贖罪
スマホの着信音で男は目を覚ました。
横を見ると見知らぬ女性が横たわっている。
男はベッドを抜けると着信履歴を確認した。
山本からの電話だ。
男が掛け直すと山本はすぐに電話に出た。
随分久し振りに電話をする気もする。
取り止めのない話をして電話を切る。
スマホの時計は深夜1時36分をさしていた。
男はベランダに出て煙草に火をつけ、空を見上げる。
そういや、山本ってもう死んでたっけ。
遠くで救急車やパトカーのサイレンが聴こえる。
男は煙草を吹かしながらベランダの下を覗くと数十人の人がこちらを見上げて立っていた。
性別も年齢もバラバラな者たちが無表情で見上げている。
どこかで会ったこともあるような気がするが、気のせいのような気もする。
男はその中の1人に唾を吐き捨てた。
年老いた男の顔に当たるも、微動だにせずこちらを見続けている。
男は薄ら笑いを浮かべると吸っていた煙草を火のついたまま、若い女に投げ捨てた。
煙草は女の顔に当たったが、女もまた無表情で男を見ていた。
男はベランダから室内に入ると、狼のお面を被った男の子と兎のお面を被った女の子がいてこちらを見ていた。
男の子は手に鎌を持っており、アオォーッと狼の鳴き真似をすると、女の子を追いかけ始めた。
男はそのことに興味を示すこともなく、壁のカレンダーに目を向けた。
11月26日に印がついている。
何の日だっただろう。
思い出せないが、とても大事な日だった気がする。
思い出そうとすればする程、頭が痛くなり、男は気分転換にソファに座り、テレビをつけた。
テレビ上の時計が1時36分をさしている。
テレビでは男が逮捕される様子が映っていた。
チャンネルを変えるとまた同じニュースが映し出された。
変えても変えても全く同じニュースをしている。
11月26日、18人の老若男女を殺害した連続殺人犯の2人組を発見。
犯人は車で逃走し、カーチェースの末、壁に突っ込み大破。
運転していた男・山本洋次はその事故で即死。
助手席に乗っていた城崎綾人は警官に向かって発砲しようとした為、射殺。
ニュース画面に犯人の顔が映る。
男は洗面所に行き鏡で自分の顔を確認した。
鏡に映った顔は、先ほど映った城崎の顔だった。
ピンポーン。
不意にチャイムが鳴る。
おい、綾人、迎えに来たぞ。
山本の声だった。
おう、少し待ってくれ。
城崎はベッドに向かう。
ベッドには見知らぬ老婆が横たわっている。
最後に殺した人だ。
ベッド横の引き出しから鎌を取り出すと、城崎は狼面の男の子を探した。
城崎は思い出す。
初めて人を殺したのは、近所の幼馴染だった。
あれは事故だったが、あの時から何かが変わった。
城崎は男の子を見つけるとその首めがけて鎌を振り上げた。
その瞬間、目の前に鎌を振り上げた城崎、さっきまでの自分がいた。
首に違和感を感じた瞬間、視線は空を映した。
怖い。
大地が見える。
痛い。
泣きじゃくる女の子が見える。
寒い。
そして、どんという鈍い衝撃音がした。
泣きじゃくる少女の足。
空。
首のない男の子の体。
真っ赤な地面。
足、空、体、赤、足、青、体、赤。
地面を転がるのを感じる。
怖い、痛い、寒い、苦しい。
誰かの悲鳴が聞こえる。
そして、やがて、世界は真っ赤な闇に包まれた。