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AI部長の恐怖

 その会社の営業部は、伸び悩んでいた。IT会社で、客先常駐と持ち帰り案件をやっている。自社開発でサービスや製品も出していたが、その売上は微々たるものだ。主力はITエンジニアの派遣だ。有期雇用の契約社員が多かったりする。稼働しているBPも多い。
 それだけであれば、よくあるブローカー的な中間会社だったかもしれない。大手SIerの下にぶら下がって、甘くもない汁を吸っている。だが人数だけは膨れ上がり、売上は伸びていた。だが辞める社員も多く、採用費がかかり、利益が削れていた。そこに天啓が訪れた。
 AI部長だ。大陸のオフショア会社から逆提案があった。営業部の売上を押し上げる効果があるので、ぜひ導入して欲しいと経営層に打診があった。経営層は何度か大陸とオンライン会議を開き、何度か社内会議を開いた後、このAI部長を導入する事を決定した。
 AI部長のミソは、その会社にいる本物の部長さんをコピーする処にある。つまり、そっくりさんを立てて、本物の代わりに、部下に怒ったり、指示したりする。これを繰り返して、売上を叩いて伸ばし、部長さん本人のストレスをフリーにするという画期的なものだった。
 流石にロボットを作る訳にはいかないが、このAI部長は、電話・メール・オンライン会議ができる。文章生成はChat GPT、画像生成はDALL・E2、音声認識はWhisper、3Dモデル生成はPoint Eなど、最新の生成系AIを結集して作る。業務特化型統合AIモデルだ。
 特化型の生成AIを集めて、オンライン上、仮想AI部長を演じさせる。今回このAI部長は、営業部の部長なので、会社の売上を上げる目標がある。だから売上を上げるという結論だけは決まっている。そのため、カーネルとして、論理プログラミングも導入されている。
 論理プログラミングは、宣言型人工言語と言われる。それに対して、JavaやCは、命令型人工言語で、動作の順番が書かれて、分岐している。だが論理プログラミングは異なり、結論だけ決まっていて、AI等ツールを活用して、自分で結論に辿り着く方法を見つけて、実行する。
 運用方法としては、生身の営業部長本人とAIの営業部長を織り交ぜて、交互に使う。対面では彼が出るしかないが、オンライン会議や電話・メールの大半は、AI部長が引き受ける。たまに本物も交えるので、部下たちに緊張感を与える。無論、まず見抜けない出来にもなっている。
 NPCも登場する。このAI部長が厳し過ぎる場合、監督AIが緩衝材として、NPCを両者の間に入れて、営業部の人間をサポートしフォローする。一種の回復役、ヒーラーだ。社内に実在する若い女性の姿をしている。AI部長の臨時秘書という立場で登場する。
 営業部には、AI部長が導入された事は知らされていた。だがかかってくる電話や、飛んで来るメール、開かれるオンライン会議が、本物の部長か偽物の部長か、区別が付かなくて、これまで通り対応をせざるを得なかった。本人からの指示と受け取って、対応するしかない。
 営業部の人間は、戦々恐々と言った感じで、これまで通り、業務を続けた。因みにこの会社では、営業成績が三ヶ月連続、契約数ゼロだと、会社から契約が更新されず、契約満了となる。自動的に会社の外に出る仕組みだ。毎月、誰か消えるが、すぐに補充される。
 営業部で無期雇用、正社員は少ない。管理職か、よほど優秀な者でないとなれない。典型的なブラック会社だったが、ブラックはブラックなりに、有能な人間が集まっている。営業部は人外魔境の巣窟で、ITであってITでない。どう見ても、天狗・仙人・妖怪の類がいた。
 ここに、営業成績1位の男がいた。微笑みを浮かべて、ドリップ・コーヒーを飲んでいる。彼は万年1位で、常にトップだった。それはこの状況下でも変わらない。元々AI部長は、営業成績下位者向けに作られている。彼に関係ないと言えば、関係なかった。
 だが彼以外の営業部の人間は、苦しんでいた。元々、夜中の2時でも、平気で電話を掛けてくるような営業部長が、AI化して襲い掛かってくるのである。時々本人も混ざっているので、始末に負えない。ストレスが増して、退職者が増大した。会社の採用費が嵩んだ。
 「マジ、電話多過ぎ。一体誰だよこんなクソみたいなシステム考えた奴」
 その若手営業マンが、出先の喫茶店でそう言うと、営業部の若い女性も頬を膨らませた。
 「……ホント、嫌になっちゃう。そろそろ転職しようかな?」
 「悪魔さんは、大丈夫なんですか?」
 若手営業マンが、営業成績1位の男に尋ねた。
 「……ああ、大丈夫だ。問題ない」
 彼は、AIからかかって来る電話には出なかった。営業部長本人の電話には出るが。
 「会社番号からもかかってくるけど、部長の番号からもかかってくるし、マジ止めて欲しい」
 若手営業マンは、全く区別が付かないため、全部応対せざるを得ないと言っている。元々、ボットみたいな部長だ。AI化しても大して変わらない。元の人格に問題があった。
 「……このメールの数も何なの?凄く指示が細かくて、嫌になるんだけど?」
 営業部の若い女性は、スマホで会社のメールを見ていた。元々、メール魔だったので、区別が付かない。微妙な言い回しで、見抜けないか考えるが、考えるだけ時間の無駄だった。
 「そもそも法的にどうなんだ?システムの指示に従って、俺たち働いているんだぞ?」
 だが会社はシステムで出来ている。それがAI化しただけの話だ。問題ない。
 「……人権侵害じゃないかしら。こんなの。幾ら何でもやり過ぎよ」
 だがこの二人も、システムを構築するエンジニアを、客先に送り込んでいる。社会のDX化だ。この流れは加速する。止まらない。人類総家畜化ディストピア社会はもう目の前だ。
 「あ、でもキョウコさん良かったな。ナイス・フォローだよ。でもアレ本物かな?」
 若手営業マンが、うっとりとした様子でそう言うと、営業部の若い女性はジト目で言った。
 「……NPCじゃないの。そのうち、私のモデルも作られて、営業し始めるかもよ」
 「あ、それいいね。肖像権とか著作権だけ会社に貸して、ウチら金取るの」
 「……でもそれだと、人間要らなくない?」
 「リアルワールドは対面だろ。そこだけ俺たち人間の出番だよな」
 不意に、営業成績1位の男のスマホに着信が入った。彼はコーヒーを飲み続ける。テーブルに置いてあったので、番号が見えた。部長からだ。若手営業マンが、不思議そうに言った。
 「出なくていいんですか?」
 「……ああ、大丈夫だ。問題ない」
 営業成績1位の男はそう言った。そして数分後、先にスマホを取ると、その直後すぐに着信が入って、彼は誰かと話し始めた。話し終わって、電話を切る。若手営業マンが尋ねた。
 「部長すか?」
 「……いや、キョウコさんだ。勤務表の件だ。控除が発生している」
 営業部の若い二人は、顔を見合わせた。明らかに今、着信より先に電話を取っている。
 「相手、分かるんすか?」
 若手営業マンが、不思議そうに尋ねると、営業成績1位の男は微笑んだ。
 「……まぁな。長年のカンかな」
 彼には秘密があった。掛かってくる電話が人間の場合、電話に出る前に相手が誰だか分かる。先に相手の念をキャッチしてから、電話を取るため、ほぼ同時に電話を取れる。テレパシーだ。だがAIが電話をかけた場合、彼は念をキャッチしないため、電話に出ない。それだけだ。
 その後、定時のオンラインミーティングの時間になった。貸し会議室に移動する。
 「○○!今月どうした!先月の勢いはどこに行った?」
 営業部長は、今日も元気にオンラインミーティングで吠えていた。週三回午前中にやる。
 「〇〇!今月はあと一歩だ。お前はいつもツメが足りない。もっとツメを研げ!」
 昭和な部長だった。対面で怒鳴る時は、密室だが、扉は少し開けておく。コンプラだ。
 営業部の人たちは、これがAIなのか、本人なのか、考える事を止めていた。どっちにしても、昭和部長はボットなので、言う事は変わらない。なら、いつもと変わらない。
 だがある時、オンラインミーティング中、部長本人が会社の廊下を歩いている姿を見た者がいた。無論、何か変わる訳でもない。会議は会議。本人は本人。システムはシステムだ。全てルール化されている。何も問題はない。ちゃんと回復役だって付いているのだ。続行する。
 「……部長、人の身体的特徴に触れるのはNGですよ」
 キョウコさんが横から指摘した。部長は頭を掻いた。
 「おお、そうだったか。ツメというのは、あくまでたとえだったんだがな」
 微妙にズレた会話をしていた。だが本人たちも、いつもこれくらいの会話はしている。
 本当に、クソみたいなシステムだった。誰が考えたのか。大陸のオフショア会社だ。だが恐らく、大元は共産党だろう。実証済みなのだ。だから提案した。この種の考え方は、西側よりも進んでいる。規制がないためだ。唯物論に人権はない。統治システムがあるだけだ。
 「……部長、10年後、当社はどうなるんですか?」
 若手営業マンが発言すると、営業部長はうん?という顔をした後、いつもの長広舌をした。
 「~前略~世界に冠たる我が社は、シェア率堂々の一位を獲得し、全国・全世界に我が社のサービスを展開する。その頃には自社開発の製品も完成し、販売も普及する。~中略~そしてグループ会社を結集し、ホールディングスして上場する。ユニコーン企業だ~後略~」
 長かった。何文字くらい喋ったか。5,000字以上?
 「……部長、10年後、当社はどうなるんですか?」
 営業成績1位の男が発言すると、営業部長はうん?という顔をした後、また長広舌をした。
 「~前略~技術力が高い我が社は、少数精鋭でPJに取り組む。最小限の時間投資で、最大限の成果を引き出す。そのためのデータ・サイエンスだ。~中略~そして将来的にはラボを建設し、量子コンピューターとAIを組み合わせた何でもソリューションセンターを作る~後略~」
 あ、という雰囲気が流れた。これはAIだ。Chat GPTの特徴が出ている。だが、ミーティングは続行された。会社のルールだからだ。教育用の動画を見るのと変わらない。多少、インタラクティブなだけだ。紙芝居に参加するようなものだ。怖気が走る。AI部長の恐怖だ。
 AIの問題点はバレる事ではない。ルールとして運用される事だ。性能はクソでもよい。人間は慣れてしまえば、ルールとしてのAIを受け入れるだろう。さらに高度化すれば、初期に起こる、このような間抜けな仕様も改善される。問題はその後だ。どのような社会が到来するのか。
 「……いや~悪魔さん。あのAI部長、見事に馬脚を露わしましたね」
 若手営業マンがミーティング終了後、そう声を掛けてきた。営業成績1位の男は、静かに微笑んでいる。営業部の若い女性は尋ねた。
 「知っていたんですか?」
 「……ああ、知っていた。今に別の問題も起きるさ。まぁ、よく見ていろ」
 その日の午後、総務部に電話が掛かってきた。キョウコさんが電話を取る。社長からだ。
 「今から言う口座に5,000万移しておいて」
 キョウコさんは社長の指示を実行した。翌日、事務所に社長が顔を出した。
 「……あ、社長、昨日言われた口座にお金移しておきましたよ」
 キョウコさんがそう言うと、社長は何の事か分からないという顔をした。
 「……昨日、電話したじゃないですか」
 「俺は電話を掛けていない。そいつは誰だ?」
 キョウコさんはさーっと顔を青ざめた。それから慌てて調べたが、あとの祭りだった。お金は振り込み済みで、銀行や警察にもどうにもならなかった。だが声は確かに社長の声だったと彼女は主張した。録音を再生する。音紋は一致した。だが社長はそんな指示を出していない。
 AI詐欺だった。導入したAI部長を使って、密かに社長のモデルも構築した。会社は気が付いていない。AIは、人類社会に仕掛けられた究極のトロイの木馬だった。
 
         『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』エピソード103

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