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【ショートショート】笑いを取りたいんです
ある日、ドクターのところにこんな患者が訪れた。
「ドクター、私、芸人をしているんですが、この数年鳴かず飛ばずで。スズメの涙ほどの収入で暮らしているんです。妻子もあるのに、この先どうしたらいいか…」
「それはお気の毒に。しかし、それは私の専門外ですな」
「ドクター、そう言わずに。何かいい方法はないでしょうか。笑いが取れさえすればいいんです」
ドクターは思案の末、こう言った。
「お客さんの笑いが取れればいいんですね。ではお薬を処方しましょう。規定量を守って服用するように。一週間したら様子を見せにきて下さい」
一週間後。
「ドクター、ありがとうございました。薬を飲み始めてから、私が何かひと言喋ると、もうそれだけでお客さんが笑ってくれるんです」
「よかったですね。ではお薬はもう少し続けてみましょう。薬に頼り過ぎず、ご自身の研鑽も忘れずに。今度は二週間後に来て下さい」
それから二週間後。
「ドクター、絶好調で毎日満席ですよ。ありがとうございます。最近では、道を歩いていると、みんなが私を見てお腹を抱えて笑っています。立ってるだけで面白いなんて言ってくれます。まるでミスター・ビーンになったみたい。芸人冥利につきます」
これを聞きながら、実はドクターも大笑いしていた。しかし、なんとか笑いをこらえて言った。
「はっはっは、あなた、薬を多めに飲んだりしてませんか。危険ですから、絶対にやめて下さいよ。ほっほっほ…」
それからひと月ほどして。
「ドクター、どうも最近また落ち目なんですよ。お客さんが笑ってくれないどころか、みんな無表情で。顔が暗いんです。どうしちゃったんでしょうか」
「あなた、あれほど言ったのに薬を飲み過ぎましたね。〈お客さんの笑いが取れて〉しまったんですよ、顔から。あなたの身体から薬が完全に抜けるまで、元には戻りません。それまでは、あなたに顔を向ける人はみんなこんな具合です」
そう言ってドクターは芸人に、能面のような顔を向けた。