恋の呪い
その女子高生は恋をしていた。お相手は高校教師だ。
若くてイケメンで、誠実そうな顔をしている。
いつも英語の授業は上の空だった。妄想が広がる。
年上に弱かったかもしれない。どうしてもあの人が欲しい。
だがライバルは多く、他の子たちも先生を狙っていた。負けたくない。
まだ特定の子と仲良くしている風には見えなかった。チャンスはある。
その日の放課後、別のクラスの子が、先生にアタックした。
全くノーマークだった。誰だ?
その女子高生は廊下の物陰から、様子を伺った。
「……先生、どうか受け取って下さい。ここに私の気持ちが書いてあります」
その女子生徒は、薄いピンク色の便箋で書いた手紙を先生に渡していた。
「うん。分かった。読んでおくよ」
その女子生徒の眼差しに、胸がざわついた。許せない。
顔は見た。今なら相手を特定できる。
スマホで学年の顔写真を回した。あった。こいつだ。
友達に連絡して、速攻で妨害に入った。これは牽制球だ。
学校裏サイトでも噂を流して、追及の手を緩めない。
先生に告白しているところを目撃したと言いふらした。呪いだ。
たちまち騒ぎになって抜け駆けは許さないという声も上がった。反響だ。
その女子生徒のSNSアカウントのコメ欄が荒らされた。炎上だ。
やった。足止め成功だ。これで当面動けない筈。
だがその女子生徒は諦めず、手紙の返事を先生から聞こうとしていた。
不味い。どちらに転ぶにせよ、先に動かないといけない。
その女子高生は考えた。私にも権利はある。あの先生を取られてはならない。
放課後、学校の駐車場で先生を待ち構えた。網を張った。
果たして先生はやって来た。車に乗ろうとする。
だがその女子高生が急に現れて、涙目で一芝居を打った。
「……先生、お願い私の話を聞いて」
その英語教師は驚いたが、とりあえず、話を聞こうとした。
「近くにファミレスがある。そこでいいか?」
車で移動した。助手席で地図を検索し、その女子高生は覚悟を決めた。
それからファミレスで、その女子高生は、先生に身の上話をした。
父親から暴行を受けていると言った。無論、嘘だ。
性的なニュアンスさえ漂わせる事も忘れない。
その英語教師は驚いていた。実の父親がそんな事をするのかと。
帰りの車の中で、女子高生はウソ泣きをして、車を止めさせた。
「……先生、奪われる前に、私の初めてを奪って欲しい」
女子高生は思い切って勝負に出た。乗るか、反るか。
高校教師は動いた。かかった。釣れた。
だが女子高生は汗った。予定ではホテルの筈だった。
車の中は想定していない。口づけを交わし、手が伸びて来た。
えぇい、ままよ。そのまま強行した。
それから二人は車の中で、夜を過ごした。
朝になる前に、先生は女子高生を家に帰した。
無論、家には無断外泊にならないように手は回してある。
持つべきは友だ。それにしても、ちょっと歩きづらい。
だが家に帰ると、なぜか父親が怖い顔をして立っていた。
「……どこに行っていた?」
「友達の家よ。連絡したでしょう?」
「……誰だ。確認する」
父親の顔が鬼に見えた。とりあえず、名前を告げる。
翌日、学校で英語教師に会うと、彼は恥ずかしそうにしていた。
やった。これだ。この瞬間がたまらない。勝利感に酔いしれた。
だがこの時、彼女を見つめる女子生徒の眼差しには気付かなかった。
それからも先生と何度か会い、念願のホテルにも行った。
二人は高校卒業後、結婚する事で将来を誓った。
当然、それは硬く口止めはされた。まだ高校生だったからだ。
だがそれは、よくあるピロートークだったかもしれない。
帰り道、ラーメン屋に寄った。家系の濃い奴だ。
女子高生は子供の頃から、ラーメンが苦手だった。嫌いと言ってもいい。
半分も食べないで残したのは内緒だ。反対に先生はよく食べていた。
替え玉まで頼んでいる。女子高生は内心呆れた。
帰る時、彼は肩を組みたがり、彼女の右肩に手を置いた。
彼はよく右肩に手を置く。癖だ。
女子高生はそれがちょっとだけ、嫌だった。
笑顔で別れた。それが彼を見た最後の姿だった。
それはふとした弾みだったかもしれない。
その女子高生は、友達に英語教師との関係を喋ってしまった。
女子高生は幸せだったから、ちょっとお裾分けしたかったのだ。
友達は周りに喋った。特に口止めされていなかったからだ。
それからが早かった。恐らく誰かにマークされていたに違いない。
高校教師は教員活動を停止され、女子高生も謹慎処分になった。
学校中、大騒ぎになっていた。女子高生は両親から怒られた。
英語教師は退職となり、それからどうなったのか聞いていない。
情報は完全に遮断された。だが女子高生は何とか高校を卒業できた。
世間ではあの英語教師が悪いとされ、女子高生は被害者とされた。
親、学校、友達、みんながそう言っていた。女子高生は考えた。
そうだ。世間は正しい。自分は悪くない。被害者だ。悪いのはあの教師だ。
その恋は、最初はただの想いだったかも知れない。だがいつしか呪いに転化していた。
大学に進学する頃、急に両親から何も言われなくなった。理由は分からない。
だからキャンパスでは思い切り、開放感を味わった。高校の事は忘れた。
三年の時、一コ上の先輩と恋に落ちた。これは本物だった。運命を感じた。
彼が卒業するまでの一年間、彼女の人生の中で、一番輝いていたかもしれない。
だが彼女が初めてでなかった事に、この先輩は引っかかっていたようだった。
二年後、二人は別々の会社に就職したが、交際は続いていた。
だがこの会社で、彼女は30代の上長と恋に落ちた。
当然、関係を作り、大学で一コ上の先輩と疎遠になった。
彼女は悩んだ。これは人生の選択肢、オルタネィティブだ。
将来性では、一コ上の先輩も負けないかもしれないが、今は輝いているのは彼だ。
彼女は30代の上長を選んだ。現実的にも今収入は圧倒的に上だ。
年齢的に焦る年でもないが、彼女は自分からアタックした。性格だ。
例によって、地下の駐車場で待ち構えて、網を張った。クモだ。
駐車場で、二人が話している途中、突如、右肩に激しい痛みが走った。
彼女はその場でダウンした。あまりの痛みに気絶したらしい。
病院で目を覚ました。意味が分からない。
それから、この30代の上長とは、疎遠になってしまった。
倒れた時の様子が余程、酷かったのか。
彼女は諦めた。まだ一コ上の先輩がいる。彼はいい人だ。
今度は時間を掛けて、関係の修復に走った。
時は巡り、絶好のチャンスが再び訪れた。
「……お願い、私の側にいて。離れないで欲しいの」
なぜか彼は逡巡していた。おかしい。視線が右肩に振れた。
次の瞬間、またもや右肩に激痛が走った。意味が分からない。
ここで倒れる訳にはいかない。彼女は何か言った。
だがそれは呪いの言葉だったかもしれない。記憶はそこで途絶えた。
目を覚ますと、また病院のベッドの上だった。
意味が分からない。どう考えても、これはおかしい。
それから会社を辞めた。運命の彼とも別れた。両親は心配した。
なぜか家系ラーメンばかり喰らっていた。美味しく感じる。なぜだ?
その日、彼女は足早に街を歩いていた。髪も整えず、化粧さえしていない。
「もし、そこの人、ちょっと占っていきませんか」
クレープ屋さんだった。TOYOTAのバンもある。白衣を着た金髪碧眼の美少女がいた。
なぜか逆らい難い力を感じて、彼女は座った。鎌苅雫の立札がある。
「う~ん。これは呪われていますね。ズバリ恋の呪いですね」
彼女は首を傾げた。科学万能の世の中で呪いだって?現実はホラーじゃない。
「右肩が痛くないですか?」
彼女は反応した。右肩が重いし、酷く痛い。殺意さえ感じる。
「誰かに恨まれていませんか?誰か忘れていませんか?」
何だこのクレープ屋は?殺すぞ。一瞬、ドクロが見えた。眼をこする。
「とりあえず、これでも食べて、気を落ち着けて下さい」
白衣を着た金髪碧眼の美少女は、イチゴのクレープをそっと出した。
美味しかった。意味が分からない。彼女は足早に立ち去った。
近くのホームセンターで包丁を買った。
殺してやる!もう全てダメになった。誰でもいいから刺してやる!
この右肩の痛みと共に、世界なんて消えてなくなれ!
ちょうど、コンビニの駐車場を歩いている若い女がいた。
タマゴとラムレーズンが入った白いビニール袋を下げている。幸せそうだ。
目が合う。その若い女は苦笑いした。何だ?馬鹿にしているのか?
腹が立ったので、彼女は包丁を抜くと、胸が大きい若い女の左脇を狙って刺した。
次の瞬間、世界は真っ赤に染まり、彼女の精神は粉々に砕け散った。
「あーあ、やっぱり手遅れでしたか。クレープあげたのに……」
鎌を立て、黒衣を着た死神美少女が、後ろに立っていた。
『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』エピソード43