Michi
絵から物語を紡ぐ短編集。 姉貴(Claude Heath)との合作です。 続けばいいですね。
「たおわらりいづき」って、知ってるかい。 いやぁ、知らなくてもいい。なんせ覚えにくい名前だ。忘れたって仕方がない。なに、単なる田舎の言い伝えみたいなものなんだけどね。 既視感ってのがあるだろう。今風に言や、デジャヴってやつかい。ここらじゃ、あの奇妙な感覚に遭うと「あれが近い」って言うんだ。 あれっつうのは......ほら、さっき教えたあれだよ。 村民は、あれが近いとなると、すぐに村のお堂の清水で目と背中を清めるんだそうだ。なんでも、それをほっとくとあれに憑かれるとか
「ねぇ、幽霊屋敷の話知ってる?」 そう持ちかけて来たのは、同じクラスの須崎薫だった。私は彼女に眉をひそめながら、リュックをまさぐって弁当を取り出す。 「幽霊屋敷って、あの町外れの?」 「そうそう。そこで人が消えるって話」 「怪談? 知らないなぁ」 薫は私の前の席に座っている友人で、私達は昼休みになると大概こうして話をしていた。 薫は「えっとね」と言って自分の椅子を後ろ向きに返し座り直した。 「あの幽霊屋敷に入った人はみんな、白い男に襲われて誰も帰ってこないっていう話」
父が亡くなったその日、示し合わせたかの様に父の実家から手紙が届いた。内容は概ね、実家に来いというもの。他、父が一族本家の長男だったことや、僕がその跡継ぎとなることなどが連なって書いてあったが、会ったこともない人物からの手紙に、僕は不信感しか持てなかった。だが、父が実家を悪く言っているのは聞いた事が無いし、父が生前に時々「お前も近いうちに連れていかなきゃなぁ」などと言っていたこともあって、僕は父への孝行だと思って行くことにした。 手紙の住所に従って向かった父の実家は、自宅か
一月。庭。寒空の合間を縫って僅かばかり差した日が、レモンの枝葉に影をつける。淡い期待を込めて触れるも、悴んだ指先をほぐしてはくれなかった。ゆっくりと、赤らんだ両手に息を吐く。擦り合わせながら厚手のセーターに押し当てたが、たちまち熱は奪われ、外気はより一層冷たく感じられた。 僕はおもむろに振り返ると、椅子に積み上げた本の一番上を手に取った。無造作に中程を開き、深呼吸。立ち上る気霜を少し目で追い、また息を吸う。澄んだレモンの香りに満たされ、思考もクリアになっていくようだった。