スカートめくりのケンちゃんが、聖母マリア幼稚園に送られた理由
その小学校、3-Bの教室は、カオス状態に陥っていた。
原因はスカートめくりのケンちゃんだ。
元気いっぱいの9歳の男の子で、クラス一番のアホだ。
クラスの女の子たちは、たちまちスカートをめくられる。
放課後、お掃除の時間が始まるといつもこうなる。
ケンちゃんが暴れ始めると、他の男の子たちも加わり、追いかけっこが始まる。
動きが鈍い女の子は、何度もスカートをめくられて泣いてしまう。
だが逃げ回る女子も歓声を上げていた。楽しい?
お互いどこまで意味が分かってやっているのか、定かではないが、性差を明確に意識し始めた瞬間とも言えた。幼獣のじゃれ合いのようにも見える。
実は9歳から10歳の女子は、身体能力が男子とほぼ同等で、11歳で一時的だが、身体能力で男子を上回る事がある。平均的にもそうだが、突出した子だと男子を圧倒する事もある。
だがこの年頃が、男女ほぼ互角で、本気の追いかけっこが楽しめる。
男の子が女の子を追い掛ける。
これほど原始的で、これほど面白い遊びは、他にないのかもしれない。
基本的に、人間の社会構造も、ここを意識して作られている。
性差を意識した時点で、明らかに別の意図も入ってくるが、まだ犯罪的ではない?
笑って許される可能性もあったが、そうでない場合も在り得た。
そういう微妙なラインを行き来している。あとは社会の問題、学校の問題だ。
当然、担任の先生は困っていた。教育を預かる聖職者として看過できない。
「こら!ケンちゃん!」
その若い女教師は、ケンちゃんを捕まえようとしたが、逃げられてしまった。しかもあろう事か、すれ違いざまに、先生のスカートさえめくってみせた。桜色の花柄が見える。
「やーい!ピンク!」
クソ餓鬼だった。次やったら殺す。
「ケンちゃん!待ちなさい!」
若い女教師は追い掛けたが、ケンちゃんは、前傾姿勢で両腕を後方に伸ばす所謂、忍者走りをしながら、行き掛けの駄賃で、クラスの女子のスカートを次々とめくって行った。
「青!白!ピンク!黒!」
戦果報告が上り、クラスの他の男子も盛り上がる。放課後は狩りの時間だ!
突然、大男の拳骨が、ガツンとケンちゃんの頭上に落ちた。
「痛って~!何だよ?」
隣のクラスの体育教師だった。ごつい。鬼のような形相をしている。
「ケン!お前はまたそんな事をやっているのか!」
「これも紳士の嗜みだ。俺は大人への階段を登っているんだ」
ケンちゃんは舌を出しながら、悪びれもせずに言った。取り巻きの男子が嗤った。
「そういうのを変態と言うのだ。ネットに汚染されおって!」
「男が変態でなぜ悪い!」
「悪いわ!」
再び、ゴツンとやられた。眼から星が飛び出した。ケンちゃんはのたうつ。
「……ホントにすみません。いつも助けて頂いて……」
担任の女教師は、隣のクラスの体育教師にお礼を言った。
「いや、何のこれくらい。大したことじゃない」
その体育教師は鬼のような相好を崩した。怪しい。二人はまんざらでもない?
「スキあり!」
ケンちゃんは、ドスドスと体育教師と女教師のお尻に指浣腸をかました。
二人が悶絶する。ケンちゃんはニヒルに、フッとスモークガンを息で消す事も忘れない。
「ケン!」
体育教師は怒ったが、ケンちゃんは、「や~い」と逃げてしまった。体育教師は本気で追い掛ける。女教師はその姿を見送りながら、ケンちゃんのお母さんとの三者面談を思い出した。
ケンちゃんのお母さんも手を焼いていた。どうしてこうなったのか?困り果てていた。
廊下の奥でもの凄い音がした。ケンちゃんが捕まったらしい。御用だ。
そのまま校長室に連れて行かれる。女教師も担任なので合流する。
校長先生のお説教が始まった。だがケンちゃんは、スマホでエロ動画を見ていた。
「貴様!何を見ている!」
「ポルノだよ。中毒なんだ。止められない」
体育教師がすかさずスマホを取り上げる。
「返せよ!俺のスマホ!」
「学校でスマホ禁止だ!」
これが小学生か?一体どんな大人になる?心配だ。
将来は性科学者になって、ノーベル賞を取るとか言っていたが……。
「……その子、ウチで預かりましょうか?」
見ると、金髪碧眼の若い女が、校長室のソファーで紅茶を飲んでいた。
英語の非常勤講師、マリーさんだ。お茶請けにマドレーヌが置いてある。
「え?いいんですか?」
思わず校長先生は眼鏡を掛け直した。
「ウチは幼稚園ですが、そういう毒消しもやっているんですよ」
渡りに船とばかりに、校長先生はホイホイ判子を押した。数日間、幼稚園に行く事になった。これが、スカートめくりのケンちゃんが、聖母マリア幼稚園に送られた理由だ。どうなるのか?
翌日、ケンちゃんが車で送られると言うので、皆で校庭に出ると、TOYOTAのバンがあった。クレープ屋さんだ。金髪碧眼の美少女が、スカートめくりで傷ついた女子を癒している。
どうやら、あの車に乗って、幼稚園に送られるらしい。女教師は見送りに立つ。
ケンちゃんは、なぜか紺のブレザーを着ている金髪碧眼の美少女を見た。極上の獲物だ。正直、どうせめくるなら、クラスの女子より、中高生ぐらいの女子がいい。最高だ。
ケンちゃんは、生涯最高の速度で、金髪碧眼の美少女の背後を取り、スカートをめくろうとした。だが次の瞬間、ドクロが見えて、巨大なデス・サイズが目の前に落ちてきた。
「……私の背後を取るなんて十年早い」
ちびりそうになった。恐ろしい。何だこの女は?死神か?絶対、女子高生とかじゃない。
「大人しくついて来て。送るから」
ケンちゃんは、大人しくドナドナされた。戦闘力が違い過ぎた。勝てる気がしない。
TOYOTAのバンに乗って、長いトンネルを抜けると、そこは雪景色だった。
幼稚園らしき建物が見える。入口にサンタクロース姿の老人が立っていた。隣に老人ホームもある。老人が集まってきた。仙人風と花咲爺風の男性だ。焚き火で談笑している。
「……短期入園者か。若いな」
サンタクロースは言った。若い?何の事か分からない。
ケンちゃんは、死神美少女と別れた。サンタクロースに案内されて入る。
そこには一風変わったシスターが立っていた。
サングラスをかけ、加熱式タバコとか咥えている。
腰にマルイ製のエアコッキンググロック17L(3310円)を差している。
元デリヘル嬢の黒水さんだ。ここではエヴァと呼ばれている。
「お前、ちくわ出せよ。あぁあん?」
ケンちゃんは、頭にマルイ製のエアコッキンググロック17L(3310円)を突き付けられた。
「……それ、モデルガンだよな?」
「試したいか?」
ケンちゃんは、首をフルフルと横に振った。どうせ禄な事にならない。
「いいから、ちくわ出せよ。サービスしてやっからよ!」
ケンちゃんは涙目になって、逃げ出した。絶対、いい事がない。本能で分かる。
「……それくらいにしなさい」
黒いシスター服に着替えたマリーが立っていた。ちょっと不意を突かれた。
不思議と逃げられない感じがして、ケンちゃんは大人しく捕まる。
「ねぇ、どうしてスカートめくりをやるの?」
それは面白いからに決まっている。止められない。止まらない。中毒だ。
「……自分でもちょっと変だと思わない?ホントにやりたいの?そんな事……」
言われてみれば、ちょっとおかしいかもしれない。だがネットを見ればエロだらけだ。
「もしかして、ケンちゃんは、お父さんの影響を受けて、そうなったのかな?」
そうかもしれない。父親はいつも部屋でネットを見ている。エロだ。ポルノだ。無修正だ。
「……ケンちゃんもそういうのを見たい?」
それはそうだ。見たい。でもどうしてそう思うのか分からない。どうしてだ?本能なのか?
「そういうのばかり見ていると、運命が狂って、結婚できなくなるぞ?」
マリーは言った。運命の途上で約束した相手と出会えなくなり、結婚できなくなると。
「それで、そこのエヴァみたいな人のお世話になるのよ。それは嫌でしょう?」
ケンちゃんは頷いた。それは嫌だ。元デリヘル嬢の暴力シスターはケッと横を向く。
「……ケンちゃんは好きな女の子とかいる?」
いる。いつも黒い下着を身に付けている黒髪のミステリアスな子だ。同じクラスの子だ。
「じゃあ、そういう事をやったら、ダメでしょう。嫌われるぞ?」
そうだろうか?まぁ、そうかもしれない。いつも最後の獲物に取っておいてある。
「分かった。そいつはやらない」
これまでも、様子を見て、本人が嫌そうな時はやらなかった。だが大丈夫そうな時もある。
「他の子にもやらないで。可哀想だと思わない?あれは女の子にもよくない事なのよ」
そうだろうか?喜んでいる子もいる。でもまぁ、分かった。やめる。足を洗おう。
「先生との約束。守れる?ちゃんと守ってくれたらいい事あるかもよ」
マリーは言った。しゃがみ込んで、ケンちゃんと視線を真っ直ぐ合わせる。
逆光の中、マリーの蒼い眸が輝いていた。不意に目の前で十字を切った。
途端にケンちゃんの眼から黒い煙が出て、一瞬で消えた。毒消しだ。
「毒って言うのは、いつも目から入るものなのよ。気を付けて」
ケンちゃんは目をパチクリした。何だ今のは?アレ?世界が明るい?こんなだったのか?
「いい子ね。私との約束を守ったら、ご褒美をあげる。またいらっしゃい」
風が吹いた。額に口付けを感じた。熱い。恋だ。だがすぐに暴力シスターが現れた。
「さぁ、坊主。ここから先は私との時間だ。たっぷり楽しめ?」
ケンちゃんは、頭にマルイ製のエアコッキンググロック17L(3310円)を突き付けられた。
「Yes, ma'am!」
聖母マリア幼稚園のブートキャンプで鍛えられて、小学校に帰るのは数日後だった。
『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』エピソード52