科学小説「月からの手紙」8話
科学小説「月からの手紙」8話 マエヴァ
2040年9月8日夕方、西空には5大惑星すべてが9度余りという狭い範囲に集まっていた。そばには細い月も姿を見せ、神々しい、あるいは不安をかき立てるような印象を人々に与えていた。
この希有な天文現象を好条件で見ようと、いつにも増して多くの観光客が南半球におしかけていた。水没の危機をかろうじて逃れていた島々も、例年にないほどの観光客でにぎわっていた。
タヒチの北東500kmに浮かぶ、東西約30.4km、南北約5.6kmの楕円形の環礁がある。
ロヒニ島。気が遠くなるほど美しい純白の砂浜と澄みきった海水に泳ぐ豊かな魚群を求めて、世界中からダイバーたちがやってくる。そんなダイバーたちの間で広まっていたある噂があった。
遠くないフアヒネ・ヌイ島にあるマエヴァ村で「儀式」が行われているとのことだった。そこには古代ポリネシアの祭殿跡があり、儀式はそこで行われているらしい。いつもは旅行者にたいへん好意的な島民も、ここ数週間はその場に立ち入らせてくれないと言う。
ダイバーのひとりが、マエヴァの若者から聞いた話では、 「何かが降ってくる」と…。
しし座流星群か? いやそうではなかった。2029年に、テンペル・タットル彗星が木星に1.5天文単位まで接近し、 彗星の軌道が地球軌道の内側ずれたため、2031年前後に期待されたしし座流星群の活動も専門家が予測したとおり低迷したままだった。
なにごともおこらず、流星雨の話も忘れられ、やがてダイバーたちの噂にも上らなくなった。それでも祭殿跡には、供物が絶やされることはなかった。
まぶしい月明かりに海が静かに揺れている。
今宵の儀式を終えた長老たちのひとりが、ふと月のほうを見上げ、指をさした。