いちごポッキーから自宅出産へ
4人の子のうち3人を
自宅で産んでいるのだが
最初からそんなことするつもり
だったわけじゃなかった。
タイの大学院生だった時の1人目出産。
出産の「し」の時もわからないから
まずは日本の妊婦さんが読む本を
何冊も買って行って読んだ。
一通り流れがわかって
何の話かわからようになってから
今度はタイ語の出産本で単語を覚えた。
胎盤とか陣痛とか会陰切開とか。
出てくる時は相当痛いらしいから、
赤ちゃんがお腹にいる間は
体重をあまり増やさずに
甘いものを食べるのも控えておこう、
なるべく体を動かしていた方がいいらしい、
意識したのはそのくらいだった。
出産が近づくにつれ、
わが子に会うことのほかに
もう一つ楽しみができた。
日本の妊婦さん用雑誌の出産体験記を読んで
モーレツにやりたいことができたのだ。
陣痛が始まったら、
思いきりお菓子を食べよう✨
これまでの我慢のご褒美に、
長い陣痛の時間を乗り切る気力体力を
つけるためにも。
母も日本からいろいろ送ってくれていた。
臨月に入った。
しかし、病院からの出産準備の説明で
「入院したら、飲食は一切禁止です」
ん?
タイ人の友人によれば
「無痛分娩にするつもりなんじゃない?」
え?
そうなの?
食べられないじゃん
お菓子が。
そこ、大事なところである。
不安な出産の、ある意味一番の心の支えだもん。
というわけで
別の病院で出産する事にした。
大きな志があったわけではない。
日本の妊婦さんたちが
日本で普通にやっていることを
やりたかっただけだった。
友人に紹介してもらった
宣教師たちなど外国人の出産に
慣れているというその先生は
「どうそどうぞ、なんでも、
お二人でお好きなように産んでください」
思えば、その出会いが
自宅出産への
最初の一歩だったのかもしれない。
数週間後、
その病院のベッドの上で
30分おきくらいに「痛み止めいる?」
と聞かれながら
その時を迎えたのだった。
大切に持って行ったいちごポッキーも、
陣痛の合間に売店で買ったタイのポッキーも
期待していたほど
たくさんは食べられなかった。
なんとなく
それどころじゃなかったのだ。
食べ物といえば
産後最初に運ばれてきた食事が
トムヤムクンみたいな辛いやつで
「お粥とかじゃないんかい!」
と、
そこでもわたしの常識を
広げてもらえたのだった。