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ひちじょーさんへ
(恐羅漢のFacebookを昔から見てる人は知ってる部分があるかもしれません)
初めて恐羅漢スノーパークで働いた時のお話。
ロッジの食堂の皿洗い場で働いてたのは「ひちじょーさん」という見た目80近いおじいちゃんだった。
背が低く、少し腰が曲がって、お年寄り特有の血管が浮き出た細いけど大きな手をした可愛いおじいちゃん。見た目とは裏腹に山登りが大好きで足腰がしっかりしているひちじょーさん。
お客さんが食べた皿を次から次にテキパキ洗い、生ゴミもさっと素手で捨て、ゴミ箱がいっぱいになれば上から足で押さえ詰め込み、時間があるとロッジ内のゴミを拾って歩き、1日に一度オロナミンCを売店で買って飲む。
ひちじょーさんは、ロッジに泊まり込み。所謂「籠り組」
毎年、冬になると恐羅漢に来ているそうで、言わば私の大先輩になる訳だ。
そんな「ひちじょーさん」
初めて一緒に働いた日の夜の事。
ロッジの2階が従業員の寝床になっているのだが、私の部屋は男性の大部屋を抜けて行かなければならない。
既に豆球になっている暗い大部屋を静かに横切っていると、2段ベッドの下の階。
ひちじょーさんが、胸に手を組み亡くなっていた。
ひ、ひちじょーさん…。
私の胸はギュッとなった。
まさか、たった1日しか一緒に働いてないのに。
まさか、こんなクソボロいロッジの2階で、ボロい2段ベッドで最期を迎えることになるなんて…。
ひちじょーさん。
なんで、なんで……。
まだ大部屋にはひちじょーさんと私以外に誰も居ない。
私が第一発見者だ。
シーズンが始まったばかりなのに。
まさか、こんな事になるなんて。
私はたった1日しか一緒に働いてないくせに、この小さなひちじょーさんに惚れていた。
一見小さくて可愛いおじいちゃんなんだけど、よくよく観察すると力強い何にも臆することの無い、少し白内障の入った目と、大きな手。
「一目惚れ」ならぬ「1日惚れ」
私は、ひちじょーさんの亡骸にそっと手を合わせた。
「ひちじょーさん、たった1日しか一緒に働いてないけど…ひちじょーさん、どうか安らかに……」
…
…
…
フゴッ
!!!!!
ひちじょーさんは生きてた。
ひちじょーさんが、あまりにも静かに、あまりにも真っ直ぐに、そして胸の上で手を組んで寝ているのと、豆球で顔色などが分からなかった為に死んでると勘違いした私。
この件以来、私はひちじょーさんの横を通る度にそっと胸が動いているか確認するようになった。
そんなひちじょーさん。
実は、現在。
天国なう。
翌年、ひちじょーさんから連絡があった。
「ミチコさん、ワシ今年はもう冬行けれんわぁ」
ひちじょーさんと仲良くなり、シーズン以外も時折連絡をしていた私。
ひちじょーさんは、癌だった。
私は直ぐに病院へ駆けつけた。
びっくりした顔のひちじょーさん。
私はダムが決壊したように大泣きした。
ひちじょーさんの気持ちなんかお構い無しに泣いた。
身近に癌患者がいない私は「癌=死」だった。
大泣きする私にひちじょーさんは「ありがとのぉ、ありがとのぉ」と、私の背中をさすっていた。
何度もお見舞いに行き、子どもが生まれたら見せに行き、抱っこをし、写真も撮った。
そして、ひちじょーさんは天国へと旅立って行った。
だけど、私はいつひちじょーさんが亡くなったのか。どこで亡くなったのかは知らない。
ある日、電話をかけた時。
「おかけになった電話番号は…」
ひちじょーさんと、もう話せなくなってしまったんだ。
もう、顔を見て一緒に手を繋ぐことも、肩を揉む事もてきないんだ。
ねぇ、ひちじょーさん、あの時の赤ちゃんは4歳になったよ。
ひちじょーさん、暖冬を乗り越えて恐羅漢はなんとか生き残ってるよ。
ひちじょーさん、他の人は忘れても私は忘れてないよ。
あ!
ひちじょーさん、恐羅漢ロッジに荷物忘れてたよ!
ひちじょーさんの遺品を御家族にお渡ししたいけど。生前ひちじょーさんは「訳あって1人」と言っており、御家族の連絡先や名前などを知らず。
恐羅漢ロッジに置いていったひちじょーさんの荷物は我が家にある。
段ボールには「七条」と書かれてあり。
私は何年もこの段ボールを開けられず、倉庫の奥底に押しやっていた。
先日、倉庫を片付けていると「七条」と書かれた段ボール。
心の整理はまだつかない。
でも、そっとガムテープを剥がしてみた。
1番上に目覚まし時計。
あ、いつも枕元に置いてたやつだ。
歯ブラシ…
数独の本…
タオル…
股引…
私はそっと捨てた。
【noteを始めたのは、どうしてもこの事を書きたかったから。
Facebookでのひちじょーさんのその後のお話】