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大和ミュージック観劇レポ・ファーストステージ(後編)

前編からの続き)

照明が消え、アナウンスされた演目タイトルは「裸の華」だった。
「裸の華」は桜木紫乃さんの小説で、主人公であるダンサーのノリカは樹音さんがモデルになっている。作中にも「やまとミュージックホール」としてこの場を思わせる劇場が出てくるのだ。
大和ミュージックで、モデルである樹音さんが作品をモチーフに踊る、それを作者ご本人が観劇する、その光景をファンが見る……。それだけでもスペシャルなカードが揃ったというのに、さらに新井見枝香初ステージというとんでもない切り札が加わって、ロイヤルストレートフラッシュである。

暗闇の中、ギターの音が響く。
それを合図のようにつく照明。
真昼みたいに明るくなったステージには、ギターを持つ金髪双子の姿が。
きっと桜木さんは声が出ないくらい驚いていただろう。でも私にはもう桜木さんの顔をうかがう余裕はなく、ステージに魅入った。

軽快な音楽に合わせ、赤いエレキギターをかき鳴らす新井さん。
対となる樹音さんは白いエレキギターを抱えていた。
ふたりで振りを合わせたり、樹音さんがダイナミックに足を上げたり。
リズムをとりながらピックで弦を弾き、客席に向かって時々はにかむ新井さんの笑顔がキュートだった。

音楽がポピュラーなロック曲に変わると、手拍子の音が大きくなり、サイリウムを振る手も激しくなる観客たち。このあたりはもう、ただただノリノリに楽しくて、樹音さんも新井さんも両方見たいのにどっち見ればいいの!助けて!という感じだった。

汗ばむような速いビートがスローなバラードへと移り、ふたりはギターを置く。
そして優雅にシンクロしながら踊りだしたので、びっくりした。
えっ! 新井さんも踊るんだ!
ギター弾くだけだと思ってたよ!!
チョイ役・仕掛け人Aの私にもサプライズだった。


花道にあおむけになり、V字型に足を広げるふたり。
新井さんのミニワンピの裾から、シルバーのキラキラが見えた。スパンコールのホットパンツを穿いていたのだ。(樹音さんに穿かされていたらしい)
白い足がまっすぐ直線に伸びている。新井さんって体がやわらかいんだなと思った。

リボンが投げられる。そこにカラフルな羽根がいくつもいくつも舞い、南国の小鳥が飛び回っているようだった。
舞台の袖で、懸命にリボンを操るリボンさんの姿はきっと新井さんには見えない。
でもそれでいいのだ。そのたしかな愛情の手ごたえを、誰よりも感じているのは新井さんに違いなかった。
新井さんの頬に、オレンジ色の羽根が一枚ひらりと落ちる。
まるで仕組まれたかのように美しく、幻想的だった。

ラスト、ステージの後方に置かれた小さな椅子に座る新井さん。
その後ろに立ち、愛おしそうにそっと新井さんを抱きしめる樹音さん……。
次から次へと止まないリボンは白くて、なんだか宗教画みたいに神々しい風景だった。
樹音さんの予告どおりに「リボンでぐるぐる巻き」になった新井さんに向けて私は、なんで自分は泣いてるんだろうと思いながらただ拍手を送っていた。リボンにくるまれた新井さんが、これから羽化して飛び立つ準備をしている蛹に見えたのかもしれない。

鳴りやまない拍手の中で照明が落ちる。
ああ、新井さんはそこからの景色を見たんだな。
知ってしまったんだな。
もう戻れないぞ、新井さん。期待で胸がいっぱいになって、私は暗がりの中でちょっと笑った。

再び照明がつくと、桜木さんが隣席の人と「あれは相当練習したな!」と話していた。
あとから知った話では、まったく練習などしていなかったらしい。ぶっつけ本番で、新井さん本人もあそこまでやるとは思っていなかったと聞いてびっくりした。
樹音さんはあの日そこに居合わせたすべての人にサプライズを仕掛けたのだ。そして戸惑いの片鱗も見せずにステージを演りきった新井さんって、やっぱりただものじゃない。


演目がひとつ終わるたび、ポラ撮影の時間がある。
お客さんが踊り子さんと一緒に写真を撮ったり(踊り子さんだけでも可)、お話ができるチャンスタイムだ。
私もそこに並ぶと、桜木さんが先に立っていた。
「新井さん、すごくよかったですね」と私が言うと、桜木さんはカラッと笑った。
「もう私の中で彼女は、尊敬する書店員から新人の踊り子になっちゃったんだけど!」
嬉しそうだった、すごく。そして誇らしげだった。
運動会で大活躍する我が子を見届けたお母さんみたいに。


ポラを撮らせてもらって自分の席に戻る。
気づけば私の隣には、ペルー人(と、のちに判明)の男性二人組が座っていた。
母国語で少し話していたが、ふと、思い立ったようにひとりが私に話しかけてきた。

「カノジョたちは、何という名前デスカ?」
 とてもていねいな日本語だった。
 名前。たしかアナウンスで「裸の華チーム」的なことを言っていた気がするけど、自信がない。なので「右がジュネ、左がミエカです。ジュネ&ミエカ」と答えた。
 すると彼は、さらに質問してくる。よほど印象深かったらしい。
「どんな歌を、歌うのデスカ?」
「歌はたぶん歌いません。踊るのです」
「オー」

 ふたりは興味津々な様子で母国語で何か話し、少ししてからまた私のほうに顔を向けた。
「カノジョたちは、どれくらい長くやっているのデスカ?」
「ジュネはベテランで、ミエカは今日がファーストステージです」
「オー!」
 何やら高揚してしゃべりだすふたり。彼らの母国語(たぶんスペイン語)はわからなかったけど、「ファーストってことはネクストもあるよな、また来ようぜ」みたいな会話だろうかと想像。

オー。素敵なものを素敵と感じる心は、国境を超えるのだ。すでにファンが続々とついてるよ、ジュネ&ミエカ。(ごめんなさい、ぜひもっと良いネーミングを……)
デビューに立ち会えた幸運なファンのひとりとして、私からも終わらないネクストをよろしくお願いします。

ストリップ劇場に行くたび、いつも不思議だった。
踊り子さんたちはみな、演目が進むにつれ服を脱いでいくのに、彼女たちの肌が露わになればなるほど、むしろ何かを纏っていくように私は感じるのだ。
きっとそれは、「ショー」だからなんだろう。彼女たちは「裸」ではなくて「脱ぎ」を見せてくれているのだと思う。
健康診断や試着室で脱ぐのとはぜんぜん違う。日常から切り離された世界で、人に何かを伝えるための「役」を纏うのだ。それは演目物語のヒロインであると共に、見る人によっては遠い記憶の中の誰かになるのかもしれない。「脱ぎ」というショーを通して、囚われていたものや守られていたものから抜け出す姿を表現しているように思う。
そういう意味で新井さんが「脱いだ」のを、私は見せてもらった気がしている。


ステージから降りた新井さんは、ほどなくして身支度を整え、劇場の一番後ろの客席にこそっと座っていた。
真っ赤なルージュは唇からぬぐいとられ、新井さんがよく着ている青いコットンのワンピース姿だった。胸元は鎖骨まで隠されており、丈は長めだからスパンコールのホットパンツも穿いていないだろう。
楽しかった一日を終え、大和駅までふたりで軽い雑談をしながら歩いて帰った。
気持ちのいい秋の夜で、体だけがほかほか熱い。
別れ際に「じゃあ、またゆっくりね」と片手を振る新井さんは踊り子でもなく書店員でもなくて、たぶん今まで私が見た中でいちばん、何も纏っていなかった。


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