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マスター仙人

 そのパダワ〇たちは、ジェダ〇の騎士を目指して、ロッキー山脈の麓で修行をしていた。
 ジャックとジョンと言う。二人とも30代の男たちで、ジャックがパリ出身で、ジョンがロンドン出身だった。二人とも仕事は辞めている。完全に人里離れた大自然の奥地にいた。
 かつてジャックは、フランスのエリートだった。グランゼコール出身の軍人だ。エコール・ポリテクニークを出ている。理系の博士号も持っていた。だが30代の中頃で、突如これまでのキャリアを全部捨てて、この道に入った。当然、周囲の人や家族は止めた。
 だが子供の頃から兆しはあった。フランスは柔道が盛んな国であり、ジャックも子供の頃から、近くの道場に通っていた。成人する頃には、日本の他の武術にも興味を持ち、グランゼコールに入るための厳しい受験勉強の傍ら、色々入門して試していた。
 きっかけは合気道だった。その日本から来た枯れた老人は、触れもしないのに、黒帯のジャックを押して、道場で転ばせてしまった。生まれて初めて、フォースを見た瞬間だった。脳天をかち割られたような衝撃があった。これは科学的ではない。第三者検証性を許さない。
 その日本から来た老人は、合気と言ったが、分かり易く言えば、映画『スターウ〇ーズ』のフォースだった。そういうものがあるのかどうか、ジャックは懐疑的だったが、柔道の有段者である自分が、見えない力に押されて、転ばされるというのは、衝撃的だった。
 この老人に本気で師事したいと考えたが、断られた。しかもそのうちに老衰で死んでしまった。だが多少覚えがある日本語で会話ができた。
 「合気とは何ですか?どうやって習得するのですか?」
 「目に見えないものを見、耳で聞こえないものを聞け。さすれば自然と体得できよう」
 それがこの老人が残した教えだった。
 それからジャックが、軍から出向していたダッソー・アヴィアシオン社を辞めるのは早かった。フランスの空母艦載機ラファールMの改修に関わる仕事をやっていたが、速攻で辞めた。
 因みにグランゼコール出身者が、キャリアの途中で退職すると、ペナルティが発生する。
 あと一年待てばOKだったが、この男は9年目で軍の技官も、出向先も辞めた。
 だが合気道の道に入ろうにも、師がいなかった。本物の合気道と言える有段者は少なく、日本に渡ってもダメだった。あの老人は特別だったのかも知れない。
 ジャックは困っていた。家族や周囲の友人・知人からの圧は酷く、評判を落としていた。勢いで辞めたのはいいが、道が開けない。これでは何のために辞めたのか分からなかった。
 そんな時、ジョンという男に出会った。彼は映画のスタントマンだった。とんでもなく身体能力が高く、色々な映画に出て、アメリカで活躍していた。休日は、近所のウォルマートの駐車場で、同業のスタントマンたちと、ジェダ〇の騎士ごっこをやっていた。スマホで撮影して、動画をネットにアップしている。この動画がジャックの目に留まった。
 時々、フォースを使って、人を弾いたり、人より高く跳んでいた。
 ネットに上がっている動画なので、一般の視聴者たちは、これはフェイク、合成技術で、一種の演出であると思って、楽しんでいるようだった。だがジャックには分かった。
 これはフォースだ。気だ。間違いない。あの老人ほどではないが、多少使っている。直ちにコンタクトを取って、会いたいと伝えた。ジョンは了解し、ジャックはアメリカに渡った。
 ロサンゼルスで会ったその映画のスタントマンは、堂々と日本の美少女アニメのTシャツを着て現れた。嫌な予感がした。案の定最初、よく分からないオタクトークに巻き込まれたが、ジャックは全力で回避し、自分の用件を優先した。ジョンはフォースの件、気の件は認めた。
 「どうやってフォースを使えるようになった?」
 「……君は女性というものをどう考えている?」
 その質問に、ジャックは首を傾げた。フォースと関係があるのか?
 「気というものは、溜めて使うものだ」
 ジャックが答えるより先に、ジョンが話を続けた。
 「だから精を漏らしてはならない。精を放ってはならない」
 妙な間が空いた。ジャックは困惑しながら尋ねた。
 「東洋にそういう禁欲の道がある事は知っている。君はそれを実践しているのか?」
 ジョンは頷いた。
 「そうだ。精を一切漏らさず、気を溜めると、フォースが使えるようになる。これを発見したのは、禁欲して半年を経過した時だった」
 ジャックは話としては理解したが、ちょっと不思議に思った。
 「……どうして君はそれに気が付いた?」
 「日本のアニメだ」
 また妙な間が空いた。ジャックは先を促す。
 「日本では、童貞は魔法使いと言われるらしい」
 途端にまた話が見えなくなった。それは日本の格言か?
 「自分はこれを禁欲と解釈した。だから魔法使いになれるなら、我慢すると誓った」
 ああ、それで、女性をどう考えるという最初の質問に繋がるのか。
 「しかし禁欲には限界がある」
 ジャックは男性の生理を指摘した。
 「……そんな時はこれだ」
 ジョンは自分のTシャツを引っ張った。よく意味が分からない。美少女が微笑んでいる。
 「冴えない彼女を想って寝る。彼女は空想上の女性なので害がない」
 どうやら夢精の話をしているようだった。夢精はノーカウントなのか。
 「だが性欲が高まった時はどうする?」
 「……そんな時はこれだ」
 ナイフで右肘を切る動作をした。瀉血(しゃけつ)と言うらしい。
 「生き血を抜いて、性欲を鎮めるのか。そんな方法があったとは……」
 「東洋の智慧だ。これも日本のアニメで知った」
 方法論は分かった。まさかそんな事を実践して、フォースを手にしているとは思わなかった。
 「ちょっとこの動画を見てくれ」
 スマホを見せると、ジョンは動画を再生した。
 拳銃で発射した弾丸を日本刀で斬り落としていた。
 同僚のスタントマンが拳銃を撃ち、正面に立つジョンが抜刀術で両断する。
 仰天した。こんな事が可能なのか?まるで漫画だ。
 「斬鉄〇だ」
 ジョンは言った。
 「あるいはヒテ〇ミツルギリュウとも言う」
 ジョンはこれらのアニメを実践して、マスターしたと言っていた。
 多少のフォースが使えれば、この程度の事は可能という話だった。
 「見えないものが見え始め、聞こえないはずの音が聞こえたら、それが始まりだ」
 合気道の老人と同じ事を言っていた。直ちにジャックは師事したいと申し出た。
 「……いや、悪いが、そこまでではない。これはそれほど大した事ではない」
 ジョンは宮本武蔵の話をした。京都で吉岡一門70名を倒した話をした。日本の侍で、そういう人物がいた事は聞いていたが、改めて考えてみると、1人で70人抜きは凄い。銃を使ってもできるかどうかだ。フォースのようなものを想定しないと、これは考えられないかも知れない。
 「逆にただの人と、そうでない者の差は、これだけ大きい」
 ジャックは頷いた。確かにそうだ。そしてそこには道がある。星空がある。宇宙がある。
 「やはり、ジェダ〇の騎士は在り得るか?」
 「在り得る」
 ジョンは力強く断言した。スマホから『スターウ〇ーズ』の曲が流れる。
 「……ロッキー山脈の麓で修行をするプランがある。君も参加するか?」
 ジャックは即答した。何を迷う事があるか。
 それから二人は、ロッキー山脈の麓で、大自然を満喫しながら、修行に明け暮れた。最初はジョンの同僚のスタントマンや、その関係者たちも参加していたが、三か月も過ぎる頃には、この二人だけになっていた。文明世界から遠ざかる事は、それだけ厳しかった。
 元々、軍人でエリートだったジャックは、この程度の事ではへこたれなかった。インド洋の離島で、長期の野外訓練も経験した事がある。サバイバルは得意だった。ジョンから、禁欲の方法を教わり、彼が考えた訓練を繰り返していくうちに、ジャックも徐々に力に目覚めた。
 跳躍すれば、人より少し高く跳べ、飛んで来たボールを逸らすくらいはできた。
 だがそれだけだった。ないよりはましだが、注意して見ないと、分からないレベルだった。
 ジョンは剣を得意とし、ジャックは格闘技を得意とした。そういう違いはあったが、ジョンは得物にフォースを乗せて戦えるようだった。それに対して、ジャックはそれほど剣が得意ではなかったので、己の手足に、フォースを乗せられないか試していた。
 空手もやっていたので、正拳突きを繰り返した。一日一万回、感謝の正拳突きという動画を見て、真似をし始めた。ひたすら正拳突きを繰り返す。回数は上がっていった。
 「……このムツエ〇メイリュウというのは可能なのか?」
 ジャックはスマホを見ながら、電子版の漫画を見ていた。ジョンから紹介された。
 「可能なんじゃないか。君に向いている」
 空想上の日本の古武術で、総合格闘技のようだったが、似た技は軍の格闘術にもある。
 それから、二人は剣を使った訓練や、組み手をやって、格闘技を鍛えた。あとはどうフォースを乗せるか議論し、互いに教え合った。だがジャックがジョンのレベルに近づくと、そこで進展は止まった。修行は行き詰まってしまった。やはり師がいない事が問題だった。
 師が欲しい。これほど渇望した事はなかった。師のいない道はなんと虚しい事か。
 二人は山を下りるべきか議論したが、答えは出なかった。まだ惜しいと考えていた。禁欲の修行は凄絶を極めた。二人の両肘は傷だらけだった。そのうち別の個所を自傷して、生き血を抜き始める。肉も断っているので、比較的マシな筈だが、それでも時折苦しめられた。
 「……妄想してはいけないのか?」
 ジャックは血走った眼をして言った。だがジョンは答えた。
 「妄想してもいけない。気が抜ける。気が離れて、掴めなくなる」
 二人は黙だし、動かず、性欲に立ち向かった。乗り越えなければならない。果たして可能か?
 「……お主らアホじゃの」
 ふと見ると、白髪禿頭の老人が岩の上に座っていた。姿が透けている。
 「「マスター」」
 直ちに二人のパダワ〇は片膝を突いて、師事した。
 「いや、わしは何とかウォーズのジェダ〇・マスターじゃない」
 木の杖を手にした東洋風の仙人だった。
 「お主らの修行の真似事を見て、見るに見かねて出て来た次第じゃ」
 「……マスター仙人、我らに道を教えて下さい」
 ジャックがそのジェダ〇・マスターを見ると、仙人は東洋的神秘を示した。
 「そこに大いなる道はある。タオだ」

          『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』エピソード38

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