ちょっと変わった議員一年生
繰り上げ当選した。だがちょっと変わった議員一年生だ。事情を話そう。
先日行われた議員補欠選挙で、一度落選した。だがデジタル選挙で不正が発覚し、選挙管理委員会が、電子投票の有効投票数を数え直した。結果、選挙落選者が繰り上げ当選した。
だがその前に、当初の選挙当選者が、記者会見を開き、当選辞退を宣言した。支持母体である野党に言わされている感じがあったが、予想外の動きもあった。
「この男は日本の敵です!民主主義を否定している!正しさは少数意見にあると言っている!」
当選辞退の記者会見で、選挙落選者の反DXの質疑応答を流した。一種の政見放送だ。
選挙落選者もとい議員一年生は微笑んだ。これで全国的に知名度が上がるだろう。ついでにこちらの政見も宣伝してくれた。最高の置き土産だ。与党は慌てたが、知った事じゃない。
マスコミもこちらにマイクを突き付けてきた。
「あの質疑応答は、与党見解と相容れないように見えますが、どうお考えですか?」
週刊ユウヒの女性記者は尋ねた。
「……与党から注意指導を受けました。委細は幹事長に訊いて下さい」
会社時代からの上司丸投げで、その議員一年生は逃げを打ったが、後で怒られた。
「議員になったからには、反DXを推進するのですか?」
週刊ユウヒの女性記者は尋ねた。議員一年生はそれには答えず、謎の微笑みを残して、立ち去った。無論、これもあとで与党から注意指導の対象とされた。
とにかく、組織というものはうるさい。自由にはやらせてくれない。だが議員になったからには、やる事が沢山ある。自分なりの行動と知見で日本を変える。敵は偵察総局にあり。
選挙に当選したのだから、ダルマに目を入れて、当選のお祝いをやる話が後援者たちから上がった。だがお金と時間の無駄なので、やらないと回答した。タイミング的にも良くない。
後援会長は不満そうだった。だがやれば、世間から反省していないと叩かれるだろう。
引退した議員にも、全て報告して許可も取った。引退した議員はこの結果に満足していた。
「……だがこれがスタート地点だ。敵は多い。君はこの国を変えられるか?」
「最低でも偵察総局とは刺し違えます。大陸主義者は駆逐します」
それが最低の政治目標だ。内心に秘めた己の公約と言ってもいい。いや、復讐だ。
「……グローバリストたちはどうする?」
「大陸主義者を倒すために利用します。彼らは使えます」
「……君の見解、反DXと合わない気がするが?」
「そこは何とかします」
その程度の腹芸はできないと、議員など務まらないだろう。
「……君は悪行ではなく、善行を目指すのだろう?筋を曲げてはいかん」
「敵は多く、手強いです。私は善悪ギリギリの線を突っ走ります」
昔の映画で、宇宙チャンバラごっこがあった。紫のセイバーを持った黒人のマスターが、何かそんな戦い方をしていた記憶がある。あんな感じだ。最終的には裏切りで敗けたが。
「……ゆめゆめ、善行を忘れるなよ」
その引退した議員は、警告を残して、表舞台から姿を消した。
立花神社のIT巫女とも、電話で話をした。
「例の選挙不正の件だけどね。主導者は東京都知事だよ」
議員一年生は沈黙した。彼はグローバリストで反大陸主義者の筈だ。
「無論、偵察総局も一枚噛んでいる。あんた、早くも両方から睨まれているよ」
上等だ。纏めてかかってこい。無論、実際は時間差で各個撃破するが。
「……選挙不正は野党と偵察総局の共作なのか?」
「依頼したのは野党で、東京都知事だろうけど、乗ったのは偵察総局だよ」
「……偵察総局は与党側だろう?」
「単純にそうとも言えないね。与党の中でも反大陸主義者はいるからね」
それはそうだろう。だが大陸の手先のくせに偵察総局は、グローバリストたちとも手を組む事があるのか?思想信条は真逆にも見えるが、利害の一致があれば組むのか?
「いや、ある意味、同じ思想だよ。悪は悪に通じる。類は友を呼ぶだよ」
「……いずれにしても、ありがとう。礼を言わせてくれ」
「敵を倒してから礼はいいな。あんたが日本の敵になってはいけないよ」
世間では早くもそう言われたが、そんな事は知った事じゃない。犬に食わせろだ。
「選管だけど、あの連中は一体何をやっているんだろうね?変な連中だよ」
選挙管理委員会の発表は中途半端だった。一体誰がデジタル選挙で不正をしたのかという問いは、調査中とされた。いずれ調査結果を発表するが、大規模な数字の操作から、個人の犯罪ではなく、組織犯罪だろうと言っていた。曰く、調査には時間が掛かると。
「……私は、デジタル不正はあってはならないという立場の者です」
その選挙管理委員会委員長は言った。
「時間はかかりますが、必ず不正を暴いて、白日の下に晒します」
眼鏡を掛け、マイクを持った選挙管理委員会委員長はマスコミ一同を見渡していた。
「これは極めて危険です。選挙制度を揺るがしますし、ITに対する信頼を損なう」
その選挙管理委員会委員長は、あくまで不正は追及するという姿勢を堅持していた。
議員一年生は、何度目かの選挙管理委員会の発表を視聴しながら、IT巫女の話を考えていた。あの選挙管理委員会は、管理委員会として、物的証拠を集めて、不正を暴く気なのだろう。それはいい。だが東京都知事はどうする?何か対抗策を打ってくるのではないか?
「……兄者、俺は東京都知事に会おうかと思うがどう思う?」
「どう思う?と訊かれてもな……」
その仙人は、書斎の陰から姿を現した。議員一年生は白酒の入ったグラスを出す。
「ワシは下界の事にそれ程通じている訳でもないし、政治は専門じゃない」
「……なるほど」
「お前さんも国会議員になった事じゃし、そろそろ選手交代じゃよ」
「……選手交代?」
「お前さんは、ワシを何とか戦争のサーヴァントか何かのように考えているのかもしれないが、それは違うぞ?確かにお前さんを守るように上から言われているが……」
仙人は書斎にある小さな台座に腰かけると、白酒を舐めた。
「選手交代と言うからには誰か後任の者が来るのか?」
「……ああ、そうじゃ。政治はその者に相談するのじゃな。ワシは引き続き、お前さんの警護を担当する。超常の相手は全てワシが引き受ける。だが今回はワシだけでは荷が重い」
なぜか本棚から一冊の本を取り出していた。『貞観政要』(じょうがんせいよう)だ。(注38)
「その本は好きじゃない。内容の正しさは認めるが……」
議員一年生は苦そうな顔をした。すると仙人はさも可笑しそうに笑った。
「……当然じゃろうな。だがお前さんにはまさにうってつけだよ。お前さんのための本だ」
仙人は『貞観政要』を本棚に戻した。その文庫本は薄く光を放って、収まった。
それから、議員一年生は、反DXの件で、世間から叩かれた。与党もカバーに回ったが、炎上する可能性があった。謝罪の記者会見を開いたら、政治生命が危ないかも知れないと言われた。与党幹事長は「躱せ!死んだ振りをしろ!」と指示した。議員一年生は笑って従った。
だがあの反DXは、選挙のデジタル不正を言い当てたとも指摘されていた。極一部ではあったが評価する者もいた。こちらとしては、理論的可能性を言っただけで、具体的に言い当てたつもりはない。たまたま起きて一致しただけだ。だが今でもそれは起こると思っている。
あと議員になって分かった事だが、とにかく世間というものはうるさい。
メール、電話、郵便、あらゆる経路から連絡が来る。脅迫だ。利害を異にする者たちからの攻撃が止む事がない。メアドを変えても、電話番号を変えても、郵便を止めても、自宅に直接投函する者まで現れる。数が多く、極めて大量だが、実際は極少数の犯行に見えた。
恐らく、野党、偵察総局、東京都知事の三系統から来ている。一般人からのクレームとは思えない。もしかしたら、一般人で送ってきている者もいるかもしれないが、実態としては、その多くは、一般人を装ったプロの工作だろう。気が滅入る。これも政治か。
その夜、仙人が再び書斎に現れた。背後に一人、白髪の老人を伴っている。
その官吏は前に出ると、古い中国式挨拶、拱手礼(きょうしゅれい)をした。右手で拳を作り、左手で包み込んで一礼する挨拶だ。官吏の長い袖でやったため、見事に決まっていた。
思わず、こちらも同じく拱手礼で返してしまったが、なぜ自分がノータイムでそんな事ができたのか、不思議だった。自分は中国人ではない。また大陸に行った事もない。
「直諫(ちょっかん)の魏徴(ぎちょう)(注39)か……」
なぜか相手が、誰だか分かった。これもノータイムで何の疑問もなく分かった。
「お初にお目にかかります。魏徴と申します」
その官吏は恭しく応じた。まるで帝王か何かを前にした態度だ。
「……兄者、これは何の真似だ?帝王学を注文した覚えはないぞ」
仙人は、ふぉふぉふぉと笑って、すーっと後ろに下がった。逃げる気満々だ。
「今日はご挨拶に参りました」
魏徴は言った。机の上に『貞観政要』が置かれて、風でページがパラパラめくれている。
「……下がれ。お前のような官吏には用がない」
その議員一年生は魏徴を嫌っていた。これも見た瞬間、ノータイムでそうなった。
「今はまだ必要ないが、そのうち嫌でもお前さんに必要になるだろうよ」
仙人が後ろから言った。余計なお世話だ。
「秘書か?あるいは政治顧問と言ったところか?それなら生きた人間で足りる」
魏徴は目を伏せていた。仙人が話し続ける。
「……人間には限界がある。ワシらも支援する」
議員一年生は鼻白んだ。一体何のつもりでお節介を焼く?
「魏徴は『西遊記』で十分だ。よく知っている」
天帝の命令により、魏徴は陽間(この世)と陰間(あの世)を往来できる。スーパー官吏、スーパー役人だ。天帝の懐刀と言われる。ただし半端なく諫言(ちょくげん)してくる。
「『西遊記』は仏教系冒険小説です。私の仕事は『貞観政要』、帝王学の教授です」
「……ここは日本だぞ。出る処を間違えていないか?」
「いいえ、間違えておりません。あなたほど私に相応しい方はいない」
なぜか魏徴は喜びを表していた。ちょっと気持ち悪い。
「俺は唐の高祖でも太宗でもないぞ」
「……無論、それは心得ております」
「唐の玄宗でもない。俺はそもそも『貞観政要』と関係がない」
「……果たしてそうですかな?あなたほど関係している方はいない」
魏徴がそう答えると、議員一年生はもう好きにしろという態度を取った。
注38 『貞観政要』8世紀 呉兢 唐 唐の開祖、太宗の言行録。魏徴が登場する。
注39 魏徴 大象2年(西暦580年)~貞観17(西暦643年) 唐の高祖と太宗に仕えた。
『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』エピソード70
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