人が変わるきっかけは、ほんの数個の言葉
もう5年前くらいだろうか。雑誌「Spectator」の編集人である赤田祐一さんに、最近何かオススメの本はありますか? と聞いたことがある。その時、「これ、面白かったですよ」と教えてもらったのが、『人は変われる: [大人のこころ]のターニングポイント』というタイトルの本だった。これが衝撃的に刺さる本だった。
著者は精神科医の高橋和巳さん。内容は患者とのやりとり=ケーススタディを紹介しながら、人が変わっていくターニングポイントがどこにあるのかを探るというもの。「大人の」というところがポイントで、人は大人になってからも変われることに力点を置いている。後半は脳や神経の仕組みなどを理論的に解説する、かなり科学的なパートへと話が展開していく。
高橋さん曰く、患者とのやりとりを通じて「人が過去の自分自身を乗り越えて新しい自分に変わっていく現象」と出合うことがある、という。たった1週間前に来た患者が1週間後、1ヶ月後、1年後には別人のように変わっていくというのだ。そのキッカケになるのが、ある言葉である。
本書には、毎日酒を飲み暴言を吐く旦那に対して妻が「どうしようもないんです。私、あきらめました」という言葉を漏らした、というエピソードが紹介されている。
彼女は長い間、家庭がめちゃくちゃなのは自分の責任だと思い込んでいた。ところがカウンセリング中、ついに「あきらめました」と言葉を発したことを機に彼女は突然明るく、前向きになっていったという。それは、これまでずっと彼女が言わなかったような、意外な言葉だった。
著者は、彼女があきらめたのは夫の酒癖だけでなく、夫との人間関係、夫をなんとうか治そうとしてきた自分、そして「それまでの自分」をあきらめたのだ、と言う。
「あきらめました」という言葉自体は、一見暗い閉塞感を表現するネガティブな言葉である。けれど、それは同時に彼女の心をしっくりと表現する言葉でもあった。
「人は言葉で自分の気持ちを表現することによって、その人のすべてを呪縛していた現実の重みから一時的にせよ解放される」と著者は言う。
人生が変わるキッカケになるのは、「ほんの数個の言葉」。
その言葉が何なのか。それは実際に口にしてみないと自分でもわからない。本当に切羽詰まって、どうするか選択を迫られた時。そういう時に本音がポロっと出てくるのかもしれない。
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