愛するマサコとマサシ
ハイシーズンになると、小さいスキー場でも従業員はざっと100人近くになる。
田舎の小さなスキー場を支えているのは、地元のじーちゃんばーちゃん達と言っても過言ではない。
じーちゃん達は、オフシーズン何日もかけて草刈りをする。
シーズン中にはリフトの監視をする。
ばーちゃん達はシーズン前にボロいロッジの清掃をし、シーズン中には厨房などで忙しく働く。
地元の人の中には、恐羅漢へ通ってくれるリーダー的なじーちゃんばーちゃんがいる。
そんなリーダーグループの中に「マサコとマサシ」がいる。
マサコは引退してしまったのだが、マサシは健在。
2人は夫婦だ。
噂話が大得意で、マウント取るのが大好きで、甘いものが大好きで、いろんな疾患があり、料理が得意で、ヤキモチ妬きで、私を可愛がってくれるマサコ。
細くてひょろっとして、いつも無精髭で、女好きで、マサコを大事にしてて、働き者で、私を可愛がってくれるマサシ。
そんな2人のあるシーズンでの小さな「すったもんだ」な話。
マサシは立山第1リフト降り場の監視にいる事が多い。
恐羅漢を知ってる人なら分かると思うが、1番利用が多いリフトだ。
なので、立山第1リフトの監視達は基本的にベテランが配置されている。
ベテランなだけあって、小さい子供連れを早めに察知しリフトをゆっくりしてくれたり、降りる時は手を貸してくれたりする。
もちろん、初心者さんも「ゆっくりお願い!」と言うとリクエスト通りにしてくれる。
20-21シーズン、スノーボードを始めた私も立山第1リフトのベテランじーさん達には大変お世話になった。
生まれたての小鹿な私は、降りる時に何度もマサシの手を借りた。
「ほい、しゃんと立て!」
「んまぁー、前見て滑らにゃ!」
「えぇようになってきたぁのぉ~」
マサシと私の家は割と近いので、そういった点でも仲良くしており、マサシは私のスノーボードの成長をワンシーズンかけて守ってくれていた。
話は戻り、3年前の冬。
ある夜、晩御飯を食べている夫にマサコから電話がかかった。
夜8時以降にかかってくる電話なんてロクな内容じゃないなんてのは多分どの仕事でも一緒だと思う。
訝しげに見る私から逃げるように隣の部屋で話す夫。
もちろん私の耳はダンボ。
「はぁ、そうですかぁ、そりゃ嫌な思いさせましたのぉ…はぁ……うんうん……」
電話相手がマサコなのは知っていた。
マサコが何かしら嫌な思いをしたようだ。
暖冬続きの恐羅漢。
少ない雪の中、営業はしているもののお客は少なく皆がピリピリしていた。
準備は十分なのに、お客が少ないというのはアルバイトであろうと長年恐羅漢を支えてきた地元の人達にとってシャッチョや支配人同様にじれったい思いが募る。
厨房勤務のマサコも同じように恐羅漢を心配しピリピリとしていた。
もちろん、マサシも。
そんな時にドカンと雪が降ったのだ。
急に忙しくなるスキー場。
人間不思議なもので、暇なら暇で文句が出る。忙しけりゃ忙しいで文句が出る。
「ええ塩梅」ってのは難しい。
それでもウキウキと仕事をするのはマサシだ。
冒頭にも書いたようにマサシは女好きだ。
可愛い女の子がリフトに乗って「きゃー!怖いぃー!」なんて声が聞こえた時には我先にと監視小屋から飛び出て手を差し伸べるのだ。
同じ女の子を何度も助けていたり、その子がまた恐羅漢に来てくれたりすると、ウェアや板で「あの子」だと覚える。
マサシはジジィのくせにやってしまった。
The ナンパ
ジジィのくせに、電話番号を交換したのだ!!!
年寄り用のパカパカ携帯にウキウキと女の子の名前と電話番号を登録したのだろう。
教えてくれた女の子が女神に見えただろう。
私ならマサシみたいな小汚いじーさんに電話番号は教えないが…。
そして、マサシはウキウキと女の子とショートメールのやり取りをしたそうだ。
それに怒ったのが嫁のマサコだ!
「うちの夫を監視に入れんといて下さい!
若い女と携帯でやりとりしてからに!
私はイヤですよ!!」
マサコは愛する夫が若い女とやり取りしている事にヤキモチを妬いたのだ。
マサシは小汚いジジィで、すきっ歯でハゲで裕福でもなく、モテるイケてるジジィとは程遠い…。
電話番号を交換してくれた若い女の子がマサシと恋に落ちるなんて100%無いと断言出来る。
が、マサコはブチ切れだった。
どうやったらマサシが女と触れ合わなくて済むかを考え、人員配置を組んでいる夫に電話をかけマサシの浮気防止を訴えたのだ。
電話を切った夫はグッタリとしていた。
私はニヤニヤしていた。
マサシもマサシだし、ヤキモチ妬きのマサコもマサコだ。
2人が可愛くて仕方なかった。
心の中でマサコに問いかけた。
おい、マサコよ。この間お前は若い派遣さんが優しくしてくれたら目尻が垂れ下がり声がワントーン高かったじゃないか。
その後にピンク色の口紅を買ったと自慢してくれたじゃないか。
マサコよ、、、笑
マサシは2-3日配置が変えられたが、やはりマサシは立山第1リフト降り場の仁王のように今も尚座っている。
その後マサコは元々基礎疾患があったのに加え、がんを患い現在病と戦っている。
先日、顔を見に寄ると1-10まで病気の事を説明してくれた。
電話でも聞いていたので2回目だ。
抗がん剤を始めるから髪の毛が無くなるというので、マサシはウィッグを注文したと言っていた。
今年は畑のジャガイモをクマに喰われたと嘆いていた。
息子が家を出ていくと寂しそうに呟いていた。
マサシの浮気?のトラブルも乗り越え?
相変わらず仲の良い夫婦だ。
帰り際に大根やら玉ねぎ、キュウリをお土産に持たせてくれた。
実際にマサシがどこまで、どれだけの頻度で女の子とやり取りしたかなんて知らないけど。
マサシはちょっとだけ鼻の下を伸ばしただけだと思う。
赤の他人で仲良しの私は、そのちょっとだけ鼻の下を伸ばしたマサシを想像するとオエッとなるけど、マサシは大好きだ。
マサコの前で小汚いジジィのマサシに抱きつくこともある。
それを見てマサコは「まぁ、うちのお父さん取らんでよ!」と言う。
いらねーよ!こんな小汚いジジィ!
と、返すとマサシはヘッドロックしてくる。
平和なマサコとマサシ。
この2人がこのままでいて欲しい。
恐羅漢に来る若い女の子達よ。
恐羅漢で働くジジィ達は女の子との出会いが無く生き、年寄りだらけの小さな町に住んでいる。
若い女の子に免疫が無いのだ。
だから、女の子が笑顔で「ありがとう」なんて言ってくれた日には「運命の出会い」と勘違いする。
ジジィのナンパにはご注意。
ちなみに、これはちょっとだけ聞いた話を私が文字にしてるだけだから、フィクションって事で。
と、書いていたらマサコから豆が取れたから持って行くと電話がかかってきた。
そして、自身の病気について1から話し始めた。
これで3回目。
多分後でまた1から同じ事を話すと思うから、4回目も既にカウントした。