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【シリーズストーリー】小説家マドカさん 四たび登場

 この古いアパート「円ハイツ」は親父が残したものだ。昭和55年からここ世田谷区代沢に建っている。両親が亡くなった後は、この近所にあった実家は処分して、私が大家としてこのアパートの101号室に住んでいる。47歳独身。家賃収入と細々と小説を書くことで、何とか暮らしている。ペンネームは本名と同じ、円一也(まどかかずなり)。小学生の時には「ソロバン」とあだ名されていた。なんでだろ?
 
 このアパートには猫が住み着いていて、私はワタナベノボルと呼んでいる。3匹いるので、ワタナベノボル1号、2号、3号だ。しかし3匹はそっくりなので実際のところ区別がつかない。目下、猫たちを題材に小説の執筆を進めている。ワタナベノボル(渡辺昇)というのは、実は村上春樹氏の小説の登場人物および登場猫の名前から取った。同じ名前を持つ彼らは、村上先生の小説の中で失踪するのだが、このアパート「円ハイツ」にワープしてきているーー人間の渡辺昇は猫になり、猫のワタナベノボルは猫のままでーーというやや無理のある設定で私は書いている。そういう訳で猫たちを普段からこのように風変わりな名前で呼んでいる。先日、この3匹が夜になっても帰ってこないことがあってとても心配した。
 朝になって、201号室の荻野君の部屋の押入れで見つかった。荻野君は猫たちが常に神出鬼没で気味が悪いと言っている。確かに神出鬼没だ。

 これに関してはちょっと、いや、凄く気になっていることがある。荻野君の隣の部屋の202号室のことだ。去年、ワタナベノボル1〜3号を見つけたのがここだった。鳴き声がしたので部屋を開けてみたら3匹が部屋の真ん中に鎮座していたのだ。そしてもうひとつ。20年くらい前のことになるが、この部屋に住んでいた男性が失踪し、いまだに行方不明なのだ。名前は奇しくも渡辺昇さんといった。それ以来、202号室は借り手がつかない。

 そんな訳で、猫たちに関して、また202号室とワタナベノボル(渡辺昇)という名に関して、私は現実と虚構の区別がつきにくくなっており、混乱気味だ。先日、深夜に思い立って202号室へ行き、座禅を組んでみた。何か解決のヒントを得られるかもしれないと思ったのだ。解決とまではいかなかったものの、私はあの部屋に何かがうごめく気配を感じた。影のような、圧のような、視線のような、呼気のような何か。やはりそうだ。あの部屋はどこか〈別の世界〉と繋がっているのだ。確信が持てた私は、よし、これで小説を進めよう、と部屋を出た。


 今日、201号室の荻野君が私の部屋へ来た。今月いっぱいで退去すると言っていたが、「訳あってまだ移れないんで、来月も居ていいっすか」とのことである。勿論私としては大歓迎だ。新しい借り手はなかなかつかない。ひと月だって長く住んでもらいたいというのが本心だ。だが何となく荻野君の顔色がさえないのが気になった。
 「どうかしたの?問題でも?」
 「いやあ、実は貯めてた引越し代を友だちに貸してやったら…… そいつばっくれちゃって」
 「それは大変だね。心あたりはないの?」
 「ダメです。電話もラインも繋がらなくて。大学の学生課に聞いても教えてくれないし。ノボルはそんなやつだとは思ってなかったんで、結構ショックですよ」
 「え?今なんて?」
 「結構ショックです」
 「いやいや、その前、お友達の名前」
 「ああ、ノボルって言うんです。ここの猫たちと同じ」
 「まさか苗字はワタナベじゃないだろ?」
 「あれっ?あいつの苗字なんだっけ?そう言えば下の名前しか知らないな〜」
 「君、そんな人にお金貸したの?」
 「あー、えー、まあ……」

 荻野君からお金借りて失踪している友人まで、ワタナベノボルでないことを祈る。ああ、私の頭はそれでなくても混迷を極め、キャパオーバーだ。

( 第5話へつづく)

 

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