犬の海水浴 南国の猛暑を泳ぎ切る
大変な暑さである。私が暮らす高知県須崎市も先日、38度3分という最高気温を記録した。地球温暖化に加え、偏西風と黒潮の蛇行も影響しているというが、38度を超える酷暑などたまったものではない。高熱を出した子どもを100人も背負っているようなものだ。年中、毛皮で暮らす猟犬マイヤーが「親方、どこかで涼まにゃ、やってられんぜ」と嘆いた。同感だ。こうなったら、海で泳ごうじゃないの。自宅から車で30分。土佐市宇佐町の「竜の浜」に走った。
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愛車は車齢30年近いボロ・ジムニーだから、エアコンはつけない。男なら極限まで暑さに耐え、海を目指すのである。男マイヤーも文句はいわない。我慢に我慢を重ね、冷たい海に飛び込む。任侠映画の高倉健のように、海に殴り込むのである。
竜の浜はドラゴンビーチとも呼ばれる景勝地だ。長さ300㍍ほどの砂浜が広がり、遠浅の海が人々を招く。海水浴場ではないので、海のほかは何もない。それでも近くの公共駐車場にはトイレと足洗い場がある。地元の通の間では、有名な場所なのだ。
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今日は水曜日で、浜は空いている。泳いでいるのは家族連れが20人足らず。ありがたい。さっそくTシャツを脱ぎ捨て、裸足になって波打ち際に向かう。マイヤーはリードをぐいぐい引っ張る。短パンのまま海に入り、一緒に泳ぎ始めた。
あぁ、気持ちいい。ほてっていた体が一気に冷える。波に身を任せ、下手な平泳ぎで沖に出る。マイヤーはどうか。さすがは、水辺の猟もこなすブリタニー・スパニエル犬だ。見事な犬かきで、力強く進んでいる。
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なかなか美しいフォームだ。マイヤーは頭を水面に出して波を避け、口をきりりと閉じている。昨年夏、福井県で初めての海水浴をした教訓が生きている。当時、マイヤーは岐阜県郡上市にいて、長良川や農業用ため池で泳いでいた。
犬に淡水と海水の違いは分からない。ついうっかり、いつもの調子で水を飲んでしまい、海水で気持ち悪くなってしまったのだ。今回は抜かりがない。たいしたものである。
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しばらく泳いだマイヤーは、砂浜に向かって方向転換した。少し疲れたのだろうか。白とオレンジの毛皮が、水中で揺れている。リードは外してあるから、自由自在だ。私よりも、はるかに動きが速い。
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浜辺に着くやいなや、マイヤーは全速力で走り出した。波と遊ぶように、ぴょんぴょん跳ねている。遠くにいる子どもたちが、こちらを見て何か叫んでいる。
「あっ、ワンちゃんだ」。 その通りだ。子どもたちよ。この子は、あなたたちより泳ぎが上手なのだよ。
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渚で休憩した後、また海に入る。マイヤーは楽しくてたまらない様子だ。時々、私の背中に前足をかけ、「遊んでくれ」とあまえてくる。体重23㌔もあるから、バランスが崩れる。お返しに水をかけたら、頭をブルブル振って嫌がった。
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マイヤーは小さいころ、水が怖かった。山の中を流れる小さな渓流でさえ、近づかなったほどだ。最初は私が抱っこして、水に慣れさせた。それが、今や土佐湾で泳いでいる。3歳になったばかりだが、成長著しい。
これだけ泳ぎが上手だと、自分も得意に違いない。もしも、犬のオリンピックがあったら、競泳で金メダル獲得は固い。もっとも、種目が「犬かき」だけというのは寂しいが。
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それにしても、日差しが強い。裸で渚に座っていると、背中が太陽の熱でジリジリと焼かれる。マイヤーは厚い毛皮だから、日焼けの心配はない。よその人たちの邪魔になるからと、リードを付けたらふてくされた。
水平線と空が、はるか遠くで一つになっている。水はきれいで、透き通っている。リズミカルな波の音。沖から吹いてくる風。常識外れの暑さには参るが、やっぱり高知の夏はいい。
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2時間ほど遊んだ後、駐車場に戻った。海が見える休憩所に入ると、思ったよりも涼しい。マイヤーはのどが渇いていたらしく、水をがぶ飲みしている。ここには、残念ながシャワーがない。濡れた短パンのまま、Tシャツを着て車に乗った。
こういう時、ボロ車は気が楽だ。マイヤーは車の中で、全身を震わせる。飛び散った海水が口に入り、夏の味がした。
帰り道の横浪スカイラインからは、荒々しい海岸線が見えた。夏はこれからが本番。暑いからといって、エアコンにあたってばかりでは体がなまる。
「また、行こうな」
マイヤーに声をかけたら、にんまりと笑った。
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