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終章 約束の大地

 その島は、かつてこの星で一番高い山だった。惑星改造の作業が始まって三年、最初に島として現われた大地はここだった。その島は約束の大地と名付けられ、ラ・マリーヌとピュールの友好の証とされた。今日はその記念式典の日にあたる。
 「本当にすまなかった。ラム小父さんには謝っても、謝りきれない」
 私は墓前に花を添えると、ジュリヤンを見た。
 「いや、テティスは悪くないよ。小父さんにソルスィエ号で脱出する事を勧めたのは僕だ。それにあれは小父さんの意志でやった事だ」
 ジュリヤンがそう答えると、言葉もなく私は墓を見た。当然、この下に遺体はない。
 「ジュリヤンはあの時、何をしていた?」
 しばらくしてから私が尋ねると、ジュリヤンは答えた。
 「ブランで大公妃と交渉していた。残留した海の民を脱出させるために、公国の飛行船を借りるつもりだった。とてもじゃないが、ソルスィエ号では運び切れないからね」
 あの後、私はブランでジュリヤンと再会した。そこでソルスィエ号の操縦士が誰だったのか初めて知った。ラム小父さんは、ブランを撃たせたくない一心で体当りをしたのだろう。結果として、最悪の事態は回避され、この星は救われた。
 「一番救われたのは私だ。あの時、私は本気でブランを撃つつもりだった」
 ジュリヤンは黙っていた。
 「私はここに立つ資格がない。あるとしたら、謝罪する者としてだけだ」
 「いや、それは違うよ」
 ジュリヤンは私を見た。
 「君だけが責任を感じる必要はない。これは僕にも責任がある事なんだ」
 ジュリヤンは島を見渡した。この島には無名戦士の墓として慰霊碑が作られた。それは彼の粘り強い努力で、ピュールに認めさせた外交努力の結果だ。
 「これは全て僕と君で始めた事なんだ。だけど僕はあの時、あまりに立場が弱かったから、君を助けられなかった。そういう意味では、僕の責任も大きい」
 ジュリヤンは振り返った。
 「だから君一人に大きな責任を負わせて、本当に済まなかったと思っている」
 ジュリヤンの拳は強く握られていた。
 「だけどジュリヤンがいなかったら、多分私は撃っていた」
 そして私はこの星を破滅させただろう。思えば、何か一つでも間違っていれば、私の運命は大きく変わっていただろう。そして全ては、私がこの星に降りた日から始まっている。
 「出会いとは本当に恐ろしい。苦しみに満ちている」
 私は独り空を見上げた。
 「もし最初に事故に会わず、この星に降りなかったら、ジュリヤンにも出会わなかった。そしてこの星に特別な感情も持たずに、この星の侵略に参加していたかもしれない」
 ジュリヤンは黙って私の話を聞いていた。
 「だけど私はジュリヤンと出会えて良かったと思っている」
 私はジュリヤンを見た。
 「もしジュリヤンも、ラム小父さんも、他の人も知らずに、ただこの星を侵略していたかもしれない自分がいたかもしれないと思うと、自分が恐ろしくなる。八年前、私は文字通り、ただの兵器だった。だが今は違う。より人間らしくなったと思う。心を手にしたと思う」
 ジュリヤンは強く頷いた。
 「君は前より優しくなったよ。最初は凄く硬かった。でも悲しんだり、苦しんだりして、僕達と同じ感情を持つようになった。やっぱり君も心を持っていたんだ」
 「心は身体のどこにある?」
 私は八年前と同じ問いを発した。
 「僕と君の話が続く限り、そこにある。僕と君の間にある」
 私は微笑んだかもしれない。
 「あの男がこの島を見たら、何と言うかな?」
 ごつごつした岩塊の島に、ピュールの軍人とラ・マリーヌの旧三ヶ国の要人が集って、そこかしこで談笑している。
 「さあね。でも彼女は祝電を送ってくれた」
 私は大公妃に会って、大公の最期を伝えたかったが、彼女は私と会おうとしなかった。そして私も、無理に彼女と会おうとはしなかった。
 紫の公国滅亡後、紅い帝国の皇帝が公の場に姿を現し、碧い王国の女王と共に、ピュールに無条件降伏をした。その結果、この星の三ヶ国は、独立した都市国家ではなくなり、ピュールの地方自治体になった。
 ジュリヤンは自らの出自を証明して、紅い帝国の紅い皇子になった。だが紅い皇子の仕事とは別に、大きな責任も負うようになった。
 ジュリヤンはこの星の評議会の一員になった。評議会は、旧三ヶ国の要人で占められ、この星の代表を選挙で選出する。代表は、ピュールの総督と交渉する権利を持ち、この星の統治に関して共同の責任を負う。彼は代表ではないが、将来の有力な候補だろう。
 「ところでテティス、あの話の事なんだけど」
 ジュリヤンが気遣わしげに私を見た。
 「ああ、あの話の返事だな」
 三年前、私はジュリヤンにこの星で一緒に暮らそうと告白された。だが当時、傷心で疲労困憊していた私は、返答を保留にして、一度この星から立ち去っている。
 「今回、私はここに残る事になった」
 私がそう言うと、ジュリヤンの顔に喜色が浮んだ。
 「だが誤解するな。これは任務だ。それに惑星警備隊だから、宇宙にいる事が多い。もちろん地上勤務もあるが、そう頻繁に会える訳ではないぞ」
 ジュリヤンはちょっとがっかりしたようだった。
 「私はピュールの軍人だ。自由はない。だがこれでも努力したのだ」
 あの事件の後、私は母星ラケダイモンに召還され、査問を受けた。査問自体は何とかお咎めなしで済んだが、艦隊勤務から外されて、三年間、他所の星の地上勤務に回された。そして今回、ようやく希望の人事が通って、ラ・マリーヌの惑星警備隊に転属できた。
 花形の艦隊勤務に比べれば、大分地味な仕事だが、明らかに閑職の地上勤務よりはましだ。一度問題を起した以上、私は艦隊勤務に戻れないだろう。つまり、出世の道から外れた訳だが、もとよりそんな事は望んでいなかったので、私はそれほど気にしていない。
 「分かっているよ。君が努力家だという事は」
 ジュリヤンは何か言いたげだった。
 「何だ。その眼は?これでも不満があるのか?」
 「いや、あんまり会えないんじゃ、これまでと変わらないかなって」
 「ずっとメールはしていたじゃないか」
 「まぁね」
 「でもこれからはジュリヤンと同じ星にいる」
 私は一度空を見上げた。そして再びジュリヤンを見た。
 「だから会おうと思えば、いつでも会える距離だ」
 私達二人は自然に向き合った。
 「それからジュリヤン。言っておかねばならない事がある。もしかしたらもう知っているかもしれないが、ピュールの生体兵器は、ホモ・サピエンスと種が違う。私達は一世代限りで、子供も作れない。だから一緒に暮らしても、期待した通りの生活になるとは限らない」
 ジュリヤンは頷いた。
 「でも僕は君と一緒にいたいんだ。もう離れたくない」
 私は思わず顔を赤くした。 
 「私は自分に自信がない。私のどこがいいのだ?」
 するとジュリヤンは酷く驚いた顔をした。
 「何だ。その顔は?」
 「君はとても綺麗だよ」
 私は戸惑った。今さらおだてられても困る。
 「他のピュールの人も見たけれど、やっぱり君は全然違う」
 ジュリヤンは私をまじまじと見た。
 「それにしても、君は出会った時から全然変わらないね。もしかして年を取らないの?」
 生体兵器は、老ける事がない。その代わり、人間より寿命が短い。
 「成長期を過ぎると、外見上、死ぬまで容貌に変化はない。そういう意味では、年を取らない。だが内面の変化はある。年を取れば、相応の考え方が身につく」
 私がそう答えると、ジュリヤンは神妙に頷いた。
 「なるほど、でも不老だからと言って、不死ではないんだよね?」
 当然だ。
 「もしかして、人間より寿命が短いとか?」
 そうだ。私はジュリヤンより先に死ぬ。だがそれは仕方のない事だ。早くてあと二十年、遅くてもあと二十五年程度の寿命しか残っていない。でもそれで十分だ。私は今、ちょっと幸せだし、彼との平穏な生活を過ごすには多過ぎる時間だ。どう使って過ごそうか。
 あるいは、彼との冒険は、まだ終わっていないかもしれない。もしかしたら、私の寿命より先に、私が死ぬような結末が待っているかもしれない。その時はその時だが、ジュリヤンだけは生かしたい。これは私の願いだ。戦いの中で、二人一緒に死ぬなんて御免だ。
 「寿命なんか気にしても仕方ない。それにジュリヤンと一緒にいると、命が幾つあっても足りないからな」
 私がそう答えると、ジュリヤンは笑った。
 「それは酷いな。僕だって、テティスのせいで何度も寿命が縮む思いをした」
 「お互い寿命を使い果たしたな」
 「これじゃあ、一緒に暮らせないね」
 私達は一緒に笑った。
 「これからもよろしく」
 ジュリヤンがそう言うと、私も頷いて答えた。
 「こちらこそよろしく」
 そこで私達二人が、握手を交わすと、自然と周りから拍手が起きた。別に個人的な念話を聞かれた訳でもないだろうが、ピュールの生体兵器とラ・マリーヌの人間の握手は、周りの人達に、友好の象徴だと思われたのかもしれない。
 こうして私は、小さな幸せと幾ばくかの平穏を得た。それはジュリヤンとの思い出と、これからの生活だが、将来の事は私にも分からない。なぜならば、それはたった今、私達二人でこの星から始めた事だからだ。

                               終わり

『空と海の狭間で』1/10話 テティスへの手紙

『大和の心、沖縄特攻』 軍艦神社物語1/3話


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