その悪魔営業は言った。「科学に従え、法律に従え、お金に従え」
父親が選挙に当選した。全国的に報道されている。
自室でスマホの記事を読んでいると、不意に電話が掛かって来た。
「……もしもし?」
「あ、俺俺俺。オレオレ詐欺?」
思わず出てしまったが、スマホを離して、画面を見る。非通知設定だ。
「悪魔営業、地獄ホストさんですね……」
声で分かった。白猫のルルが耳をピクッと動かす。起き上がって、こちらを見た。
「……やぁ、初号機。いや、今はマドカと言うべきかな?」
その魔法少女は顔を顰めた。白猫のルルを見ると、器用に前足でノートPCを開いていた。
「何の用ですか?」
「……いや、今そっちにある四号機を回収したくてね」
ビーさんの遺体は今病院にある。警察に引き渡す予定だ。
「渡さないよ。ビーさんは、お母さんの許(もと)に帰すから」
「……鑑識とか困るんだよね。これから回収に行くから、妨害しないで欲しい」
悪魔営業は言った。白猫のルルがPCを立ち上げる。
「そんな話を聞いて、はい、そうですかと、素直に返す訳ないじゃん」
マドカはスマホをオンフックにすると、マウスでオンラインツールを立ち上げる。
「……余計な事をしなければいいけど、多分面倒事になるよ」
淫魔サキュバスは死んでも、ただの遺体ではないという事か。
「そんな事、マリーさんに言ってよ。私は知らないから」
「……こっちに任せれば、始末しておく。そっちの手間も省ける。問題ないだろう?」
「問題ありよ。そんな事はさせないから」
PC画面の向こう側に、ヘッドホン姿のマリー・マドレーヌが映っていた。
「……あれ?今そっちにマグダラのマリアがいるのか?」
悪魔営業は不思議そうに言った。
「そうよ。オンラインだけど、今呼んだんだから」
マドカは言った。鼻息が荒い。白猫のルルもうんうんと頷いている。
「じゃあ、話は聞いただろう。四号機の回収をさせてくれ」
「……どうしても回収したかったら、力ずくで来る事ね」
マリー・マドレーヌがそう言うと、悪魔営業は嘆息した。
「やれやれ、伝説の聖女様のお言葉とは思えないね」
オンフックにしたスマホをマドカは机に置いた。白猫のルルは香箱座りをする。
「弐号機は君たちにコテンパンにやられたから、暫く使い物にならないし……」
結局、弐号機はエナジー切れで敗退した。どうやら稼働時間に、問題がありそうだった。
「……前から気になっていたのだけど、あなたたちは一体何をやっているの?」
マドカは尋ねた。通話口の向こう側で、悪魔営業が微笑んだ気がした。
「営利活動だよ。組織だからな。存続と拡大。要するに営業活動だ」
「……いや、そんな事を訊いているんじゃなくて、もっと根本的な……」
マドカがもどかしそうに言うと、マリー・マドレーヌが割り込んだ。
「リセット・ザ・ワールド」
「……おや、ウチが流しているキャッチフレーズを知っているんだね」
「FTSは知っている。あなたたちの表の顔の一つね」
マリー・マドレーヌが指摘した。最近、ネットでそういう言葉はよく見かける。
FTSはNGOで、Follow the science(科学に従え)という意味がある。
「ウチの副司令が始めた遊びだよ。ま、グローバリスト向けの団体だね」
「……あなたはそうではないと?偵察総局とつるんで何をやっているの?」
マリー・マドレーヌが尋ねると、その悪魔営業は微笑んだ。
「大陸向けの営業活動をやっている」
「……人类〇运共〇体(レンレイミンユンゴントンギー)」
「流石、伝説の聖女。何でもお見通しだね――」
マドカは二人が一体何の話をしているのかよく分からなかった。だから雰囲気だけ味わう。
「――大陸で構築されつつある人類皇帝による人〇運命〇同体に参加するか、世界中にいるグローバリストたちが構想し、結集する地〇連邦政〇に参加するか、今悩んでいる」
「人類〇命共〇体?地球〇邦〇府?」
マドカが割って入った。ここだけ質問させて欲しい。キーワードっぽい。
「この星を二分する二大勢力さ。この星を悪で染め上げる。目指す処は善悪の転倒さ」
沈黙が訪れた。何だ?それは?全く知らない。深夜アニメか?
「東洋文明は人類皇帝による人〇運命共同〇を目指し、西洋文明は管理AIによる〇球連邦政〇を目指している。どっちもgo to hellさ。最高のエンタメだね。このビックウェーブに乗らない訳がない。日本はホント遅れているから、今ウチが頑張っている訳さ」
何だ?この話は?初めて聞いた。SFか?陰謀論か?
「これでもウチは、悪のフリーランスを謳っている」
悪魔営業は続けた。
「今はまだ小さいけど、この六本木から、第三勢力を目指す。だけど差し当たりは、どちらにも顔向けしないといけないんでね。だから今、どっちにつこうか悩んでいる」
「それでFollow the scienceとか、リセット・ザ・ワールドとか言っているのね」
マリー・マドレーヌがそう答えると、マドカは尋ねた。
「……人類皇帝って誰よ?」
「大陸にいる党中央さ。おっと、これ以上は言えないかな?」
「……管理AIって何よ?」
「ジョージ・オーウェルの『1984年』(注37)に出て来るBig Brotherみたいなものだよ。今、一生懸命、量子コンピューターを作って、グローバリストたちはAIの完成を急いでいる」
よく分からない話だった。ホントにそんな人たち、そんな世界があるのか?
「ま、ウチは悪の下請けで、出入り業者という訳さ」
「……それが何で淫魔サキュバスの量産な訳?」
マドカは訊きたい事を訊いた。
「金か女を渡すのは基本だからね。お金は渡したら、帰って来ないけど、女は一晩で帰って来るしね。淫魔サキュバスなら、相手に工作もできる。一石二鳥さ」
ハニートラップの類らしい。議員の皆さんがよく引っ掛かる手だ。
「……でも悪い事をしたら、いつか捕まるんじゃないの?」
マドカが尋ねると、悪魔営業は答えた。
「大丈夫さ。政府とか役人を抱き込んでいる。友達も沢山いる」
政府にも浸透しているようだ。当然、偵察総局や特警も味方なのだろう。
「……東京都知事と会うのはなぜ?」
マリー・マドレーヌが尋ねた。今の東京都知事は、反大陸主義者の立場だ。
「ああ、彼はグローバリストだけど、警察を動かせるからね。キーマンだよ」
東京都知事が都内の警察の指揮権を握っている。当然、SATの指揮権も持っている。
「……政府系組織は全部押さえている?」
マリー・マドレーヌがそう言うと、悪魔営業も言った。
「全部ではないけど、与党系は押さえたかな?ああ、そう言えば、おめでとう。君のお父さん、見事当選したね。与党筋に頼まれたから、こっちも一肌脱いだよ」
マドカは沈黙した。
「選挙の不正、あなたが仕組んだの?」
マリー・マドレーヌが尋ねると、悪魔営業は答えた。
「今回は暴く方だね。やったのは野党系で、この国のグローバリストたちだよ」
ややこしい。勢力地図が込み入っている。
「とにかく、政府側につくのが得策さ。国民の皆さんも従ってくれる」
伝説の聖女も魔法少女も沈黙した。
「政府が言う事なら、何でも聞いてくれる、民度の高い国民で助かるよ」
高い税金を払いながら、富の再分配目当てで動く国民。ゆりかごから墓場までだ。
「あなた、役人でも議員でもないでしょう」
「政府関係者さ。省庁に出入りしている。政府の指示にも従っている。法律にも違反していない。彼らの御用聞きだよ。何の問題があるんだい?もっと政府を大きくするよ」
マリー・マドレーヌは「質(たち)が悪いわね」という顔をしていた。
「我々は現代の悪魔だ。だから現代のルールをよ~く知っている」
伝説の聖女も魔法少女も沈黙した。そしてその悪魔営業は言った。
「科学に従え、法律に従え、お金に従えさ。つまり、政府に従えだよ。何も間違っていない」
「……でもそれは善行ではない。神様の話が完全に抜け落ちている」
マリー・マドレーヌは指摘した。
「でもどこの国の政府も皆そう言っているよ?違うかい?」
「……グローバリズムね」
「単純にイコールではないけど、最終的にはそうなるのかな?大体、世界政府を作るという話に落ち着くからね。AI管理による〇球連邦政〇さ。ユートピア社会の到来だよ」
「それはディストピア社会よ。機械やカメラに監視されて自由も平等も何もない」
「……人類総家畜化計画だよね。ま、ウチの淫魔サキュバスはその走りだけど」
「一つ訊いていい?何でサキュバスにこだわる訳?」
マドカは悪魔営業に尋ねた。
「嫌になったら、皆セ〇スクするじゃない?これでも安らぎを提供しているのさ」
伝説の聖女も魔法少女も沈黙した。アホらしい。
「ま、とりあえず、地政学的に言って、今は大陸主義者にならざるを得ないと思っている」
「……人類皇帝は史上最悪の人物よ。過去のあらゆる独裁者を凌駕している」
「それはそうだね。でももう黄色い椅子に座って、黄色い茶器でお茶を飲んでいるけど」
黄色い椅子?黄色い茶器?天子の象徴かな?マドカが首を傾げると、悪魔営業は言った。
「昔の夢を見る限り、君のお父さんも凄いけど、今はまだ小さい。最終的にどうなるのか、分からないけど、手を回して応援しようかと思っている。少なくとも与党から言われる限り」
伝説の聖女も魔法少女も沈黙した。
「最初の話に戻るけど、四号機の回収はダメ?」
「……ダメ」
マドカがそう答えると、悪魔営業はガックリした。
「そうか。じゃあ、今回は諦めるよ。またね……」
注37 『1984年』ジョージ・オーウェル 1949年 イギリス ディストピア社会を描く
『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』エピソード69