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友と呼べたかもしれないキミへ。
灰色の夢を見ていた。
夢に色彩など存在しないのは当たり前のことではあるのだけれど、漂白された白色でもなく、どこか気怠く重い空気が漂う――どこかでこの色を見た気がすると記憶を辿ると、それはすぐに思い至ることができた。
エメトセルクが作り出した、アーモロートという街に再現された人々が纏っているローブの色だ。誰もがその色を纏うことで、お互いを羨むこともなく穏やかに過ごせるという。
そも、羨む感情が湧き出てくるのを抑止するための某が存在しているのであれば、古代人であれどそういった気持ち自体は知っていたのではないだろうか。
だとしたら、古代人がいかに素晴らしかったかと語るエメトセルクの語りには、大いに誇張が混じっていたに違いない。
過去を思い返すうちに、どんどん思い出が美化されていって細かいところが脚色されたんじゃないかと思うと、彼への親しみが少し増したように思えた。
おいエメトセルク。お前が言うほど、彼らは素晴らしい人格の持ち主じゃなかったんじゃないか?
そう話しかけると、気怠い表情の彼はこういうことだろう。
「野蛮に染まりきった君には、そう見えるかもしれないがね? 彼らの知性は君たちなんか比較にならないほどに澄み切っていて、エーテルの扱いはそりゃぁ、雑極まりないお前たちとはそうだなぁ
誰もが熟練の職人のように繊細に編んだそれを振るうのさ。お前たちが生涯をかけたとしても、その足元にも及ばない」
くどくどとこちらを貶す発言を続ける割には、お優しい目を向けてくるんだろう。
何ができるのか見定めてやる、と言いながら、ポケットにでも手を突っ込んで、ひたひたと歩いてきては、斜め下から見上げるようにしてこちらを見る。
理解の悪い生徒に話しかけるようにして、うんざりした表情は隠さずに。
今度エメトセルクに会えたら聞いてみるかと、覚醒間際の胡乱な思考回路が、平常では確実にあり得ない答えを打ち出していた。
彼はもう、滅んだじゃないか。他でもない自分が看取って。一方的に託されたうえで。
「ほんっと、迷惑な話だよなぁ……」
世界を見て回るのもいいんじゃないかと促されても、ね。と顎をさすった。
窓から入ってくる光はとっくに夕方を過ぎていて、薄闇色を纏い始めようとしている。
ここ数日は、謎の未確認生物の痕跡を掘ったり妖精と遊んだり温泉に浸かったり、まぁそういう毎日なので、昼寝だってする。
死にかけていた第一世界を、そのまま死なせるべきだという想いが、かつてのユールモアの武人であり、支配者が振るった強さの原動力だった。このまま死なせてくれという痛みと苦しみの声だった。
苦痛を和らげることが善であり、まだ生きていたいと足掻くことこそが罪だというのは、彼らの論理から言えば正常なものだった。
彼らは、代理人だった。このまま死にたいと願っている世界そのものとの戦い。
今の生活を維持できればよく、わざわざ帝国と戦うだなんて――イシュガルドで、ドマで、アラミゴで、実際にそれらの声とは触れ合ってきたものの、ここまで直接的に殴り合ったのは初めてだったな、と思った。
帝国の裏で糸を引いてきたのはアシエンであり、アシエンこそが我らが敵だと、簡単に、単純に、敵味方を色塗りできたのであれば、どんなに楽だろう。
誰にだって戦いに赴く理由がある。自分の意思か、抗うことはできない大きな流れの中で流される木の葉のようなものかはおいといて。
けれど、本当に戦かわなければいけないのかと、ギリギリまで見定めようとするのは、きっと、正しいことだったんだろう。
たとえその結果、刃を向け合うことになったとしても。
お互いの信じる未来がズレていたときに、どちらかが切り捨てられるとき、切り捨てられた側の想いを連れていけと言うのがフェアなんだろうか。
闇の戦士だなんて御大層な持ち上げ方をされていても、自分たちにできたのは、その場その場で抗うだけ。
彼に看破されていた通り、この世界を持ち上げるには余りにも細い腕が、貧弱な体躯が、乏しい魔力が自分たちの持ち物だ。
気持ちの大きさ云々で結果が変わるのであれば、自分は――確実に、アシエン・エメトセルクに及ばなかったに違いない。
だのに、のん気に鏡を見て、身支度なんかをしていられる。
背負い疲れた荷物を、お前が背負って行けと手渡されたという非道い現実からも、この時間ぐらいは逃げていても文句も言われない。
で、俺たちが子供だとよ、と言える相手だったアルバートももはやどこにもいないわけで。
奇妙な間柄の二人と別れることになっても、まぁ、人生というものは続いていくし、なんならこの立場を代わってやろうか? 闇の戦士様と考えてはみても、声には出すことはしない。
いまだに彼らに殴られた痕が疼く気もするが、クリスタリウムの街へと繰り出すと、火傷めいた痛みも引いていった気がした。
水晶公が作り上げたクリスタリウムの街並みは、どこかアーモロートの街並みと似ていた。あの街並みと、その終焉の再現を見せられたときには心のどこかで思ったものだ。
かつてあった都市だとはいえ、アーモロートもクリスタリウム同様、一人の男の執念によって作り上げられた都市だ。
役割は逆の部分はあっても、植物や生き物の研究施設があったり、弁論をするための空間が設けられていたりと、やはりどこか共通点を感じてしまう。
持っていけよ闇の戦士さんと投げ渡された果物(齧ると甘酸っぱい)を歩き食いしていると待ち行く人から「行儀が悪いですよ」と注意されてしまった。
死にかけの世界の象徴が、静かに死を待っていたかつてのユールモアで、クリスタリウムはそれに抗う最後の砦で、その雰囲気が敵の本拠地と似ていると言ったら、変な顔をされる気もする。
アリゼーはムッとするだろうし、アルフィノは少し考えてからそれはどうだろうと異議を挟むかもしれない。
ヤ・シュトラは面白い感想ね、と濁すだろうし、サンクレッドは恐らく、同意に近い反応をしてくれるだろう。
ウリエンジェは恐らく、蘊蓄と絡めてよくわからない話をするだろうし、リーンは、どうだろう。よく、わからないです。と俯く彼女はもういないだろう。
初めの頃は危うく感じていたサンクレッドとの関係も、今はむしろリーンが引っ張っているように見える。
ここしばらく会ってはいないから、きっとまた会ったときには、リーンへの印象が大きく変わるかもしれないな、と思った。同じ人間であっても、短期間でも大きく変われる。とくに、あのぐらいの年頃は。
期間といえば、自分の感覚ではそんなに長く離れていたわけではなかったものの、暁の面々からすれば、何年も自分と会っていなかったことになっていたわけで。
原初世界に戻ってタタルへとこの話をすれば、きっと目を丸くして驚いてくれるに違いない……もしかすると、もっと違う反応をするかもしれないけれど。
そんなことを思いつつ、齧り終えた果実を牧場の動物にでもやろうかと考えていると、噂の彼が覚束ない足取りでこちらへと歩いてきていた。
手を貸すかなどと声をかけるのは失礼だろう。この街の誰しもから愛されていることにも思い至らなかった大馬鹿者には、少しぐらい苦労させるべきなのだ。
「やあ、おはよう。自堕落な日々を過ごせているようで何よりだ。知っているかい? レイクランドには温泉があってね……」
水晶公が矢継ぎ早に何か話そうとするのを手で制して、立ち話もなんだからと誘うと、フード越しにも嬉しそうに応じてくれたように思う。
彼の歩調に合わせて腰を落ち着けて、お互いのグラスに注ぎ合った。
「こうして語らうことができるのも、あのアシエンのお陰だっていうのも変な話だな。彼には彼の目論見があったから、私をああして捕らえていたのだろうが……」
水晶公――グ・ラハは、グラスを合わせると、そのままこちらへと寄せた。
察するに、普通の飲食の類を嗜むことはできなくなっているのだろう。言葉にしてしまうのはあまりにも野暮だと思った。
しばらく、無言でグラスを傾ける。
世界が滅ぶ寸前でも酒は造られて飲まれ続けるんだろうし、自分も飲んでいる側な気がした。世界の事情に駆り出され続けられていなければの話ではあるが。
どこぞのドワーフ族のチェーンドリンカーっぷりには到底敵いはしないし、張り合うつもりもないが。
こうした娯楽が消えれば、間もなく人類も滅びるだろう。
逆に言えば、酒を飲むことも滅びに抗う行為と言えるし、酒を飲んで結果他人を張り倒してしまうのも今を生きるものの愚かさの象徴なのかもしれない。
滅びに抗うためにも、酒を一息に飲み干してから、彼の名を呼ぶ。
「グ・ラハ」
名を呼ぶと、彼は驚きのあまりフードが落ち、あの頃と何ら変わらないままの双眸でこちらを見返していた。
「何度も言うようだが、私はもう老人でね。君からそう呼ばれると……。ああ、嬉しいんだよ、そんな表情をしないでくれ。
語り合える時間を持てるというのは良いことだ……。思えば、あの頃には君とこうして語らえる時間なんて得ようがなかったんだ。
陽の落ちた後に、こうしてグラスを傾け、なんてことない時間を過ごす幸福――これは確かに勝ち得たものだろう」
それから暫く、グ・ラハは子供のようにこれまでのことを聞きたがった。
英雄の物語として語り継がれたものと、友人の口から直接伝え聞くのはやはり違うと嬉しそうに話してから、立ち去って行った。
おやすみ、いい夢を。
直接エメトセルクと――ハーデスと相対したときに自分の刃は、遠い昔から継承された軍学の力だった。
ニームという、1500年以上前に栄えたとされる海洋都市を支えた力が現代の自分の力として今ここにある。
橋から出て、適当な丘から夜空を視る。遠い星からの来訪者が今ここにいるきっかけの一つにもなった。
時の翼を広げた機工の神が。古代アラグの遺産が。枝分かれした後にも逞しく根付いた歴史たちを、無価値と断じることが簡単にできたならば。
彼が築き上げては崩した国に本当に何の価値もなかったならば。
あれほど苦しそうにはしていなかっただろうし、自らの真名を明かす敬意を表すこともなかっただろう――結局のところ彼は生真面目で、人が好い男だったのだろう。そう考えつつ、自室の扉を開けた。
不滅だったはずの男が、迎えることのなくなった明日のために、寝所へと入る準備をする。そして、また、夢を見ることだろう。今日ではないかもしれないけれど。いつかまた、過ぎていった人々の夢を見ることだろう。
エーテルに還っていったハーデスと直接話すことはもうないけれど、一方的に託されてしまった彼の荷物はまぁ、背負ってやってもいい気がした。
あれだけ偉そうにこちらを値踏みしていったんだから、値札相応の働きはしてやろうか。
そして明日の朝には、もう居なくなった誰かを少しだけ思い出してから、出会う人々に声をかけるのだ。
おやすみ、ハーデス。